第9話 少年の特技
「……還すのは、可哀想だから」
少女は僕の質問にそう言った。
「可哀想? 召喚獣を、元の住処に還すのが?」
僕には疑問だった。
なぜなら、召喚獣はこの世界か、それとも異界なのかは分からないにしても、必ず元々いた場所から召喚されている。
したがって、還したところでその元いた場所に戻るだけなのだ。
だから可哀想などと言うことも無いはずなのだが……。
「……この子は、特別」
僕の疑問を性格に読み取ったのか、少女はそう言う。
「特別……うーん……」
確かにどんな召喚獣なのか、はっきりと分からない。
犬や狼の形をした召喚獣というのはそれなりにいるし、大きさもまちまちであるからぱっと見は珍しくない。
目の前にいるこの召喚獣についても、何種類かこれかな、というものは考えつく。
ただ、成体ならともかく、幼体であることが問題で、そうなるとはっきりとは確定できないのだ。
幼体と成体の容姿が全く異なる召喚獣というのは少なくないから。
少女が言う特別、というのもそういうことなのかもしれなかった。
「まぁ、話は分かったよ」
「良かった……でも、どうして?」
僕が納得すると、突然少女は首を傾げてそんなことを言ってきた。
あまりにも言葉が足りなさすぎて何の疑問なのか分からず僕も首を傾げると、少女はおずおずと続けた。
「この子は、私以外に懐かない……それなのに」
その言葉で少女が何を聞きたいのかを理解した。
つまり、どうしてこの犬が僕にじゃれついていたのか分からない、ということだろう。
これについてははっきりと説明するわけにはいかないが、明確な理由がある。
大雑把に伝えるくらいは問題ないだろうと、僕は口を開く。
「あぁ、そのことか……簡単だよ。僕は、動物に昔から懐かれやすくてね。ほら」
空を見上げると、そこに鳥が五匹ほど飛行しているのが見えた。
彼らに向かって僕が手を掲げれば、鳥たちは急降下して僕の方へと降りてくる。
そして僕の周りを楽しそうに飛び回り、最後には僕の腕に留まった。
「嘘……飼ってる?」
「いやいや、飼ってなんかないよ。野生の鳥さ。でも僕の言うことは聞いてくれる……まぁ、無理な命令は聞かせられないんだけど、少し腕に留まっていて欲しい、くらいのことは頼めばやってくれるんだよ」
「……すごい!」
「ふふ。僕が人に自慢できる数少ない特技なんだ。そう言ってくれると嬉しいよ」
先ほどまで不審げだった少女の瞳は、今、光り輝いていた。
なんとなく気怠げで無気力そうな雰囲気だったからそういう性格なのかな、と思っていたがそういうわけでもないようだ。
鳥たちに少女の腕に留まるように頼むと、そのように動き、少女はそれを穏やかな眼で見つめている。
「動物が、好きかい?」
「……好き。でも人間は嫌い」
「え?」
ぼそり、と少女が付け足した言葉に僕は首を傾げるが、その意味を尋ねる前に少女は僕に向き直って言った。
「貴方のことは好き。名前」
指を指されて言われた言葉に、あぁ、僕の名前を聞かれているのだな、と思って答える。
「僕はリュー。リュー・アマポーラ。君は?」
「……ヘカテー」
「……ん? それだけかい?」
一応、この学園に通う人間には二種類いて、それは貴族と平民である。
平民であればファミリーネームがない、というのは珍しくないことで別に少女……ヘカテーの自己紹介はおかしくはないのだが、ヘカテーは正直なところ、平民には見えなかった。
ぶっきらぼうで、無口なようではあるが、その立ち居振る舞いには小さな頃からマナーを叩き込まれてきた者特有の気品があるのだ。
僕の言葉にヘカテーは眉根を寄せ、
「……家は嫌い。私はただのヘカテー」
頑固にそう主張した。
まぁ……その気持ちは分からないでもない。
大抵の貴族というものは自らのお家大事であって、家が嫌いとかということは考えもしないものが大半だが、たまに僕やヘカテーのように、家の名前自体を嫌う者もいるのだ。
その理由は様々で、僕の場合は色々な重荷がそこからかかってくるからだが、ヘカテーも似たようなものなのだろう。
僕は頷いて、
「そうか。まぁ、そういうこともあるよね。分かった。君はただのヘカテーだ」
そう言うと、ヘカテーは驚いてこちらを見つめ、
「……いいの?」
そう言った。
その意味はファミリーネームを聞かなくてもいいのか、ということだ。
この学園においては実家の家名に頼ることは認められていないが、それでも相手がどこの貴族の子供か、どういう人物かを知っておくことは大事だ。
卒業した後にはそういう関係が間違いなく問題になってくるのだし、家の名前を頼らないにしても、あえて失礼なことをしないためにも聞いておく必要がある。
だからこそ、聞かれたら名乗るべき、というのが基本的な考えになるのだ。
それをヘカテーも分かっていて、それなのに名乗らない自分を認めるのか、と言っているわけだ。
確かに普通の貴族であれば、もっと食い下がるところだろう。
しかし僕にとってはどうでもいいことだ。
まぁ、学園を卒業した後の就職先のことを考えると聞いておいた方がいいとは思うが、無理に名乗らせようと言う気にもならない。
そもそも僕には、僕自身が本当の名前を名乗っていないという負い目もある。
ヘカテーに自分が出来ないことを強いようとは思えないという気持ちが強かった。
もちろんその辺りを説明するわけにはいかないから……。
「いいさ。別に家名でヘカテーがヘカテーであることに何か変化があるわけじゃないからね」
そう言うと、ヘカテーはその大きな瞳をさらにまんまるに見開いて、
「……初めて言われた。でも、ちょっと嬉しい……」
と言い、それからふっと電池が切れたように表情を元の無表情なものに戻して、
「じゃあ、私たちは行く……」
そう言って踵を返して一人と一匹でどこかに向かって歩き出した。
現れるのも唐突ならば、去るときも唐突だった。
「あ、あぁ……じゃあ、ヘカテー。またね」
僕がそう言うと、ヘカテーは振り返って、
「……うん」
と一言だけ言って頷き、召喚獣の背中に飛び乗ってかなりの速度でどこかに言ってしまったのだった。
変わった少女だったが……。
「ま、悪い子じゃ無かったかな」
そう思った僕だった。




