第65話 特別な契約
「……それはつまり、フィンを次の伯爵とするために、君と、ヘカテーを排除したい、ということかな?」
「そうだね」
頷いたユレルミであるが、僕は少し疑問を感じた。
その点について尋ねる。
「ユレルミ……長男である君を排除する、これは理解できる。次のペルヌ家の伯爵は君なのだからね。でも、ヘカテーは……関係ないのでは無いかな? もちろん、近年、男系に限らない相続を行う国家も存在しているのは知っているが、ヘリオス王国は男系相続が基本のはずだ。君さえ排除すれば……フィンに伯爵位が転がり込んでくるのではないのかな?」
基本的に貴族家の貴族位というのは長兄が相続する。
これは多くの国で昔から行われている制度であり、ヘリオスでも基本はそうだったように記憶している。
特殊な国……東のカンナギ巫国などについては、女系が強いという話も聞くが、そういうのは例外だ。
ユレルミは僕のそんな疑問に答える。
「確かに、ヘリオスにおいても男系相続の基本は異ならないよ。でも、例外がある。特にペルヌ家のような古い家には、特別な相続制度が存在することも少なくなくてね……。ちょっと、これを見て欲しい」
そう言ってユレルミは魔力を集め始めた。
地面に魔法陣がさらさらと描かれ、そして光り輝く。
「何を……?」
首を傾げる僕であるが、特に危険は感じなかったのでそのまま見ていることにした。
攻撃魔術の類では無いことは魔法陣の文様から理解できるからだ。
というか、この文様は召喚魔術である。
ユレルミは自分の召喚獣を呼び出しているようだった。
そしてしばらくすると……。
「……おいで、オーロラ」
ユレルミがそう呟くと同時に、魔法陣の光が一点に集約し、一体の召喚獣の形を描いた。
光が塊となり、その姿が明らかになる……。
「これは……狼かな?」
僕がそう呟くと、ユレルミは頷いた。
「そうだよ。僕の召喚獣……オーロラだ。厳密に言うと、黒天狼という魔獣になるね」
そこにいたのは、小さな黒い狼だった。
小型犬ほどの大きさだが……内包する魔力量からそれが真の姿で無いことは分かる。
魔獣には自らの大きさをある程度自由に出来るものがいるので、おそらくこの魔獣もそのような力によって自らの大きさを調整しているのだろう。
黒天狼にはそのような力があるというのは確かに聞いたことがある。
深山幽谷に住まう、強力な狼系魔獣だ。
かなりの実力がなければ従わない魔獣で、ユレルミの力のほどが理解できる。
しかし……。
「ユレルミ、どうしてこの子を呼んだんだい? まさか自分の召喚獣を自慢したいから、ってわけもないだろうけど」
冗談めかしてそう言うとユレルミは笑って、
「いや? 僕の美しい相棒を自慢したい気持ちもあったさ……というのは冗談だけどね。この子そのものを見せたかったのさ」
「黒天狼を?」
「そうさ。黒天狼はね。僕らペルヌ家にとっては特別な魔獣なんだ。昔からペルヌ家は召喚術に長けた家でね。当主になる資格ある者は、必ず黒天狼と契約することになる……」
「それは……直接契約式で、ってことだね」
召喚魔術における召喚獣との契約には直接契約式と対面契約式がある。
いわゆる、直接召喚して、呼び出された魔物と契約する方法が前者だ。
しかしこれだとあまり強力な魔物と契約することが出来ないため、後者の方が良いとされる。
ただ、例外はあって、膨大な魔力を持っているなど特殊な事情を持つ者が直接契約式により召喚獣を呼び出すと、稀にとんでもない魔獣が現れることがある。
もしくは、特別な契約を結んでいるが故に、という場合もある。
おそらくペルヌ家は……。
ユレルミは言う。
「その通り。ペルヌ家は始祖が黒天狼の一族と契約を結んでね。代々当主となる者に寄り添う、という契約を。だから我が家に子供が生まれ、召喚契約を使えるようになったときは必ず、初めに直接召喚によって魔獣との契約をさせる。そのときに何が現れたかで、その子が当主になれるか、それともなれないのかが決まってしまう」
「それは……最初にはっきりと決めておけば後々揉めない、と考えればいいのかもしれないけれど、反対に納得できないと暴れ出しそうな人もいるような気もするね」
生まれつきの運命など誰が信じるのか、という者は少なくない数いるだろう。
そんなことで決められてはたまったものではない、というのは理解できる話である。
これにはユレルミも頷き、
「全くその通りだよ。ただ、基本的には長男が黒天狼と契約することが大半だったからね。流石にそうなると揉め事は起こりにくかった」
本来の基本的な相続者である長男が、当主の証である黒天狼と契約する。
確かに文句は出にくいだろう。
今回も……。
「なるほど、じゃあユレルミの場合もそうそう揉める感じじゃなさそうということになるけど……」
微妙な言い方になったのは、実際には揉めているからだ。
だが、ユレルミは長男だし、黒天狼と契約出来ている。
問題ないように思えるが……。
これにユレルミは苦笑して、
「まぁ、知っての通り、揉めている真っ最中なんだけどね。何故と言って、理由は二つある」
「……?」
「まず一つ目。黒天狼と契約できたのは、僕以外にもう一人いる」
「それは……?」
「フィンだよ。あの子の召喚獣もまた、黒天狼なんだ」
「なるほどね……」
そういうことなら、揉めるか。
当主の証を持つ者が二人。
どちらが継ぐべきかと喧嘩になるのは必然だ。
しかも、今までそういうことがなかったのに今回に限ってそうなった、ということは何らかの示唆的なものがあるのではないかという話にもなる。
つまりは、当主の座を、何らかの争いによって奪い合えという神の思し召しなのだと。
「……でも、一つ目の理由がそれってことは、もう一つは何かな? 想像がつかないんだけど」
そう、ユレルミは二つ理由があると言った。
まだ理由はあるということだが……。
ユレルミは言う。
「二つ目は……君も見たことがないかい? ヘカテーの召喚獣を」
「……あぁ、真っ白な狼だったね。でもあれは黒天狼ではなかったよ」
まだ子供だから種類の判別は僕には難しかったが、黒天狼ではないのは確かだ。
黒天狼の体毛は黒色である。
ヘカテーのはどう見ても白色だった。
しかし、ユレルミは言う。
「黒天狼は確かに強力な魔獣さ。伯爵家の当主に相応しい気品と力を持っている……でも、ペルヌ家には一つ言い伝えられていることがあってね。始祖は、その子孫のうち、当主となる者について、代々、黒天狼と共にあることを契約してもらった。しかし、その相手は……黒天狼よりも上位の存在だったのさ」
「それは……」
「黒天狼が仕えると言われる、白王狼と呼ばれる魔獣だよ……つまり、ヘカテーはそれと契約している。彼女こそ、ペルヌ家の始祖を継ぐ者だと言うことだ」




