飲み込めない現実・ガイナス
俺の名前はガイナス。いや、今はガイナス・フェルト。獣人だ。
俺の生まれた国では、獣人は人にあらず獣である。と、毎日鞭打たれ、奴隷として扱われる。明日も見えない日々の中、どういう縁か…大国の貴族の一員になるのだから、人生はわからない。
小国の王子だという少年は、隣国の神官をしている少女と共に旅をしていた。
「僕は、今まで王宮の中で生きてきた。だから、一人ではわからないことばかりで…。たのむ、僕の力になってほしい。君じゃなきゃ、ダメなんだ。」
恥ずかしそうに笑う顔とは裏腹に、瞳だけは力強く俺を映していた。
そこからの旅は、…本当に楽しかった。もちろん死にそうな目にも、何度もあってきた。それでも、仲間たちと笑いあい、苦難を乗り越え、そして…俺たちは、世界を救った。
思い出すのは、楽しかったあの時のことばかり。今は、まだ現実に追いつけていない自分がいる。
救国の英雄として、俺たちは勇者…アルベルトの国に帰国した。魔王討伐はすでに世界中に知れ渡り、上へ下への大騒ぎだった。案内された宮殿で十分に休息をとり、そして、アルベルトの父、国王との謁見。俺達5人は討伐の褒賞をいただき、過分な身分すら与えられた。
勇者アルベルトは 次期国王に。神官ルナマリアは 大聖女に。僧侶シークは 大賢者に。魔法使いミリアは 大魔導士に。俺は…拳聖に。
それからの毎日は、正直覚えていない。身一つだった俺は、アルベルトの好意で城で世話になっていた。何もせずとも準備される食事、出される好物。着慣れない高価な服、賛辞を送ってくる見知らぬ人間達。
限界だったのだと思う。底辺だったころは、夢見ることすらできなかった生活に。俺の心は、楽しかった旅の中に置き去りだった。
「ガイナス、大丈夫か?」
「アルベルト…すまない。心配をかけてしまって。」
「いや、いいんだ。」
次期国王として、教育や五ヵ国の顔合わせが大急ぎで進められているアルベルト。疲れた顔をしているが、どこか晴れやかだ。
「ルナマリアとの結婚が決まった。」
「そうか、やっとか。おめでとう。」
年下の二人を弟妹のようにかわいがってきた俺としても、それはうれしい知らせだった。
「…ガイナスに、頼みがあるんだ。」
「どうした?」
一転、曇った顔を下に向け、苦悩するアルベルトは逡巡した後、大きく息をついた。
「僕には、元々婚約者がいる。5歳のころ、母が決めた婚約者だ。お互い、政略結婚なのも理解している。だがそれだけだ。特別愛情を向けていたとすれば、ともに国を盛り立てるという【戦友】のようなもので…」
「アルベルト?」
「単刀直入に言う。僕の元婚約者、シャリアと結婚してほしい。」
意を決したように告げられた言葉に、俺はそれはもう困惑した。
「は、はぁ?!」
「貴族の中ではすでに、【救国の英雄の伴侶】の座を狙う者たちがいる。僕にはルナマリアを正室に、娘を側室にどうかと、山のように縁談が来ている。そして、それはガイナスも同じだ。」
「お、俺?!」
「単身で平民。言い方が悪いが、一番取り込みやすいのが君なんだ。」
「ちょっとまってくれ、つまりなんだ、俺に娘をあてがって、」
「自分の家に箔をつけ、さらに僕の親友の君を使って、国に口を出したい輩が大勢いるってことさ。」
貴族のことなんてまるでわからねぇ俺を、いいように使いたい。そして俺は、そんなことをしても気付かないような馬鹿野郎だって思われてんのか?カッと怒りが上るが、ぐっとこらえる。
「…それで?」
「シャリアは凄く…なんていうか変わった人で…。僕は彼女の好みのタイプでも無いし、王子という肩書きも関心がないみたいで。当時はそこそこ落ち込んだんだけれど…。僕とは白い結婚にして、本当に好きな人ができれば側室にして、その人との子供に王位を継がせればいい。って言い切る人で。…本当は、言葉通りルナマリアを側室に入れればいいんだ。でも…できなかった。俺は、ルナマリアを愛しているから。…最低なことをいっているのはわかってるんだ。」
それは、知っている。旅の中で支えあい、育まれた絆が、愛に代わるところも見てきた。
「今回、ルナマリアと結婚したいと、土下座しにいったんだ。そしたら、なんていったと思う?」
「…ほんとは好きだったとか、泣いてすがられたか?」
口では何とでも言えるし、強がりだった可能性もある。むしろ将来は王妃だぞ?そんな簡単に割り切れないだろ。
「【おめでとうございます!婚約破棄しないと!結婚式には呼んでください!】だって。彼女、【救国の英雄で勇者で次期国王の僕】の肩書き関心がないんだ。」
「いやいやいや、冗談だろ?」
「しかも、【昔から儚い系の金髪美人が好きですよね。私もです。ルナマリア様、私ともお友達になってくれませんかね。】っていわれたよ。」
お、おお。なんとなくいたたまれずに、アルベルトを見ると、苦笑いが返ってくる。
「僕のカンだけど、ガイナスはシャリアの好みだ。そして、シャリアの生家、フェルト家は貴族の中では一番話が分かる。」
居住まいをただしたアルベルトは、あの時のように、ただまっすぐ俺を見る。
「親友も、戦友も。その辺の輩に渡すなんて我慢できない。僕はわがままなんだ。」
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(王子!なんでルナマリア様連れてこないんですか!美人は国の宝ですよ!楽しみにしてたのに!)
(君他にいうことないのかい?)
(王子の旅、社交界で定期的に話題に上がるので。好みの女性が早々に仲間になったのは知ってるんですよ。一目惚れでしょう。)
(うぐっ…。君ほんと、そういうところだよ…。)
(何年王子と戦友してると思ってるんです?隠し事なんて無駄ですよ!)
(君こそ、覚悟しておきなよ。)
(?)