第6話 木の上の同級生
――これは……。
王立学園、その校舎建物に囲まれた中庭部分を進んでいるとき、僕はあまり良くない気配を感じた。
どんな気配か、というと……具体的に言うなら、右上の方。
中庭に植えられた幾本もの樹木の内、その枝の上に何者かの気配があり、そしてその気配が僕の方に向かって落ちてくることが感じられたのだ。
当然のこと、僕はその何者かにそのままぶつかることはなく、ふい、と身を避けて命中ルートをうまく外すことに成功する。
魔術師として、生き物の持つ気配は察知することが出来るが故の芸当で、しかもそれなりの研鑽がなければ不可能なことだ。
おそらく、この学園に通う一般生徒であればそのまま中庭を進み、そしてその落下物に命中していたことだろう……。
「あだっ……!」
墜落したそれはそんな声をあげながら地面に思い切り追突した。
意外というか、通常と異なるのはその落下物がさして怪我を負った様子もないことだろう。
あれだけ高いところから墜落したのであればそれなりに怪我をしそうなものだが、うまく受け身を取ったのか、ただ痛そうな顔をするだけで済んでいるようだ。
……つまり、僕が構わずとも問題ないということだな。
そう思って、僕はその横をすたすたと通り過ぎようとすると、
「お、おいっ! ちょっとまて! こんな重傷の同級生を、お前は放っておくのか!?」
そんな声が僕にかけられた。
話しかけられなければそのまま放置して通り過ぎ、完全にこの出来事を忘れていただろうが、こうして声をかけられておきながら無視することは流石に出来ない。
この学園には緩やかではあるがそれなりに決まりがあり、同級生との交流は積極的にすべし、というものがある。
それに基づくのであれば、この声がけを無視するという選択はあまり望ましいものではないだろう。
しかたなく、僕は振り返り、その愚かな落下物に返答した。
「……重傷と言うが、さほど傷を負っているように見えない。もしも見えない部分に深い傷がある、というのであれば僕としては保健室に行くことを薦めるね。あそこには確か、それなりに有能な治癒術士が常駐していたはずだろう?」
至極真っ当な意見だと思ったのだが、落下物は僕に言い募る。
「おまっ……冷血極まりないな! せっかく新しい新入生が来るって聞いて、ここで待っててやったのによ!」
それは意外な台詞だった。
僕は少し考え、それから質問する。
「……僕のことを待っていたと言うの? けれど、今日は他の生徒は皆、授業も休みだと聞いたんだけど……」
これは学園長から聞いた話だ。
七日……つまり一週間のうち、いわゆる闇曜日と光曜日は学園は休みであり、生徒はその時間を自由に使って良いという。
これはヘリオス王国独特の決まりで、曜日という概念そのものが他の国にはないので面白い制度だと思ったが、なるほど七日のうち二日の休みが与えられることが決まっているというのは確かにちょうどいいかもしれないと思った。
他国においてはそういう決まった休みというのがなく、働く者は自らが疲労を感じたときに休養をとるものとされているため、全く休養を取らずに働き続ける者というのがたまにいるのだ。
強制的に休みを与えられるというのはそういう者にとっても無意識に溜まった疲労を回復するいい期間になることだろう。
ともあれ、そういうわけであり、かつ今日は光曜日だ。
生徒は休みなのに、この少年は……。
そう、少年だ。
木の上から墜落してきたのは、漆黒の髪と瞳を持つ、小柄な少年だった。
確かに僕と同級生、と言われれば納得の行く体型と顔立ちをしているが、しかしわざわざ僕のことを待つ理由が分からない。
そんな僕に、少年は言う。
「確かに休みだったぜ。だが、俺はこの学園でも事情通を自認する男だからな! 本来の入学時期から半年も経って、突然入学の決まった新入生の情報を仕入れずにいられるかってんだ! とりあえず、会って話してみないと行けないと思ってよ」
確かに僕の入学時期は、一般的なものから大分ずれている。
そのことを奇妙に思い、調べる者がいるというはなるほどおかしくはない話だ。
この少年はそのために僕をここで待っていたと……。
「よく今日、僕がここを通ると分かったね?」
「そりゃあな。ここは学園校舎と寮を繋ぐ道の中でも分かりやすいところだ。お前が今日、学園に来るって情報は事前に仕入れてたから、あとはどこに張り込むかってだけだったが……ここが一番可能性が高かった。ま、間違ってたとしてもそれこそ寮内でもいくつかポイントはあるしな!」
つまりここで会えなかったら寮で張り込みをかけられていたということらしい。
随分な執念だと思うが、そもそも……。
「僕のことを調べてもあまり面白いことはないと思うよ? 僕の珍しいことなんて、せいぜい、他の国から来たっていうことくらいだし……」
少なくとも表向きには、そうである。
学園長も他の誰かも、僕の情報を流さない以上、僕の本来の身分を知る者などいないのだら。
しかし少年は、
「それが大事なんじゃねぇか! 他国から来た、銀髪を持つ貴公子! この情報はきっと高く売れるぜ? 見るまではそんなこと知らなかったが……あんたの情報は間違いなく貴族令嬢達が欲しがるに違いないからな」
そう言って嬉しそうだ。
「それは……なぜ?」
「そりゃ、この学園に通ってきてる貴族令嬢の大半は、将来の連れ合いを求めて来ているからな。できるだけ見目麗しい貴公子と条件のいい婚約を、って考えてる奴らばかりだ。あんたはそういうご令嬢のお眼鏡に叶いそうだぜ?」
この台詞は意外だった。
僕の容姿にそこまでの価値を認めるとは。
少なくとも本国においてはむしろ忌み子扱いだったのだが……特に髪色については。
僕は気になって少年に尋ねる。
「……この銀髪は……気持ち悪くはないのかな?」
「……ん? いや、全く。むしろ女なら誰だって欲しがる艶と色合いじゃねぇか? 男の俺だって撫でたいぐらいだが……」
不思議な顔をしてそう言われたので、どうやら嘘ではないらしい。




