第64話 ペルヌ家の夫人たち
「……ヘカテーの母親はもうすでに亡くなったんだったね」
以前聞いた情報を思い出しながら、僕はユレルミに言う。
ユレルミは頷いて、
「あぁ、そうさ。ペルヌ家に今いる夫人は、第二夫人のエーレ……僕の母と、第三夫人のザリエラ……フィンの母上だけだ。ヘカテーの母のリリーフェはもうこの世の人では無い……」
「若くして亡くなった、ということかな」
「そうだね。まだ二十代後半だったのに、お亡くなりになられた。まだまだヘカテーも小さくて……もう十年は昔の話だから、六歳くらいだったかな。あの頃からだよ。ヘカテーがあまり感情を外に出さなくなったのは」
確かにヘカテーはあまり表情に感情をのせない。
全く変化が無い、というわけではないのだが、マリアに対する怯えのようなマイナスな感情ならともかく、笑顔とか喜びとか、そういったものが浮かぶことは少なかった。
元々の性質かな、と思っていたのだが、そういうわけでもないようだ。
ユレルミは言う。
「元々はかなり活発で、よく笑う子だったんだよ? でもリリーフェ夫人が亡くなられてからは……僕も見ていられなくてね。可能な限り構うようにしたんだが、どこか見透かされたのか……今日に至るまで、結局そこまで心は開いてくれなかった。まぁ、仲が悪いわけでも嫌われてるわけでもないとは思うのだけどね」
ヘカテーの前では自分とヘカテーは仲がいい、と断言していたユレルミだったが、そこまで自信があったわけでもないらしい。
けれど僕が見る限り、ヘカテーがユレルミを嫌っている、という様子は別に無かった。
だから僕はユレルミに言う。
「そこそこ心を開いているように見えたけど? 仲も良さそうに思えたよ」
「本当かい? ならいいんだが……こういうのは外側から見ないと中々分からないものでね。今一自信がないんだ……まぁ、ともあれ、僕とヘカテーはそんな関係だが、僕の母とヘカテーは本当に仲がいいんだ。ヘカテーの母と僕の母が仲が良かった、というのが大きいかもしれない。でも……僕の母とフィンの母は本当に仲が悪くてね……」
「貴族の家ではありがちなことだけど、一応理由を聞いてもいいかな?」
「もちろん。言いふらされては困るが、リュー。君がそんなことをするとは思えないしね……」
「当然だよ」
「では、話そう……。まぁ、そうは言ってもそれこそありがちな話なのだけどね。リュー、君は貴婦人の性質について詳しいかな?」
どういう意味の質問なのか意味が測りかねたので首を傾げると、ユレルミは苦笑して言う。
「ナンパ講義をしたいわけじゃないから、そこは安心するといい……。僕が言いたいのは、貴婦人、というものには大きく分けて何種類かの性質がある、ということさ」
ナンパ講義、という言葉に一瞬ぎょっとするが、ユレルミは貴公子、という言葉が似合う美しい青年だ。
学園における美男ランキングのトップ5に常に入っている、とは我が友人たるジョゼとラーヌから聞いている。
庶民であるジョゼと、貴族女性であるラーヌ。
二人でそれぞれの属する階層の女性から噂話を集めて総合した結果、そういうことらしい。 庶民と貴族、この両方から情報を集め、すりあわせる事が出来るのは彼女たちがマリアのもと、しっかりと友達になったからで、通常は中々難しいものがあり、そういった学内のランキング染みたものは庶民と貴族のそれとで分断があったりしたのだという。
しかし、この二人が友人になったことで総合して情報をまとめ上げることが出来るようになった、と……。
なんだか少し考えてみるとマリアのもとに恐ろしいほどの情報網ができあがりつつある気がするが、まぁそれはそれでいいか……。
ユレルミとの話に戻ろう。
「貴婦人の性質っていうと……?」
僕が首を傾げると、ユレルミは言う。
「まぁ、大雑把な話だけど……貴婦人というのは子供の頃から蝶よ花よと育てられる。それをどう受け取ったかで成長した後の性質に違いが出る。たとえば僕の母のエーレなんかは、それを疎ましい、と考えるタイプでね。いわゆるじゃじゃ馬として育ち、未だにそういう部分が見え隠れする女性になってしまったよ。明るくて豪快なんだが、庶民じみているというか。だからこそ領民には親近感を抱かれていて、人気があるのだけどね」
それを聞いて、なるほど、と思う。
僕も一つ例を挙げてみることにする。
「そういう感じなら……逆に素直に育って、穏やかで気品ある姫として育つ女性もいるね?」
「まさにね。それこそがヘカテーの母君リリーフェ夫人の性質だよ。しかし、それは必ずしも弱いことを意味しない。むしろ、精神的には非常に強固でね。どんなことがあっても折れない、鋼の心を持った人だった……。我が家の夫人三人の中で、最も領民に慕われていたのは彼女だろうね。僕の母は……なんというか、領民と同じ目線の人だという感覚で慕われていると思うけれど、リリーフェ夫人にはカリスマ性があった。彼女が領民のところにいくと、まるでそこに花が咲いたようでね……。僕の母すらも、リリーフェ夫人に心酔していたくらいだ」
どうやら、ヘカテーの母君は大変な人だったらしい。
確かに、そういう姫君というのは稀に存在する。
貴族家というのは自らの娘をそういう人間にすることを目標としているところがあるが、ほとんどの貴族の姫はそうはなれない。
国王陛下というものが常に賢君ではないように。
理想とは体現の難しいものなのだ。
しかし、ヘカテーの母君はその稀なる一人だと言うことらしい。
であれば惜しい人をなくしたものだ、と思う。
……そういえば、この分類で言うとマリアもこのタイプに入るだろう。
ただそこにいるだけで場を支配してしまうカリスマ性を、彼女もまた持っている。
ヘリオスにはそういった女性が結構生まれやすいのかもしれない。
「……それで、君の母君とヘカテーの母君は仲がいい、と言っていたんだね」
「そういうことさ。もう仲が良いというより、僕の母が一方的に懐いていたという方が正しいかも知れないけどね……。さて、それで最後の一人、フィンの母君ザリエラ夫人なんだが……」
「どういう人なんだい?」
「彼女は最も貴族女性に多いタイプだね。つまりは、プライドの塊というやつさ。まぁ、必ずしもこれは悪いことではないよ。貴族女性には自ずと義務が課せられる。それらを第一に考えるタイプという奴さ。たとえば、自らが嫁いだ家を繁栄させるため、子を生み育てるという役割とかね。ただ、これに真っ当に取り組む限りでは、プライドはあってもむしろ問題ない。だけど、行き過ぎるとまずい……。お家騒動というのは大抵がここから始まるものだから」
だんだんと話が分かってきた。
僕はユレルミに言う。
「……もしかしてザリエラ夫人は、フィンを……」
「そう。彼女はフィンを、我がペルヌ家の当主に、と考えている。そのために邪魔なものは全て排除したいとも。だからこそ、僕の母とも、そしてヘカテーの母君とも仲が悪いのさ」




