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その他・雑多

【短編】除夜の鐘が鳴る前に

作者: 真波潜

あけましておめでとうございます!続きません!

 母さんが言うには、いつもテレビで年に一度の特番が終わった後に流れる、暗い寺の画像に合わせて何遍も鳴る鐘が除夜の鐘と言うものらしい。


 除夜の鐘、という言葉くらいは知っていたが、家族とコタツを囲みながら「あけましておめでとうございます、今年もよろしく」と言うBGM位に考えていた。


 それが小学校6年生くらいの話。108つの煩悩を年の終わりから初めに払う為に鳴らすもの、というにわか知識までついたのは、いつだったか。


 特別調べるわけもなく、なんとなく生活して歳を重ねていくうちに知った知識。そんなもんじゃないか、と思っている高校一年生。それが、俺、中山敏和。


 そして高校生になって、ちょっとした悩みに苛まれている。


 入学してクラス分けの張り紙を見て、教室に入ると席は決まっていた。名前順で、男女混合の列。せめて男女は分けないと、男子の方が中学生の段階で既にガタイがいいのだから、黒板が見え難いんじゃないか、と思った。


 俺の席は窓からは1列内側で、前後左右に人がいる、なんともだらけにくい席だった。せめて、後ろが真面目な奴じゃなきゃいいなと思って席に着く。


「トーシ! おはよう、お前とクラス離れちまったなー!」


「お前、自分のクラスで友達作れよ……、おはよう、マサ」


 高校デビューだ! と言ってブリーチした金髪の腐れ縁の日野正樹が、わざわざ隣のクラスからやってきた。


 俺とマサは小中とずっとクラスが一緒で、成績も運動も身長も似たようなもので、どんぐりの背比べ、と思いながらもちょっとした成績を競っていた仲だ。


 話しやすいし、一緒にいるのは気楽でいい。同じ高校なのも、お互いの家から通いやすくて俺たちの頭で入れて大学を目指せる、のがこの高校だからだ。


 さっそく制服も着崩して、金髪頭をセットして、見事にデビューをしたようだが、これは確実にクラスで浮いたな、と察するには余りある速さで遊びに来た。


「硬いこと言うなよ、初日だぞ? 今日から離れ離れじゃねーか、寂しくねーの? 俺いないんよ?」


「隣のクラスに存在してるだろ。初日からそんな張り切って、先生になんか言われなかったのか?」


「明日までに黒くして来いって言われた」


「当たり前だ」


 こうして軽口に付き合いながら、カバンから筆記具くらいは出してしまっておく。マサは邪魔にならないように通路に立っていたが、俺もマサも身長は170にちょっと足りないくらい。


 女子からしてみれば邪魔だったのかもしれないが、この子にしたらもっと邪魔だったに違いない、と言う子が声をかけてきた。


「あの! すいません、後ろの席なので、通してください」


 小さな子だった。黒い三つ編みを濃い緑のブレザーの前に垂らし、キッチリ第一ボタンまで留めたブラウスに、首を飾るリボンが大きく見える小さな顔。銀縁の眼鏡に、眉にかかる前髪、膝下のスカートに黒いソックス。150センチも無さそうなその子は、緊張に頬を高揚させて、カバンを握りしめて、マサに声を掛けていた。


「あ、ごめーん! んじゃ、トシ、また帰りにな!」


「いいからさっさと行け! ……ごめん、友達が騒がしくて」


「いえ、あの、ありがとうございます。不良かと、思いました……」


「大丈夫、明日には黒くなってるから。——俺、中山敏和。邪魔してごめんな」


「いえ! あの、私は新田あゆみです。1年間よろしくお願いします」


 カバンから手を離さずに大袈裟に動くその子は、顔立ちは決して悪くない。唇は薄桃色で、肌も白くて、身長の割に胸もあって……、きっちりした格好のせいで、なんだか勿体なさを感じるような子だった。


(凄い可愛い子じゃね? 後ろの席でラッキー)


 プリントを配る時、テストの回収をする時、ちょっとした授業のわからない所を聞く時、俺が聞かれることはこの真面目そうな感じからあり得ないだろうし、新田さんとは程々に仲良くできそうだった。


 オタクというより委員長だが、小動物っぽいので図書委員が似合いそうだ。


 彼女とはこうして挨拶を交わしたのが初対面。


 それから、席替えというイベントも無く、ずっと1学期2学期を、ほどほどの仲の良さで過ごしてきた。


 時にはマサを交えて雑談したり、新田さんと中山くん、の間柄は変わらなかったが、平和に楽しく過ごしていた。もちろん俺にも他の友達もいたし、新田さんにも友達はいる。


 夏休み前に、チャットのIDを交換した。宿題の事なんかをたまに話す程度。何故かマサまで交換していたが、あいつは警戒心を抱かせないのがうまい。クラスでも、即刻黒髪になって笑われてから溶け込めているようだ。


 夏休み明け、新田さんの髪がボブくらいになっていた。眼鏡はそのままだけど、唇に艶があって、リップか何かを塗っているようだった。


 相変わらず小さい彼女だが、物おじはしない。笑顔でおはようと声をかけられて、余りに俺の好みすぎて、一瞬間を置いてから、おはよ、と返した。


「髪、切ったの? 伸ばしてたみたいだけど」


「うん。気分転換。……変?」


「いや、あの……可愛い」


 思わず真顔で答えてしまった。新田さんはメガネの奥の目を丸くしてから、肩を揺らして笑って、ありがとう、と答えた。


 その日からマサは教室に来なくなったし、帰りもあまり一緒にならなかった。変だと思った俺は、日曜日に俺の奢りで映画、という釣りをした所、映画の後に適当に入ったファミレスでようやく白状した。


