譲れないこと・アルベルト
高慢な人間が、世界を切り取るのなら。悪意でもって世界を一つに戻すと、魔王は言った。
5歳の頃、誰かに神童だと言われた。有り難いことに僕の頭は優秀で、《皆の望むこと》をなぞるように生きることが出来た。
僕は王子で、国を思い、民を愛し、国を豊かにする。それが僕の産まれてきた意味だと、思っていた。僕の意志や希望は、《国》の前には必要のないものだと。
すぐに婚約者が決まった。多分、産まれたときには目星が付けられていたのだろう。黒曜石のような髪と瞳を持つ彼女もまた、神童と噂されていた。
「志は自由ですよ。よく言うじゃないですか。《他人を愛するには、まず自分を愛すること。》…王子が自分を蔑ろにするなら、本当は民も国も、愛していないのではないですか?」
初めての顔合わせの時、彼女に言われた言葉は僕に突き刺さって、息が出来なかった。
「私は私を一番愛しておりますので、王子の手は煩わせません。」
にっこり笑って言う彼女に、カッと頬が熱くなったのがわかった。見透かされたのだ。高慢に生きる僕を。本当は誰にも期待していない、よく知らない彼女すら見下していた僕を。そして、手を伸ばす前に叩き落とされたのだ。
「王子、お友達から始めましょう?きっと私達は、同類ですから。一度、腹を割って話しましょう。」
初めて感じる羞恥。嫉妬。完璧な所作で紅茶を飲む彼女は、目の前に居るのにまるで高い山の天辺から見下ろされている気分だった。そして、自分が負けず嫌いだと初めて知ったんだ。
彼女…シャリア・フェルトは、変わり者だった。確かに人並み外れて優秀で、神童には変わりないのだけれど。独特の感性で生きていたし、好奇心の塊だった。
手紙を書けば、毎回見たことも無い紙や封筒で返事が届いた。読もうと中を開ければ、謎の暗号文やパズル文字。シャリアから与えられる刺激全てが、とても楽しかった。初めての友達、初めてのイタズラ、初めての冒険。やっぱり恋愛感情は無かったけど、シャリアとならこの国を守っていける。僕らは戦友だった。
18歳の誕生日、神託が下った。魔王を討伐して、世界を救う勇者となるのだと。
「王子、恋とは雷に打たれるような衝撃だそうですよ。お楽しみに!」
旅立つ前日、門前でシャリアは言った。もしかしたら、最後の会話になるかもしれないのに。大勢に見送られ、まずは隣国、大神官の待つ聖国に向かった。
神託を告げた大神官に、共に旅をする仲間を紹介された。まだ神官になったばかりの、16歳の女の子。雷に打たれた。これが一目惚れか…。僕は初めての恋に戸惑った。シャリアに相談したかった。僕と忌憚なく話してくれるのは、彼女だけだったから。
三年の旅で、僕は沢山のものを得た。友人、親友、愛する人。魔王討伐により、聖国と我が国は一つになり、5カ国一の大国になった。ああ、今ならわかる。自分を愛すること、民を愛すること、国を愛すること。
「僕は、欲張りで我が侭になってしまった。だから、シャリアには責任をとって貰わなくてはね!」
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(シャリア、もしかしてルナマリアが仲間になるの知ってたの?)
(大神官との会談のために聖国へ向かうのはわかってましたから。あとはアルベルトの好みに合う歳の近い女の子をちょちょいのちょいですよ。)
(……。素直にお礼が言いづらい。)