目に入れても痛くないとはこのこと
「んぁあ~!!可愛いね!かわいいねぇ~!」
短い手足をバタバタと動かしてして笑う息子に、表情筋が溶ける。しょうがないね!かわいいからね!
「うぁぷ~ まぁま~」
「うんうん!ママも大好きだよ~!」
なんて言ってるかわからないけど、なんとなくで良いのさ!
「ママの宝物くーん?はーい!」
「んきゃー!」
涎でベロベロな手が可愛いねぇ!ちいちゃいねぇ!
お花と埃と石鹸の匂いがする!たまんねぇな!
ここは隔離塔という名の私の天国。周りのことは侍女がやってくれるし、ほしい物は、言えば持ってきてくれる。ご飯もおいしいし、息子は可愛いし、本当に天国。
私は転生者だ。思い出したのは、この子を産んだとき。それまでの私は、可も無く不可も無く、大人しいご令嬢。前世も今世も特に辛い事なんて無かったし、なんで?何で私が転生した?と思うときもあったけれど、多分誰しもが、死んだら転生するシステムなんじゃないかな。選ばれた!とか、手違い!じゃなくてさ。死んで、振り分けられて、私はここだった。それだけ。
そんなことより見てくれ。すあまみたいな柔肌。紅葉のおてて。桜色の唇。海色の瞳。絹の黒髪。そして、同じ色の耳とふわふわの尻尾。うちの息子、天使では?天使ですよね!知ってた!
「ひぇっかわいい!鼻血出る!」
こちらの天使、なんと私が産みました。メイドイン私。
黒髪は私に似たんだねぇ!それ以外は旦那様似だ。
そう。動物は相手がいなければ繁殖できない。誠に残念なことに。
コンコン
「奥様、旦那様がいらっしゃいました。」
息子をあやす手を止めて、ベビーベッドに寝かせると、
「どうぞ。」
メイドが開けたドアから、体躯の良いイケメンが歩いてくる。身長は190㎝位?深海色の目、赤い髪に獣耳、ふさふさの赤い尻尾。この人が私の夫。ありがとう遺伝子!息子の天使成分はほぼここから生成された!
旦那様は平民出身の獣人だが、御本人が《救国の英雄》。魔王退治に出た勇者の仲間をしてた。噂では、本当は聖女様と結婚したかったらしいけど、この国の王子様な勇者と結婚したからなぁ。私でごめん!魔王討伐の功績、失恋の傷心、それに浸るまもなく、平民の旦那様の周りには、蟻が群がった。それを心配した親友の王子様(勇者)は、旦那様の後ろ盾になる家で、出自に問題ない令嬢をあてがった。つまり、王子の婚約者(私)。
「体調はどうだ?」
「ご覧の通り、何の問題もありません。」
「そうか。なにかあればいってくれ。」
「はい。」
まぁでも、別に仲は良くないんだよね!政略結婚な上、旦那様多忙すぎて一回顔見せしたくらいかな?その後結婚式、初夜で息子出来ちゃったからね!一夜孕みとか、息子神の子かな?!
「きまりも守ってますので、ご心配なく。」
「っ…!そ、そうか。すまない。」
なに吃驚しとんねーん!お前がいったんやろがーい!傷付いた様な顔をされて、思わず心でツッコミを入れてしまう。
「……かわいいな。」
「うぷ?」
ウロウロ泳いでいた目が、私の天使を見てとまる。口元を緩ませて、おそるおそる手を伸ばし、指先で頬をつつくと、その手を握られて肩がはねていた。
「あぶ!」
「うぉっ?!」
見た目より強い力で握られたからか、抵抗できないまま旦那様の指先は天使の口に咥えられて、そのままあぐあぐと噛み付かれている。まだ歯が生えてないけど、歯茎が痛いんだよね!わかる!第一犠牲者は私の左乳首だ。
「ど、どうすれば…」
吟遊詩人に、ドラゴンの攻撃も効かぬと歌われていた旦那様も、天使には形無しらしい。目線が私と天使を行ったり来たりしていて面白い。
「ふふ…。」
「っ!ぐっ…!」
やべっ笑ってしまった。旦那様しかめっ面してるけど怒ったかな?咳で誤魔化しつつ、そっと旦那様の手を取り、天使の指を外す。代わりに自身の尻尾を握らせると、興味が移ったようで一心不乱に噛み付いている。指は一応ハンカチで拭いたけど、後で手を洗ってくださいな!
「あ、その、すまない。」
「いえ。」
「…食事は、共にとれるだろうか。」
「?はい。わかりました。」
「っ!ありがとう。ではまた。」
退出していった旦那様より、私の心はすぐに天使のほっぺをもちもちする作業に戻っていた。
(んきゃわぁぁあ!!!てんし!てんし!赤子×ケモミミとか萌え要素の詰め合わせ!欲張りセット!)