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荒若駅~ブローチ~

作者: 園田美栞

「知ってる?あの駅のこと」

「え?何?」

 私たちの住む町の荒若には不思議な噂が立ち並ぶ。カフェで二人の少女が話している事もこの町の噂の一つだ。土山花梨はその話を背中で聞きながらコーヒーを啜った。

「あの古い荒若駅の話よ。新しくできた方じゃないもの。若い女の幽霊が何かを探しているって噂の」一人の少女が怖い顔をして言い出すと、もう一人の子も

「あっ知ってる!それで、長い髪の女の人が話しかけると線路に突き落とすとか」

「そうそう」少女たちは盛り上がっている。誰も近づかないあの駅の話で。花梨はスマホを触りながらある人物を待っていた。その人から「ちょっと仕事で遅くなる」と連絡が来た。それを見て幸せな顔をして花梨は返信メッセージを送る。

(私は知ってるのよね、その幽霊を)思い出したくもないあの思い出。目を閉じれば確か今日と同じまだ暑さの残る日だった。


 遡れば10年前になる。花梨は大学4年生の夏、就職先も漸く決まり友人の平田美奈子と本条綾子と夏休みの計画をたてていた。花梨も綾子も美奈子も三人とも黒く長いストレートな髪で胸あたりまで伸ばしている。花梨はそのままだらりとまっすぐ下ろし、綾子はサイドを後ろに纏め、美奈子は髪を耳にかけていた。三人はゼミが一緒でなんでも話し合える親友だった。

 私たちは恋バナが大好きで2年の時から何かと話をしていた。相手は同じゼミで同じ班の蓮田孝。花梨はそうでもなく二人の楽しそうな話をいつものカフェで聞いていた。

「今日ね、話せたんだよ」

「一緒に研究しようって誘ったらOK貰えちゃった」楽しそうに顔を赤くしながら話す二人は同じ人を好きになってはいたが私の忠告で、努力はするけどどちらが勝っても恨みっこは無しだと弁えていた。だから、一緒に研究を誘ったとしても結局は私含めての4人で行ったこともしばしばあった。彼は誰に対しても優しく、普段は女子とはなかなか話さない彼がこの集まりに参加してくれるだけでも嬉しかった。2人の為を思うと幸せで、眺めているだけでも嬉しかった。

 そんなある日、私たち三人は夏休みの計画をたてるべく居酒屋に集まった。LINEで話せばいいものをわざわざ集まるのはただの理由付け。計画なんぞ結局はLINEで済ますのだ。お互いの就職先の話、卒業論文の進み具合に、その内容についての他者目線の意見など基本的な内容は学校関係だ。ゼミの話に急に変わり、酔いが回った途端、常に授業に来ない学生の不平不満を言い出し、好きな男子のいい所を並べ立てる。これもいつもと同じだ。だけどなぜか楽しい。大笑いして、恋愛の進行状況を語って大泣きして、自分には無理かもと泣き叫び、私がそれを宥める。片方が泣けばもう片方も「私もよ」と大泣きする。もうどちらの見方をしていいのかわからなくなる。黙って見ていれば泣きやみ

「お互い頑張ろうね」と言って手を繋ぐ。

(やっぱり仲直り)私は微笑みながら応援した。終電間際になり、荒若に住んでいる花梨とは違い美奈子も綾子も電車に乗らなきゃと焦って行った。

「あ、私終電終わっちゃったみたい」と綾子は言い出し、彼女はタクシーを使って帰っていった。残された私たちは、一緒に駅に向かった。私は美奈子を改札で見送り手を振って別れた。

 次の日、私はいつものように2人におはようとLINEをした。「ちゃんと帰れた?二日酔い大丈夫?」絵文字付きで送る私のメッセージを読んだのは一人だった。

「帰れたよ、タクシー代凄まじかった」その返信を見て花梨は笑った。なんともない日常が

「花梨、これ貴女の友達よね?」と下から母親の声で壊された。何かと降りてみると昼のニュースがテレビに映し出されていた。

「22歳女性ホームから転落して死亡」そのテロップに動揺が走った。更に追い打ちをかけるように名前まで出され私は声を失った。

「平田美奈子」財布の入っていた運転免許証で身元を特定できたらしい。外のセミの声が大きく耳に響く。それから綾子から連絡が来た。彼女もニュースを見たらしかった。

「ちゃんと改札だけじゃなくて電車に乗るところまで見てあげるべきだった」と私が泣きながら電話で話す私に

「花梨のせいじゃないよ、自分を責めないで」と泣きながら慰めてくれた。私たちはお葬式に参加し、美奈子の家に言ってはお線香をあげたり、おばさんと話をしたり…。おばさんは「あの子の酒癖の悪いとこが…バカよね…」と泣いていた。その言葉で私の心はキュッと痛む。もっとしっかりしてなければ、思わず自分のスカートの裾を握りしめた。帰り道、綾子は現場を見てくると荒若駅へ向かった。私はその誘いには断り1人で自宅へ戻った。

 だがそれから、綾子の態度は変わっていった。ライバルがいなくなった嬉しさがあったのか、美奈子を思い出して泣く私とは違い、お葬式を終えてからは勝ったような表情をしだした。

