第11話 スキンシップ…?
「「大司教様、一大事です!」」
食堂に飛び込んできたメイド2人の声がハモる。
ただならぬ様子を見て、マッカーシー大司教の脳裏に魔王の姿が浮かんだ。
「ま… まさか… もう魔王が現れたのですか…?」
その言葉に、食堂に居る全員に緊張が走る。
青褪める者、表情を強張らせる者、椅子を倒して勢いよく立ち上がる者、反応は様々だった。
「ま… 魔王ぉおおおおおおおっ!? …はぅっ…」
ソフィアは緊張を通り越し、恐怖のあまり失神した。
「ソ… ソフィア様! 貴女達、それは本当なの!?」
失神したソフィアを支えながらアンナが2人のメイドに問い掛ける。
が…
「え… いえ… 私達、まだ何も言ってませんが…」
「ただ、一大事としか…」
2人のメイドはポカンとした表情で答える。
「「「「…………………えっ?」」」」
一同は数秒の沈黙の後、間の抜けた声を出した。
そして、顔をマッカーシー大司教の方に向け、ジト目で見つめる。
「え… いや、その… も、申し訳無い! 私の早とちりだった様で…」
深々と頭を下げるマッカーシー大司教。
その姿にフランクは溜め息を吐きながら話す。
「まぁ、一大事と聞いて魔王を思い浮かべるのも無理はないと思いますが… ただ、魔王が出現する際には何かしら天変地異が起きると文献で読んだ気が…」
言われてハッとするマッカーシー大司教。
「そ… そうでした…! 記録では地震で大地が割れて現れたり、噴火する火山のマグマから現れたり、雪山の大雪崩から現れたと…」
勿論、現時点でその様な災害が起きたとの報告は無い。
なので、バドルス侯爵とマッカーシー大司教の会話を聞き、一同はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
ただ1人、失神したままのソフィアを除いて。
「あの~… 私達の報告なんですけど…」
「そろそろ話しても宜しいでしょうか…?」
すっかり忘れられていたメイド2人が、おずおずと手を挙げる。
「「「「あ………………」」」」
2人の事を完全に忘れていた一同は互いに顔を見合わせ、一大事が何なのかに緊張を取り戻した。
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「では、報告を聞きましょう。一大事とは何でしょう?」
ソフィアが失神から覚め、事情を説明して落ち着かせた大司教が報告を促す。
「はい、実は王宮から連絡が来まして…」
「明日、聖女様を王宮に迎えて歓迎の宴を催すと…」
ソフィアを王宮に迎えて歓迎の宴とは、確かにある意味で一大事であった。
なにしろ気が小さい事では定評のあるソフィアなのだ。
王宮に招待されると言う事は、当然ながら国王に謁見する事になる。
その時の反応を思うと、ソフィアの性格を熟知していると言っても過言ではないバドルス侯爵家の面々は不安で仕方無かった。
「間違い無く、また失神するだろうな…」
「その光景が眼に浮かびますわね…」
フランクとルイーズが互いに呟く。
「凄く動揺しそうですよね…?」
フィリップも同意する。
「ソフィア様の事だから… 『こっこっこっこっ、国王陛下ぁあああああっ!?』とか言いそうですねぇ…」
メアリーは悪ノリしてソフィアの物真似をしてみせる。
「メアリー… ソフィア様の前で失礼だぞ…」
エリックが呆れた様に言うと、メアリーはハッとしてソフィアを見る。
が、当のソフィアはメイド達の報告を聞いた直後から緊張しまくっていて、メアリーの物真似にも気付いていなかった。
「ソフィア様… 大丈夫ですか? 何でしたら、今日はもう入浴を済ませてお休みになられては…?」
マッカーシー大司教がソフィアを気遣う。
「は… はい、そうします…」
立ち上がるソフィア。
だが、その場から動こうとしない。
「ソフィア様、どうされました?」
「お風呂の場所が判りません…」
その言葉に全員が脱力した。
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メイド達は1列に並び、浴場へと向かう。
先頭はアンナ、続いてシンディ。
2人の脇には丸太の様に抱えられたソフィアが居た。
「あの~… またですか…?」
ソフィアに抵抗はできなかった。
と言うより、まだまだ栄養失調気味のソフィアでは抵抗するだけの体力が無かった。
「「聖女様を綺麗に洗うのが私達の使命ですっ!」」
