第10話 それぞれの驚き
翌日の夕刻、王都の大聖堂に着いたソフィアは驚愕の表情を浮かべていた。
「こ… これが大聖堂…? 今まで見た教会の何倍も大きいです…」
「ソフィア様… こちらがソフィア様に住んで頂く邸宅に御座います」
マッカーシー大司教が指し示す建物は、フランクの屋敷より遥かに大きく立派だった。
「こ… こんな… 私なんかがこんな立派な所に住むなんて贅沢過ぎます…! 私なんて、そこの小屋で充分ですよぉ~…」
言ってソフィアが指差したのは、3m四方の用具小屋だった。
「ソフィア様… 貴女様は聖女なのですよ? そろそろ自覚なさって下さい…」
「そんなの… まだ信じられません… 何の実感もありませんし…」
ソフィアの言葉に大司教は考える。
「フム… では、修練場へ参りましょう。そこで魔法を使ってみて下さい。そうすれば自覚も芽生える事でしょう」
言うが早いか、修練場へ向かって歩き出す大司教。
その後ろを歩きながら、ソフィアは大司教に呟く。
「ま… 魔法ですか…? 私、使った事なんてありませんけど…」
「聖女の力に目覚められたのですから使えますよ。それどころか、きっと驚きますよ?」
ニコニコしながら話す大司教。
だが、生活魔法すら使った事のないソフィアには不安しか無かった。
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大聖堂から数百m離れた平原に修練場は在った。
半径200m程の円形で、高さ20mの壁に囲まれていた。
「うわぁ~… 広いんですねぇ… ところで、真ん中に在る大きな岩は何ですか?」
修練場の中央には高さ5m、直径10mを超える大きな岩が鎮座していた。
「これは歴代の聖女様が攻撃魔法の練習に使っていた岩です。所々に付いている焦げ目は、火炎系の魔法の跡ですね」
「火炎系の魔法ですか… 私に使えるんでしょうか…? さっきも言いましたけど、魔法なんて使った事が無いんですけど…」
不安そうなソフィアに、マッカーシー大司教は微笑みかける。
「何も心配する事はありません。ソフィア様は眠っておられたので解らないでしょうが、聖女の能力に目覚める時に光に包まれるのです。その光に包まれている間に、魔法を使うのに必要な知識等も全て覚えるのですよ。ですので、今なら簡単に魔法が使える筈です」
言われてソフィアは考える。
すると、今まで知らなかった魔法の使い方が脳裏に浮かんできた。
「えぇと… じゃあ、とりあえず火球を使ってみます… 上手く出来るかは判りませんけど…」
言ってソフィアは片手を岩に向ける。
「えぇっと… 火球!」
キュボッ!
無詠唱で放たれた火の玉は、一直線に岩へと飛んで行き…
バゴオォオオオオオオオンッ!
岩を跡形もなく木っ端微塵にしたのだった。
「こ… これ程とは… ソフィア様、貴女様は歴代の聖女を遥かに上回っておられますぞ!」
マッカーシー大司教はソフィアに跪き、両手を組んで祈り始める。
「だ… 大司教様、お止め下さい! 私なんかに祈らないで下さい!」
ソフィアは慌ててマッカーシー大司教の組んだ手を離れさせる。
「おお… 私ごときの手に触れて下さるとは… このアラン・マッカーシー、いつ死んでも悔いはありませんぞ…!」
恍惚の表情でソフィアの手を握り返すマッカーシー大司教。
そんな2人を見ながら、フランク達家族とアンナやシンディは驚愕の表情を浮かべていた。
「なんなんだ、この破壊力は…?」
フランクは呆然と粉々になった岩を見つめていた。
「今までの最高レベルの聖女様でも、岩にヒビを入れるのが限界だと聞いてますわ…?」
ルイーズもフランクと同様に呆然と粉々になった岩を見つめていた。
「父上、母上… それが事実なら、ソフィア様の能力は…」
「マッカーシー大司教様が言う様に、ソフィア様が史上最強の聖女って事かしら…?」
「それなら、どんな魔王が現れても大丈夫そうですね♪」
エリック、メアリー、フィリップが口々に言うと、ソフィアが青褪めて震えだす。
「ソ… ソフィア様、如何なされました!?」
ソフィアの様子にマッカーシー大司教が慌てる。
「魔王… 魔王… 怖いですぅ~…」
フィリップの何気無い魔王の一言が、ソフィアに魔王の事を思い出させていた。