「ずっと泣いていてもしょうがないでしょう。私は私の道があるもん」と私と顔を合わせてはいつもそう言っていた。9月になり学校も始まり教室に向かうと、蓮田君と綾子が先に座っていた。席は一番後ろで私が来ても気づくことなく何やら楽しそうに話している。

「おはよう」と声をかけても綾子はこちらに気づかない、代わりに蓮田君が挨拶を返してくれた。それから私たちは滅多に話すことがあまりなくなった。あれほど仲が良かったのに、一人欠ければこんなにも違うものなのか。正直不満だった。だが、私自身も彼女の怖くなり少しづつ距離を置いた。綾子の目が怖かった。何かを知っているような探るようなその目が怖かった。

 「お前、本条と喧嘩でもしたか?」

ある日、蓮田君が急に聞いてきたことがあった。私が図書館で本を探していた時だった。高いところのあるそれは私の身長では届かず、蓮田君がひょいと取ってくれた。「ううん、全然そんなことないよ」とお礼を言いながら無理に笑顔を作って応えると

「平田のことがあったからな、お前は自分で悩みとか背負い込むタイプだから、何かあったら相談しろよな」と優しく言うと去っていった。私は本を抱え不思議な気持ちに浸っていた。誰かの影がそれを見ていることを知らずに、私は顔を赤くし、いっぱいな気持ちで図書館を後にした。

 その帰り道、私は綾子に呼ばれた。どうしたの?と呼ばれた場所に行けば険しい顔をした綾子が立っていた。

「ねぇ、なんであんたがタカちゃんと話してるわけ?私たち付き合ってるんだよ?」そんな話聞いたことない。驚いた表情を見せた私に綾子はさらに続けた。

「あんたさ、いいひと面してて正直嫌いなんだよ。あと半年もないから正直なことを言うと昔から大嫌い。これでもう絶交だわ私たち」急に怒り出す綾子に

「よくわかんない。同じゼミの人だから話しただけよ。それに理由もないのに嫌われるとか私理解できない」と必死になって返すと、綾子はスタスタと歩きだした。ちらりと私の方を向いては横目で睨みつけ距離を離していく。

「まって」と私は追いかけ彼女の後を追う。(その先は…)あれから怖くなって行かなくなった荒若駅。私は怖くなって足元が竦み動けなくなった。綾子は振り返りあざ笑うかのように、声を大きくして

「怖い?そりゃそうよね?」と言った。私を置いて更に進んでいく。駅の中は夕方のせいか薄暗くいつもより寂しそうだった。


 未だにカフェでは二人の少女が話している。

「それが、その女の人が探しているものって何か知ってる?」

「ブローチだっけ?」花梨は後ろを振り返り二人の少女を見た。歳は高校生くらいだった。相変わらずそういった話すが好きな子供ね、と花梨は笑った。あまり生きていて私には馴染みのない物だ。初めて聞いたのはあの日の綾子からの言葉の中だった。


 「私、タカちゃんからブローチを貰ったのよ。誕生日プレゼントにって。言ってる意味わかる?あの人他の女子とは話さないタイプでしょう。その人がくれたの。私の誕生日を覚えていてくれたの」目を輝かせて花の形をした物を見せながら言う綾子にいつもの口調で私は

「それはよかったじゃない」と笑顔で応えた。

「言ってる意味わかる?もう恋人も同然よ。だから邪魔をしないで」と綾子は怒った口調で平手打ちをしてきた。

「ごめん」と謝る私に

「何よ、私が悪者みたいじゃない。あんたが私をそうさせたんだから」と髪を振り乱しながらいう綾子は一番美しかった。

 次の日、ゼミに出席した人はかなり少なかった。綾子が死んだことはゼミの先生から聞かされた。美奈子と同じあの駅で。今度は階段から落ちて打ちどころが悪かったらしかった。私は教授から聞かされたニュースに倒れそうなほど顔色を悪くしたと思う。気分が悪くなり、大事な友人を二人も亡くしたことに涙を流した。


 「お待たせ」その言葉に花梨は現実に引き戻された。現れたのは蓮田孝。10年前よりの大人びていつもカッコいい。私の憧れの人。綾子が死んでから孝は私の心の支えとなっている。あれから卒業前に告白され付き合いだした私たちは今まで以上に幸せで、本心を隠す必要がないことに私はこれ以上ない充実感を得ている。

「そのブローチつけてきたんだ」孝はにこりと笑って花梨の胸についてる花の形をした物を指した。「綾子の形見だから」悲しそうに言う花梨に孝はそっと頭を撫で「そっか」と言った。彼は椅子に腰かけメニューを開いた。花梨はそっとブローチを撫でながら

「ごめんなさいね、2人とも邪魔だったし、すごく抵抗するんだもの。それに気づかれちゃったから、口封じよ」と心の中で呟き(この後私たちはあの荒若駅に行ってみるのもいいかもしれない)と髪を茶色く染め短く切った花梨はそう考えながら向かいに座る孝を眺めた。


 何も隠すことなんてない。誰も気づかないんだから。


これはイベント?用に出すものです。気が向いたら続編を書こうと考えてます。

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