「それ… 何か違う気がするんですけど…」
ソフィアの呟きも虚しく、彼女は浴場の脱衣所で瞬く間に全裸にされ、何の抵抗もできないまま大勢のメイド達から全身を洗われまくったのだった。
「宿場町でもそうでしたけど、お風呂って疲れるんですね… 疲れを取る場所だと思ってたんですけど…」
浴槽に浸かりながらソフィアの漏らした一言に、メイド達がギクリとする。
アンナとシンディは別として、他のメイド達は聖女であるソフィアに触れたい一心で我先にと彼女を洗ったのだが…
その行動が、聖女を風呂嫌いにさせてしまうかも知れないと思い至った。
「ま… マズくない…?」
「お風呂嫌いで不潔な聖女様なんて、考えられないわよ…?」
「それ… もしかして、私達の所為になるんでしょうか…?」
風呂が疲れると感じたソフィアが、風呂嫌いになる事は充分に考えられた。
その際、理由を聞かれたソフィアが今回の出来事──厳密には宿場町での経験を含む──を伝える事は、想像に難くない。
そうなれば、原因を作ったメイド達が叱責されることは容易に想像できた。
「「「「ソフィア様! 申し訳ありませんでゴボボボボ…」」」」
浴槽で土下座するメイド達は、全員がその身を湯に沈めたのだった。
その光景に唖然とするソフィア。
何がなんだか理解できず、オロオロしていると…
「「「「ゴボッ! ゴボボボボッ! ぶはぁっっっっっ!!!!」」」」
息が続かなくなったのか、ほぼ同時に全員が湯の中から顔を上げる。
そしてノソノソと浴槽から這い上がり、改めてソフィアに向かって土下座した。
ようやく我に返ったソフィアが慌てて制止する。
「わわわわわ、なんかに土下座しないで下さいっ! 顔を上げて下さブボボボボボッ!!!!」
今度は逆にソフィアが土下座し、その身を浴槽に沈めたのだった。
しばらく経っても出てこないソフィアを心配したメイド達が彼女を引き上げると、ソフィアは窒息して気絶していたのだった。
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「何をやってるの、貴女達は…」
ルイーズは呆れた表情で、気絶したままのソフィアをベッドに寝かせる。
「まあまあルイーズ… メイド達の気持ちも、解らんでもないだろう? お前や子供達も、聖女様に触れたくて仕方無いんじゃないのか?」
フランクに言われ、ルイーズは赤くなって頷く。
「ま… まぁ、そうですわね… この艶やかな髪とかスベスベの肌とか… 少し前まで奴隷だったなんて、とても思えませんもの…」
言って、ソフィアの髪やパジャマ代わりのドレスから出た腕を撫でる。
「「「「ああああぁぁぁ………」」」」
その様子を見て、自分達もソフィアに触れたいのを隠そうともしないメイド達。
「あら、貴女達… 散々お風呂でソフィア様の素肌に触れたでしょうに… まだ足りないの?」
ルイーズに言われてピタリと動きを止めるメイド達。
だが、全てのメイド達がソフィアに触れたワケではなかった。
なにしろソフィアの世話役として各貴族から派遣されたメイドは、総勢50名を超えている。
なので、風呂でソフィアの身体を洗った者は限られており、大半の者は触れる事すらできなかった。
その事を纏め役のアンナがルイーズに伝えると、納得したルイーズはコクコクと頷く。
「では、1人ずつ順番にソフィア様の髪を撫でる… と言うのは如何かしら? それぐらいなら構いませんでしょう?」
ニッコリと笑い、フランクとマッカーシー大司教に尋ねるルイーズ。
「まぁ、その程度なら… 幸いと言うか、ソフィア様は寝ておられますしな…」
「寝てると言うか、気絶してるんですけどね…」
マッカーシー大司教が同意し、フランクは疲れた様な表情で肩を竦める。
「では、まずは僕からソフィア様の髪を撫でさせて貰います! 父上、母上! 宜しいですね?」
いつの間に現れたのか、エリックがズイッと前に出る。
「次は私ね♪ ソフィア様の艶やかな髪、触ってみたかったの♪」
言いつつエリックの後ろに並ぶメアリー。
「僕もソフィア様に触れた事が無かったから… それに、凄く可愛いんだもん…♪」
フィリップもメアリーの後ろに並び、目を輝かせていた。
その後ろに、ゾロゾロとメイド達が列を成していた。
「あらあら…♪ じゃ、少しずつですよ? ソフィア様を起こさない様にね?」
そうしてソフィアに対するスキンシップ大会(?)が始まったのだった。