「すまん! お前を避けてた訳じゃない! いや、そのな?」


「謝らなくていいから話せよ。どうしたの」


「……あゆみちゃんにさぁ、フラれた。いや、厳密には告ってない! その前にフラれた……」


「はぁ? 何、好きな人でもいたの?」


 この質問を口に出す時、何故か胸の中がもやっとした。喉から下にもやもやが絡み付いて、うまく言えたか自信がない。


 マサは言いにくそうにしながら、ドリンクバーのメロンソーダのストローを揺らす。


「夏休みに、チャットがきて。お前の好みの髪型とか、聞かれて、……敵わねーってなった。俺もお前好きだし、変な意味じゃねぇよ? いいやつだと思ってなきゃ連まないから、素直に教えたってわけ」


 衝撃だった。自分が恋愛対象に見られている? 俺は初恋もまだ、と思っていたが、マサには申し訳ないと思いつつ、嬉しくなってしまっていた。


 俺の好みなんて、中学の時に雑誌のグラビアで適当にこの子、って指差してた位で……マサもよく覚えてたもんだ。たしかにみんな、ボブくらいの長さの髪型だった。


 共通点はそこだけ。女友達もいたし、今もいる。その子らがボブでも可愛いとか言ったことも無かったのに、言ったのは新田さんにだけ。


 自分の恋心を自覚してしまった。よりにもよってマサの失恋の理由で。


「俺もさ、もう少ししたらまた遊び行くからさ……、何かこう、待っててくれよ」


「分かった。……っつーか、それ俺に言っていいの?」


「お前にアピってるのに気付かれない、って相談されてる俺としては、さっさとくっついて欲しいとおもいまーす!」


 新田さん、酷な事を……。


「後な、あゆみちゃんすげー頑張ってるから、半分本気で応援してたりすんだわ。お前どう思ってんの?」


「わかんねーよ、そんなの……」


 嘘だ。好きだと思ってる。思ってた。自覚したのは今さっきだけど、考え出したら止まらなくなった。


「ま、男の方から告白すべきじゃねーかと俺は思うけどね」


「……ここも奢ってやる」


 お年玉を貯めてた分、多めに持ってきて良かったと思う。マサには感謝してるし、マサの方が俺を知ってるようだった。


 しかし、二学期の終わり。俺はある事を知ってしまう。


「あゆ〜、貸したノートある? 冬休みにちょい復習したいんだけど」


「あ、うん! はい、これ、ありがとう!」


「いーよいーよ、また分かんないとこ教えてね!」


 俺は席で適当にラノベを読んで居たが、同じクラスの女子が新田さんにノートを貸してる事を知った。


 新田さんだって同じ授業を受けてるのに、と思って、ずっと俺の背中が邪魔だった事に気付く。


『あゆみちゃんすげー頑張ってるから』


 マサの言葉がリフレインする。


 まさか、後ろの席に居たいから? 自惚れかもしれないけど、そう思ったら、本の内容なんか吹き飛んでしまった。


 音を立てて椅子を引く。


「……新田さん、今日、一緒に帰らない?」


「え……、う、うん! 帰る!」


「じゃあ、終業式終わったら」


「うん……!」


 初めて出会った時のように頰を高揚させて、新田さんは頷いた。


 校長の長い話も、ホームルームでまとめて渡されたプリントの山も、あの可愛い顔が頭の中を占めていて殆ど上の空だった。


 コートを着てマフラーを巻いて、新田さんはミトン型の手袋までして、帰ろ、と言ってきた。


 家の方向は逆だったが、平日の昼間は人が少ない住宅街を歩きながら、俺は新田さんにいつ告白しようか考えていた。雑談も上の空だ。


「あの、さ……新田さん」


「うん?」


「冬休みさ、一緒に初詣行かない? 元旦の朝」


「い、いく!」


「うん。迎えに来る。家も分かったし」


「あ、……だから一緒に帰ろうだったの?」


「いや、あと……」


 初詣、と言ったものの、クリスマスとかもっとあったろ! と、自分の気の利かなさが憎い。


 初詣……除夜の鐘で、俺と新田さんの、恋心は煩悩として洗われてしまうんだろうか? それは、すごく困る。


「クリスマスも、一緒に出掛けたい。……好きです、新田さん。付き合ってください」


「……! は、はい! 嬉しい、です。私も……好きだから」


「あ、と、で、チャットする、詳しいのはそこで」


「あ、うん。家もうちょっと先だから……」


「うん」


 寒い風に吹かれているせいか、告白のせいか、両想いが叶ったからか、俺たちは二人とも顔が真っ赤だった。


 今年の年末は特番は録画して、除夜の鐘が鳴る前に寝て、朝からしっかり身支度しよう。


 除夜の鐘が鳴る前に、新田さんと恋人になれてよかった。新田さんも除夜の鐘を聞かないで欲しいと思ったが、きっと、彼女は真面目だから聞きそうだ。


「あとさ」


「うん?」


「三学期は、俺と席交換しよ。俺の前女子ばっかだから、黒板見えるよ」


「……やっぱり、バレちゃった?」


「うん」


「あのね、席替え……、したくなかったんだけど。今ならいいかもって思う」


 なんで? と聞く前に、新田、と書かれた表札の家の前で彼女と俺は足を止めた。


「中山くんの、背中が好きだったから! じゃあ、あとでね」


 新田さんは相変わらず膝下のスカートを翻らせて、家の中に入っていった。


 後で、聞こう。除夜の鐘、聞く? って。


 俺のこと好きな気持ちが、洗い流されないか心配、なんて情けないことは、とても聞けないけれど。

ありがとうございました!

今年もよろしくお願いします!

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[良い点] い〜な!い〜な! リア充爆発しろ〜! [気になる点] なっなんで元旦に! [一言] あけましておめでとうございます
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