第66話 生徒会室
「……おい。本当に大丈夫なのか?」
横を歩くコンラートが僕にそう話しかける。
「大丈夫だって言ってるじゃないか……そんなに不安?」
僕の言葉に、コンラートは微妙な顔をして、しかし明確に答える。
「当たり前だろうが……生徒会って言ったら、この学園じゃ泣く子も黙るような奴らだぞ。それがよ……」
僕らは今、学園研究棟の廊下を歩いていた。
ここには教授達の執務室などの他、生徒会室や生徒達の自主研究室などが存在している。
ただ、一年生はあまり用がないところで、せいぜい、教授陣に呼ばれたときくらいだ。
ちなみに自主研究室、とは二年生に上がったときに生徒に与えられる権利の一つで、自らが興味を持った分野を研究するために数人でグループを組み、申請すればそのための部屋を与えられる、というものだ。
すでに存在する研究室に入っても良いし、全く逆に自主研究室になど入らない、という選択も自由にすることが出来る。
まぁ、学園を卒業した後の強みを持つために大抵の生徒は自主研究室に入るものだが。
学園を卒業すれば就職先は選り取り見取りとはいえ、よりよい就職先を得るためには当然努力が必要だ。
宮廷魔術師なんかを狙うとなると、他の人間が持っていない得意分野などを持つ必要が当然に生まれる。
そのための自主研究室、というわけだ。
とはいえ、今の僕たちにはあまり関係ない。
僕たちは今、生徒会室を目指していた。
なぜか、といえば……。
僕はコンラートに言う。
「……ユレルミが是非今度訪ねてきて欲しいって言ってたんだから、問題ないだろう。それに、今の時期、生徒会は大変らしくてね。簡単な事務仕事だけでも良いから手伝ってくれると助かるって話だったよ」
つい先日、ユレルミと色々話した。
概ね、彼の家……ペルヌ家のどろどろした内情のことで、ヘカテーにこそ当主の資格がある、という話だった。
驚いたが、そういうことなら弟であるフィンと、その母親と気まずくなって逃げ惑うヘカテーの気持ちも理解できたので、心に留めておくことにした。
そんな話が落ち着いたところで、フィンとはさらに友人として雑談をしたのだが、その際に、もしもよければ一度、生徒会の人間を紹介したいから来てみてくれないか、という話をされたのだ。
ユレルミも生徒会役員であるとは言え、まだ一年生で一番下っ端の庶務である。
勝手に他の生徒を生徒会室に呼んで良いのか、と思ったが、これについてユレルミは全く問題ない、と言った。
むしろ、生徒会は常に雑務などを手伝ってくれる一般生徒を求めているけれども、様々な事情によってそういった一般生徒を選別するのが難しく、生徒会役員のみで多くの仕事をこなしている実情がある。
だからこそ、ユレルミにとって信用できる友人である僕が手伝いに来てくれるというのならありがたいし、他の役員達も間違いなく歓迎するだろう、という話だった。
そういうことなら、とコンラートもついでに連れて行っていいかと聞けば、もちろん、と答えたのでこうして二人で生徒会室に向かっているわけだ。
コンラートは僕に言う。
「……雑用係に呼ばれたのかよ……」
その部分については初耳だったようで、確かに説明していなかったなと思い出す。
ただ、コンラートは以前から生徒会には興味を持っていたから、むしろ今回の機会は嬉しいはずだ。
僕はその点を指摘する。
「いいじゃないか。君だって生徒会の仕事を一度見物したいって言ってたろ? 他のどこでも自由に入り込めるけど、生徒会室だけは別だからってさ」
学園のありとあらゆる情報を集めているコンラートであり、その耳は生徒達のことのみならず、教授陣達のそれすらをも自由に聞けるほどの性能を誇るが、そんな彼をして生徒会室の中だけは管轄外らしい。
まぁ、そもそも生徒に過ぎないのであって、教授達の秘密も色々押さえている、と言ってもせいぜい好き嫌いとか大したことのないものばかりであるが、生徒会の面々についてはその程度のことすらも掴めていないのだという。
一般生徒と同じくらいの情報しか分からない、と。
そういうわけだからどうにかして生徒会役員達の情報を得たいと常々思っていて、だからこそ今回の機会は嬉しいという話だった。
コンラートは言う。
「まぁ、確かにな。一度生徒会室に忍び込もうと思ったことがあるんだけどよ。魔術的防護が強固すぎてどうにもならなかったくらいだからな……」
「へぇ……それは楽しみだね」
これは僕も知らなかった話である。
魔術は僕の専門分野で、本当に誰も入り込めないようなものなのか、気になるところだ。
生徒会室にそれがかけられている、ということは生徒達、つまり生徒会役員達で張ったもののはずで、彼らの実力のほどがそれである程度分かるだろう。
「……お、着いたな。あそこだぜ」
コンラートがそう言ったので、彼の視線の方向に僕も目を向ける。
するとそこには見慣れた緑髪青眼の少年が立っていた。
「……ユレルミ!」
遠くから少しばかり声を張ると、彼にも聞こえたようで手を振ってくれる。
僕たちは少し小走りになって、ユレルミのところ……生徒会室の前まで急いだ。
「やぁ、やっときたね。リュー、それにコンラート」
「……ごめん。もしかして待たせたかな? 待っててくれるとは思ってなくて……」
ある程度時間を指定して訪ねてきた僕たちだが、五分ほど遅れているのだ。
これはあまり早く訪ねるのはマナー違反、とされるヘリオスのマナーに沿ったためだ。
僕からすると遅れた方がマナー違反では、と思ってしまうが、ヘリオスでは相手に少し気持ちを整える時間を与えることが気遣いだ、という考えに基づいてそのようなマナーになっているらしかった。
そう言われると分からないでも無いが。
まぁ、初めから相手が五分くらい遅れてくるの通常だ、という感覚があれば、なんで遅れてきたんだ、みたいな話にはならないからこれはこれでいいのだろう。
ユレルミは言う。
「いやはや、待ちくたびれてしまったよ……というのは冗談として。生徒会室に入るためには鍵が必要でね。そろそろかと思って出てきただけだ。それこそ五分くらいしか待ってないから、気にしなくて良いよ」
「そう言ってもらえると助かるよ……しかし鍵か。かなり厳重なんだね?」
普通の教室にはそんなものついていない。
流石に教授達の執務室や研究室、生徒の自主研究室などには鍵がついているが。
ユレルミは言う。
「まぁ、一応それなりに秘密にしなきゃいけない資料もあるからね。大したものじゃないんだけどさ。そういったものは持ち出し禁止になっているから、君たちも気をつけてね……じゃ、そろそろ入ろうか」
ユレルミはそう言って、カード型の鍵を取り出して、扉にかざした。
すると扉がわずかに発光し、かちゃり、と何かが開く音がした。
ユレルミが扉を押すと、ゆっくりと開く。
そしてユレルミは僕らの方に振り返り、扉の中に入るよう促して、言った。
「……じゃあ、そんなわけで……ようこそ、生徒会室へ」
僕たちはそんなユレルミに従い、中に入ったのだった。




