変わった3人家族が朝ご飯を食べるだけ。
「おぉ悠真。起きんの早いなぁ」
「父さんが遅いだけだよ。もう、今日は仕事じゃないからって遅く起きて…」
「でもま、朝ご飯はまだだし、休日の起きる時間にしては、お母さん早い方だと思うかな」
父、蓮人は階段を降りてからあくびをした。その後に、体ごと左右に揺らして、首をボキボキ鳴らす。
蓮人は朝ご飯を作る母、美香のいるキッチンに入った。
「ほぉー、今日の朝はベーコンエッグですか。朝の定番と言える飯だ」
「食パンもあるよ。チョコレート味の食パンね」
「おっ、うめえやつだ」
テレビでニュースを見る悠真が、キッチンにいる親2人を呆れた目で見た。
「はぁ…結婚して13年以上経っても、未だ仲良しカップルみたいな雰囲気だな」
「ん?あぁ、それは違うぞ悠真。だがお前は思春期真っ只中の中学1年生だからなぁ。そう見えちまうのも仕方がない!」
蓮人はからかうように悠真に近づき、そう言った。
悠真は顔を赤らめて蓮人から顔をそむける。
「そ、そういうことじゃねえし!そっちこそ初々しくするんじゃねえし!!」
「ふふ、可愛いっ」
美香の一言に、悠真は頬を膨らます。
「だが、一緒の空間にいるってだけで、初々しくイチャついてるわけじゃないぞ。もしそうだったら、放課後の教室はなんだ?誰もいない部屋に男女が1人ずつ。それだけでイチャつくことになる」
蓮人はキッチンに戻り、コーヒーメーカーでエスプレッソを入れた。というか、エスプレッソ専用のコーヒーメーカーである。
「よく飲めるな。そんな苦いの」
「蓮人は小学6年生の頃からコーヒー飲んでたねぇ~」
悠真は「えぇ…」と困惑してしまった。
悠真はどちらかというと母似である。中学1年でもコーヒーにハマらないのは、おそらくそのせいだ。
だから声変わりしていても高いのは変わりないし、髪の質だって美香に似ている。
まぁ、美人で髪の質がいい美香のことだ。悠真だって、それなりに美少年ではある。
「さ、朝ご飯できたよ。お母さん特製、ベーコンエッグ!」
「ほとんどの料理に『お母さん特製』ってつけてないか?」
人数分の箸を用意し、3人とも席についた。
既に腹が減っていた悠真は、いただきますという時間も惜しいくらい早く、その朝ご飯を食べようとした。
「ダーメ。いただきますはちゃんと言うの」
「えー…いただきます…」
「いただきます」
家族で声を揃えていただきますと唱えることはない。料理ができあがったら、自分のタイミングでいただきますを言い、自分のタイミングで食べる。
だからと言って、食べないという選択肢はない。ご飯の前は、だいたいみんな腹を空かせているからだ。
「うん、美香特製なだけある。やっぱ美味いな」
「へへ、どう?悠真美味しい?」
「13年食ってきたんだぜ?美味しいって質問の答えは、必ず美味しいってことを覚えてくれ!」
口癖は、蓮人に似ている。
これには、蓮人もため息を吐くしかなかった。
「そういえば蓮人。今日予定は?」
「特にねえ。出かけたいなら遠出するのもいいし、家でまったりしたいのなら、俺はアニメを見る」
「父さん、もう30歳超えてるんじゃなかった?心は高校生だな…」
蓮人がアニメにハマったのは高校生から。どういう経緯か知らないが、悠真はそれを知ったようだ。
「永遠の17歳と言ってくれ。高校2年生は俺の中で一番充実した1年間だ」
「うっわぁー…」
悠真と美香は、同タイミングで蓮人にドン引きした。
「蓮人がかっこいい顔で良かったよ。ブスがそんなこと言ったら、私もう離婚してるかも」
「えぇ…美香、そいつぁ酷いぞ…」
「…やっぱイチャついてる」
もはや、思春期じゃなくてもそう見えてくる会話だ。
「だが、高2が一番充実で来た1年だってのは本当だ。自分の人生が変わるかもしれないことがいっぱいあったからな。もちろん、アニメもたくさん見た」
「へぇー」
気付けば、蓮人のご飯は全て蓮人の腹の中だった。
「父さん」
「んぁ?どしたー?」
チョコレートの食パンを食べ終え、悠真は2階に行く蓮人を引き留めた。
「今日、俺は家でごろごろする」
「いいよ。むしろそうしてくれ。俺はどこにも行きたくない…」
「もう、最近飲み会で疲れてるからってぇ…」
「ビールは苦手だってのに、先輩がすっげえ勧めてくるんだよなぁ。断るのに一番労力かかった」
奥で会社の後輩先輩が騒いでる端っこで、蓮人は1人で唐揚げを食べたのを思い出す。そこに、一番仲のいい先輩が酔った状態でビールを勧めるところまでちゃんと脳内に映し出された。
唐揚げだけが美味しかった。
「蓮人は無駄に大人っぽいからねぇー。悠真、父さんの好きなお酒、何か知ってる?」
「…なんだっけ?」
「ワインよ。巨峰のワイン。グラスに注いで、ベランダで飲むのが好きなんだって」
「えっ、おっとな~」
悠真と美香の悪口じゃない陰口に、蓮人は大声で反論した。
「ワインは健康なんだ!あれ、何でできてるか知ってるか?」
「知らない」
「フルーツだけだぜ?フルーツを潰して、発酵させて、樽なんかに入れて熟成させるだけだ。つまり『ワイン=果物とアルコール』みたいなもんだ!」
蓮人の熱狂的な説明に、2人は適当に拍手するくらいしかなかった。
その後も、蓮人はいくつかワインのいいところを語ったが、美香はベーコンエッグ、悠真は食パンを食べて頑なに聞こうとしないので、蓮人もワインの説明をやめた。
3人のこの家族の休日は、いっつもだらだらとしているだけである。