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養子

キーワードに「伝奇」とありますが、ファンタジー要素はありません。

「ごちそうさまでした」


 正行(まさゆき)は手を合わせ、テーブルの向かいに座る恋人に頭を下げた。紀子(のりこ)はおそまつさまでした、と、それに笑顔で返す。

 紀子と正行は同じ大学に通う同学年の学生で、1年生のときに知り合った。付き合い始めて2年になるが、紀子は時々正行のアパートの部屋に遊びに来て夕御飯を作ってくれる仲になった。


 紀子は立ち上がり、空になった食器を取って流しへと運んでいった。その後ろ姿の長い足に見とれながら、正行は紀子を恋人にして良かったと改めて思う。そして正行も立ち上がり、自分のぶんの食器を下げた。そして思い立ち、洗い物をする前に紀子に声を掛けて二人でテーブルに戻った。


「紀子、俺さ」

「うん?」

「今度、俺、苗字変わることになった」

「……え、どうして?」


 紀子が目を見開く。正行はまもなく自分が、子供のいない伯父夫婦の養子になることを話した。


「ちょっと珍しい苗字の家でさ、それを絶やすのは惜しいってことで俺が後を継ぐことになったんだ」

「へえ、そんなことあるんだね。なんて苗字なの?」

陰之口(いんのくち)、変わった苗字だろ?」

「そんな苗字があるんだ。確かに珍しいね。由緒ある家柄なの?」

「そう……らしい。聞いたところだと、ご先祖様は土蜘蛛退治をしたお侍なんだってさ」

「土蜘蛛? 妖怪の?」

「もちろん伝説だけどな。今は全然普通の家だぞ。そんな、ドラマに出てくるような名家ってわけじゃない。そうだ、俺、前に、指が六本だったっていう話をしただろ?」

「うん」


 紀子は男女共に認める美人だったが、彼女自身は手足が普通の人より長いことをコンプレックスにしていた。以前、それを指摘されて諍いになったとき、正行は彼女を慰めるために、自分が多指症で生まれてきて、幼少時に手術したことを話したことがあった。それ以来二人は一緒に時間を過ごすことが多くなった。


「それって陰之口の家系にはときどきあることらしいんだよ。遺伝する性質らしいんだ」

「そうなんだ。そう言えば豊臣秀吉もそうだったって聞いたことあるね」


 正行は就職が決まって大学を卒業したら紀子と結婚したいと思っていた。だから紀子に遺伝のことを伝えておきたかった。


「あれ、でも養子になったら大学の方はどうするの?」

「大学は、そのままここで。でも卒業したら、伯父さんの会社に入って、いずれ後を継ぐようにってことになってる。だからG県に引っ越しってことになるな。だから、その……紀子は」


 『結婚』という言葉を恥ずかしくて口に出せなかったが、察してもらった。


「そんなの全然気にしないよ。どこのどういう家の人だからって、正行は正行じゃない」

「そうか、よかった」


 正行は肩を落としてホッと息をつく。彼女がそんなことで離れていく女の子だとは思っていなかったが、口にしてもらうとやはり嬉しかった。


「冬休みに入ったらすぐ伯父さんのところへ行って養子縁組手続きするんだ。そのままお正月をそこで過ごすから、紀子とは今年…じゃなかった来年一緒に初詣に行けない。ごめん」

「いいよいいよ。おうちに関する大切なことだろうしね。……リンゴ食べる?」

「食べる」


 紀子は冷蔵庫へ向かう。そのリンゴは紀子の故郷から送られてきたものを幾つか持ってきたものだった。


「でもなんだかんだ就職活動しなくてよくなったから、そこは良かったかもしれないね」


 紀子は器用にリンゴの皮をむきながら話す。


「まあな。ただ、今まで林業って興味なかったから、その辺は最低限勉強しなきゃいけない」

「うん、そうだね。はい」


 正行はみずみずしいリンゴに噛り付いた。


「……うまいな、このリンゴ」

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