魔風にあてられて
「暑い…」
思わずそんな言葉を零します。
今は実家と呼べる洞窟から出て、およそ三刻程の時間が経ちました。
なるべく日陰に隠れるように人里へ向かっていますが、真っ昼間に全速力で走るのは流石に暑くなってきました。
既に幾つかの山を越えて、小さな民家がちらほらと見えるようになりました。
前にいる二人も、無自覚の様ですが顔に疲れが出てるように見えます。
「飯綱!、野鎌!、そろそろ休憩を摂りませんか?」
「えっ!、ああ、ほんとだ。いつの間にか時間が経ってたみたい。」
太陽の上り具合から時間を察したのか、飯綱は直ぐに返事を返します。
ただ、野鎌は…
私は静かに腕を上げると、思っいっきり振り抜きます。
ボカッ!
「痛てっ!何!」
「そろそろ休憩摂ろうって話、聞いてました?」
頭の痛みで正気に戻った野鎌は、何にも分かっていなさそうな顔で首を振ります。
私は小さく溜息をつくと、近くの木陰を指差します。
「あそこで休みましょうか。ついでに昼ご飯も食べて…」
二人は、それに賛成するように頷きます。
「目的地の町は、あと二山越えた所でしたっけ?」
ネズミとさくらんぼを口に含みながら問い掛けます。
「確かそう。」
―モグモグ
「となると、日が暮れるまでには到着しそうですね…」
このペースで行けば確実に間に合うでしょう。
そんな事を考えていると、野鎌が口に蜥蜴を咥えてやってきます。
「恵那~、近くにいた蜥蜴食べる?」
「いえ、私は要らないので、飯綱と一緒に食べたらどうですか?」
「そう?分かった!。そういえば町に着いたら一杯ご飯食べれる?」
少し不安そうに、野鎌らしい食い意地が張った質問をします。
「大丈夫だと思いますよ。人間も沢山いますし、ご飯になるゴミもありますから食料には困らないでしょう。」
そう言うと、野鎌は驚いた様な変な顔をしました。
「えっ!、ゴミを食べるの?流石の僕もそれは嫌なんだけど…」
「あっいや、ゴミといっても人間基準であって、私達では普通に食べれる物ですよ!ちゃんと貴方が好きなお肉もありますし!」
少し焦って早口になってしまいましたが、そんな私の言葉に不思議そうな顔をします。
「それってゴミなの?」
「人間達にとってはゴミなんですよ!」
「ふ〜ん…」
野鎌はいまいち納得していない顔で、飯綱の近くに戻りました。
まあ、そう思うのも仕方ないですよね。まだ食べれるのを捨ててしまうなんて、他の生き物としてはよく分からない価値観でしょうし…
まあ、変な空気なった気がするし、別の事でも考えましょうか。
そういえば、今日からの寝泊まりはどうしましょうかね?
やっぱり野宿か、イタチらしく屋根裏を借りますかね?
出来るなら雨風が防げるところが良いんですけど…
そんな事を思っていると、木々の間から心地よい風が吹き抜けます。
空を見ると、地平線の辺りに大きな入道雲が見えました。
風物詩であるそれを見ると、夏だという事が嫌でも分かります。
気分も晴れて、疲れも大体取れたと感じ、背もたれにしていた大樹から起き上がります。
「それじゃあ、そろそろ休憩終わり!。あと半分くらいだから少しゆっくり行こう。」
二人に声を掛けます。
すると、さっきと違って突如、大きな突風が辺りを吹き抜けました。
―ビュッ!!
「キャ!」 「「ギャー!」」
私達はその所為で、軽く吹き飛んでしまいます。
勢いよく木に背中を打ち付けて止まり、痛みに涙を滲ませながら辺りをよく見ると、周りに禍々しい気が蔓延しているのを感じます。
「痛ったい…」 「頭を打った〜、痛って〜!」
二人は離れた所で、どちらも背中や頭を抑えていますが、特に大きな怪我はないようで、胸をなでおろしました。
恐らく私達と同じ妖怪の仕業でしょうか?。しかし、何故?
そんな考えをしていると、すかさず上の方から、掠れた様な不気味な声が聞こえます。
《誰だ!、私の縄張りに入ったのは!!》
この風の正体でしょうか?声から何処か怒っているように感じますが。しかし、風が強い所為もあって上手く姿が見えません。
それに何か、頭がクラクラし始めて頭が回らなくなっているのを感じます。
恐らく病気にさせる妖怪なのかもしれません。
しかし、そんな考えを口に出す事なく、その場に倒れ込んでしまいます。
横を見ると、飯綱と野鎌も腕を体に手を回したり、少し顔を赤くしたようにして此方を見ています。
これからどうなるのか?そんな思いを胸に秘めたまま、意識は闇に沈みました。
《あれっ?、この子達って向こうの山の鎌鼬じゃ……
不味い…!
お子さんを間違えて殺っちゃたとか言ったら、私がしばき倒される!。でも確か、今日巣立ちするって言ったような?。それじゃあ街にでも放って置こう!。そうしよう!》
具合が悪くなった所為で起きた幻聴か、そんな声を聞き取りながら......