遺伝
年が明け、正行は新たな両親と共に撫手神社の拝殿にお参りした。そしてそこで宮司の浜田を紹介され、彼に連れられて少し離れた小さなお社に向かった。浜田がお社に上る階段に足を掛けたので少し驚く。建物に入るのだから当たり前のことなのだが、いつもなら賽銭箱より向こう側に行こうなどとは思いもしないのでタブーを破ったような感覚だった。
浜田は鍵を取り出して戸を開ける。失礼します、と声に出して正行も続き、畏まりながら靴を脱いで中に入った。
「こちらがそうですよ」
浜田はお社の真ん中の奥の櫃を手で指し示す。
正行は息を飲んで立ち止まり、櫃の前に正座する。そして浜田が櫃の蓋を開けるのを見守った。
「!」
中には茶色く干からびた人間の死体が横たわっていた。最近ネットでいろいろなミイラを検索して見ていたので衝撃的に驚くことはなかったが、間近で見るこけたミイラの表情からは苦悶が感じ取れ、正行の心をざわつかせた。心なしか、ミイラの両腕はのどを搔きむしるかのような動作のように見えた。
「子供……ですか?」
「ええ、子供か、背の低い大人でしょうね。少し、普通の人より手足が長いでしょう? 土蜘蛛の特徴ですね」
干からびて肉が落ちた状態なので気付きにくかったが、確かにその通りだった。
家にいる間、ヒマな時間に春芳から日本書紀の現代語訳を借りて読んでいたが、神武天皇のところにそんなことが書いてあったことを思い出した。
(あれ、指が……?)
見間違いかと思って正行は瞬きをしてもう一度見直す。指の数が普通の人間より多い。それは確かだった。宮司はわかってないのだろうか。それとも見慣れているから敢えて言うまでもないと思ったのか。そして宮司は陰之口の家の人間に現れる特徴を知っているのか知らないか。
どういうことだ。俺のご先祖様は土蜘蛛を退治した側じゃなかったのか。いや、手足の長さからして土蜘蛛であることは確かだ。それじゃあ、どうして?
「大丈夫ですか、怖いですか?」
「ああ、いえ……」
正行が思いふけってしばらく沈黙していたので浜田が声を掛けた。正行は作り笑いを浮かべてなんでもない様を装った。
ミイラの櫃は再び蓋がされる。正行は宮司に礼を言い頭を下げて拝殿の前に戻ってきた。春芳と美佳がおみくじの木の傍で立って待っていた。ミイラを見た感想を聞かれた後、おみくじを引くことを勧められた。大吉だった。
帰りに春芳の運転する車の中で、正行は想像をめぐらせた。侍が土蜘蛛を退治したという伝説。陰之口の特徴、土蜘蛛の特徴、両方の特徴を持つ小さなミイラ。いろいろな可能性があるが、確信するためにはファクターが少し足りない気もする。ただ、その中の一つを思い浮かべた時、正行はむしょうに紀子に会いたくなった。家に着いたらすぐ電話しようと決めた。