「これだけの力を持ってても魔王が怖いんですね…」
「まぁ、聖女の能力に目覚めても、ソフィア様はソフィア様って事よね…」
シンディとアンナは顔を見合せ頷き合っていた。
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「…落ち着かれましたかな?」
「は… はい。ご心配をお掛けしました」
邸宅に戻った一行は、ソフィアを落ち着かせる為に食堂で一緒に夕食を取る事にした。
勿論、フランク達だけでなく、大聖堂を清掃していた各貴族家から派遣されたメイド達もである。
大勢で楽しく食事した方が、ソフィアの気が紛れるだろうとマッカーシー大司教が配慮したのだった。
「それにしても、こんなに大勢… 私なんかの為に、申し訳無いです…」
フランクの予想──30人──を上回る人数のメイド達を見渡し、ソフィアは縮こまっていた。
「いえいえ… 聖女様のお世話ができると言う事で、彼女達も楽しみにしていたんですよ♪ そう言う私も、その1人です♪」
ニコニコと笑いながら1人の司祭が話すと、50人を超えるメイド達が一斉にコクコクと頷く。
最初は全員に緊張が見受けられたが、聖女の方が緊張していたのを見て、全員がリラックスしていた。
「お待たせ致しました」
アンナを先頭に、この日の食事当番を務めるメイド達がワゴンに乗せた食事を運んでくる。
全員に食事が配られ、マッカーシー大司教が祈りを捧げる。
そして食事が始まったのだが…
「ソフィア様、どうなされました?」
司祭の1人が、ジッと皿を見つめるソフィアに聞く。
「し… 司祭様… これって、もしかして… すてぇきと言うモノでしょうか…?」
「は… はい、確かにステーキですが… もしやソフィア様は…?」
ソフィアはコクコクと何度も頷く。
「食べるのも… 見るのも初めてです…」
ナイフとフォークをぎこちない手付きで使って肉を切り、恐る恐る口へと運ぶソフィア。
そして、初めて食べるステーキに涙を流したのだった。
そんなソフィアに唖然とする司祭達やメイド達。
そんな中、バドルス侯爵家の面々やマッカーシー大司教はソフィアの反応に慣れていたので…
(我々も最初は同じ様な反応だったな…)
そう思っただけで平然と食事を続けていた。
「バドルス侯爵殿… 聖女の能力に目覚める前、ソフィア様は一体…?」
フランクはナイフとフォークを置き、質問した司祭を見つめる。
そして静かに語り始める。
「まずは偏見を無くして聞いて頂きたい。まぁ、司祭と言う立場である以上、出自で差別される事は無いでしょうが…」
司祭達はコクリと頷き、メイド達も真剣な表情で頷く。
「ソフィア様はヴァネル王国のリネルと言う寒村出身の平民です。だが、前のヴァネル王国とランドール王国の戦争で父親を亡くしました。そして母親と親戚を頼っての旅の途中で盗賊に襲われ、母親を亡くしています。その際、本人も奴隷商に売られ、3年近くを奴隷として過ごしていたのです。私が引き取るまで、碌な生活をしていなかった様で…」
フランクはソフィアから聞いた食事についての話や奴隷商に居た時の生活について説明した。
古くなって、堅くパサパサしたパンしか食べた事がなかった事。
奴隷商の従業員が食事を作った際に出た、肉の切れ端や野菜の切り屑を入れて煮込んだだけのスープしか食べた事がなかった事。
風呂にも入れず、髪は井戸で汲んだ水を被って汚れを流すだけだった事。
身体は濡らしたタオルを絞って拭くだけだった事。
奴隷商の店主から、旅先での奴隷は馬小屋で食事や寝起きすると教わり、それを忠実に守っていた事。
着ていた服は銀貨1枚で10着も買える、適当に縫い合わされただけの超粗悪品だった事。
「そ… その様な生活を3年近くも…?」
フランクは頷き、妻のルイーズや子供達、アンナとシンディも頷く。
「その様な扱い、たとえ奴隷とは言えども許される事ではありません! ですが…!」
司祭は激昂するが、治外法権が認められている奴隷商に対しては何も言えない。
それが司祭には歯痒かった。
いや、誰もが同じ思いだった。
ソフィアだけは、それが普通だと思っていた為にポカンとしていたが…
重い空気が漂い始めた時、食堂のドアが勢いよく開かれて2人のメイドが飛び込んできた。




