第61話 小さな訪問者
「き、来た……! リュー、もし扉を開いても、私はいないって言って……私は隠れてる!」
ヘカテーにしては慌てた様子で部屋の隅に毛布を被って隠れてしまった。
一体何が彼女をここまで慌てさせるのか……。
いつも何者にも無頓着な姿をほとんど崩さないヘカテーである。
せいぜい、マリア相手くらいにしか動揺しないというのに。
まさか女帝マリアクラスの何者かが来たというのだろうか?
うーん……。
「リュー、早く出て差し上げたら?」
マリアが扉の方を示してそう言ったので、
「……それもそうだね。よし」
居留守を使う、というのもありだが、さっきまでここで少しばかり五月蠅くしていたのを聞かれていたら印象が悪い。
とりあえず出て、ヘカテーがいるか聞かれたら、彼女の希望通りいないと答えればそれでいいだろう。
僕は扉まで進み、ゆっくりと開いた。
するとそこにいたのは……。
「……おや。君は……」
「初めまして! 突然の訪問、失礼いたします。僕の名前はフィン・ペルヌです。ペルヌ伯爵家の次男です」
そこにいたのは青い髪に水色の瞳をした、可愛らしくも利発そうな少年だった。
それこそ、学園に入学前くらいか、という程度の。
この年齢の子が学園にいるのは少しばかり不自然だ。
まぁ、何かしらの学問に極端に秀でている場合は、これくらいの年齢でも入学は可能らしいが……。
とはいえ、今は例外的にこの学園にこの年代の子がいてもおかしくない理由もあったか。
学園見学である。
まぁそれ自体は今はいいとして……。
「フィン・ペルヌ君か……。丁寧な挨拶、痛み入ります。僕の名前はリュー・アマポーラ。リラント王国アマポーラ子爵の長男で、学園一年生だよ。よろしくね」
僕はフィンにそう言って手を差し出と、フィンは、
「よろしくお願いします! 僕も来年、ここに入学するのを目標にしているので、先輩ですね!」
そう言って目を輝かせて握手してくれた。
……うん。いい子だな。
しかし、まさかこの子をヘカテーが避けていたというわけもないだろう。
危険な雰囲気は一切感じないし……。
そう思っていたが、フィンが、
「ところで、あの……」
とおずおずと何かを聞きたそうな雰囲気を出してきたので、僕は首を傾げて、
「なんだい、フィン?」
と尋ねると、フィンは言う。
「ここに、僕と似たような色合いの髪と瞳を持った女の子が来ませんでしたか? 僕、その人を探してこっちに来たんです」
それを聞いて、僕は後ろにいるマリアとコンラートと目を合わせる。
その意味は、どうやらヘカテーが慌てて逃げていたのはこの子かららしい、という確認だ。
まさかとは思っていたが……。
しかしこの子の一体何がヘカテーをそれほど慌てさせるのだろう?
謎だ。
とはいえ、ヘカテーとの約束である。
こんな年齢の子に嘘をつくのは申し訳ないが、ここに彼女がいると言ったところで何が解決するわけでも無い。
だから僕は言う。
「……それはヘカテーのことかい?」
「……! はい! そうです!」
「一応尋ねるけど、彼女と一体どういう関係なのかな?」
「あぁ……ヘカテーは僕の姉なんです。凄い召喚術士で、憧れてて……久しぶりに会えたから、いっぱい話そうと思って授業見学が終わってから探してたんですけど、気づいたらいなくなってて……」
「姉……そうか。ヘカテーもペルヌ伯爵家の長女だったね」
「はい!」
それで、フィンとヘカテーの関係が分かったが、姉弟だというのなら余計に怯える必要などなさそうなのに、と謎が深まるばかりだ。
後で本人に聞いてみるか、と考え、僕はフィンに言う。
「でも、悪いね。さっきまでここにいたのは確かなんだけど、もう姿が見えないんだ」
「えっ」
「だから君の期待には添えないよ。でも、もし姿を見せたら、君が探していたことは伝えておくから」
「……そうですか。分かりました。ありがとうございます!」
フィンはそう言って、礼儀正しく頭を下げ、そしてその場から去って行った。
「やれやれ……」
ため息を吐きつつ、僕はヘカテーが隠れていた毛布を取り払う。
僕は別に、嘘はついていない。
さっきまでここにヘカテーはいたし、毛布を被って姿が見えなくなっていたのも事実だ。
そしてこれからフィンが探していた、と彼女に伝えることも。
もうすでに伝わってはいるだろうが。
「ヘカテー。そういうわけで、フィンが君を探していたけど?」
「……そう。ありがとう。助かった」
「別にいいけどさ……なんであんなに可愛い子から逃げるの? 君に憧れているようだったし、その言葉にも嘘はなさそうだったけど……」
僕は昔から置かれていた環境のゆえに、それなりに人の嘘には敏感だ。
それは大人に対してだけでなく、自分より小さな子供に対しても。
いきなりナイフを懐から出して襲いかかってくる子供の暗殺者という奴は意外といるもので、さっきまで笑顔で遊んでいたのにそんなことをされ続ければ流石に見る目が養われるというものだ。
……世知辛い子供時代だったな。
ともあれ、今はヘカテーとフィンのことか。
ヘカテーは僕の言葉に言う。
「……あの子自身は、確かに全然悪くない。可愛いし、好き。でも……」
「でも?」
「あの子の母親が……ちょっと」
そう言われて、ふと以前話したことを思い出す。
確か、ペルヌ家には伯爵夫人が三人いて、それぞれ第一から第三まで順位がついていると。
そしてヘカテーの母君である第一夫人はすでに冥界の住人で、ユレルミの母上が第二夫人、そしてさっきのフィンの母君が第三夫人、という関係だったはずだ。
第一夫人と第二夫人は仲が良く、しかし第二夫人と第三夫人は仲が悪いとも聞いた。
そうなると第一夫人と第三夫人も悪かったのかな?
その辺りは聞いていないが……仲が悪い理由も分からない。
ただ、ヘカテーの反応からするに、第三夫人の方の性格に問題があるのかな、という感じはする。
「ちょっと、どういう感じなの?」
一応聞いてみるが、ヘカテーは、
「……ううん。何でも無い。じゃあ、私は行く……。本当に今回はありがとう。お礼はそのうちする……」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
止めようと思ったが、今ここで止めたところで何が聞けそうという感じでも無かったので、止めた。
「……二人ともどう思う?」
僕は振り返って、マリアとコンラートに尋ねる。




