第59話 学園の謎
そんな風に少し面倒くさそうな学園見学だったけど、概ね問題なく日々は過ぎていった。
いざこざも全くないわけでは無かったけど、保護者の人たちも大抵は分かったもので、むしろおかしな保護者と生徒が揉めているときには、高位貴族の保護者がさりげなく仲裁に入ったりと思った以上にちゃんとした保護者が多かったのも意外だった。
これについて、僕の部屋でお茶を飲みながら、マリアに尋ねてみると、
「あぁ、それはね。そもそも学園見学の招待は比較的ちゃんとした家にしか行かないからよ」
そう返事が返ってきた。
僕が首を傾げて、
「というと?」
と聞くと、マリアは説明する。
「ヘリオスに貴族は数多いるけれど、地位や立場を利用して学園に自らの子息を押し込もうとする貴族もそれなりにいるわ。歴史的にそのような貴族の力が強くなって、学園自体、政治の場と化したことすらあるの」
これに、同様にお茶を飲んでいたコンラートが言う。
「百年くらい前か。親の派閥争いの代理戦争みたいな状況になってたらしいな」
「その通りよ。でも、その当時の陛下がそのような状況の学園で一体どんな子息が育つというのか、と正論を言ってね。大改革をされたのよ……。入学試験については基本的に公平に行い、入った後も身分によって区別することは出来ないようにし、学園内部で起こったことの処理はその自治に任せる、というのが大体の内容ね」
「……元々、政治の場とかしていたのに急にそんな改革しようとしてもかなり厳しいものがありそうな気がするなぁ」
と、僕が言えば、マリアは頷いて答える。
「確かにね。当時も相当な反発があったようよ。でも最終的には改革は実行された。旗振り役が国王陛下であったというのが強く作用してね。最後には誰も横やりを入れることが出来なくなった……のだけど……」
そこで不自然に言葉を切るマリア。
どうしたのかと僕が首を傾げて、
「何かあるの?」
「いえ……」
と逡巡するマリアを代弁するように、コンラートが言う。
「マリアは当時のその経緯に不自然さを感じてるんだろうよ。一般的にはマリアの言うとおりの経緯で改革は実行されたんだが、国王陛下の力と言ってもそこまで極端になんでも言い聞かせられるってもんじゃねぇからな。もちろん、当時の有力貴族もその陛下の考えに賛同されて、微妙な権力闘争の結果、うまいこと行ったって解釈することも出来るが……どうも、妙なんだよな」
コンラートの言葉を継いで、マリアが話し出す。
「そうなのよね……。一般に公開されている資料では無いのだけど、我が家に保管されている当時の記録に『学園の改革は受け入れられた。昨日までの争いが嘘のように、誰の反対もなく。これはやはり例の件とは無関係ではあるまい……』って書いてあったの。何かあったんだと思うのよね……」
それは驚くべき話だ。
「……マリア。それを僕らに話しても良かったの?」
マリアの家は公爵家で、そこにある一般に公開されていない文書ということは機密にあたるのではないだろうか、と思ってのことだ。
しかしこれにマリアは、
「個人的な日記のようなものだからね。本当に外部に見せられないようなものは、まだ私も閲覧許可を出されていないから大丈夫よ」
そう言ったのでほっと安心する。
しかしそれにしても……。
「その記述は気になるね。例の件って何なんだろう?」
僕が疑問を口にすると、マリアは、
「私もずっと気になってるんだけど……学園に資料がないのか探してみたりもしたのよね。でもまだ見つけられていないわ。あの図書室の資料が膨大過ぎるのよね」
「よければ僕も探すのを手伝うよ。気になるから」
「あら……本当に? それなら助かるわ」
「俺もやるぜ」
「コンラート、貴方も? これで効率が三倍になるわね。それでも、見つけられるかどうかは運だけれど」
それほどにこの学園の資料は多い。
まぁ、百年前のことというのもあり、調べにくいというのものあるだろうが。
「……大分話がずれたわね。それで、そういう経緯で学園の自治が確保されて、学園見学に来れる人の選別なんかも学園の権限で出来るようになったの。だから、あまりおかしな人にはそもそも招待状がいかないのよ」
「なるほどね……それでも少しおかしな人はいるみたいだけど」
廊下で、もしくは教室で揉め事を起こしている見学者はそれなりに見るのは事実だ。
そういう選別がなされているなら不思議だ。
これにコンラートが言う。
「在学生や卒業生の家族に入学に適した年齢の子息がいれば、ほとんど条件無く招待状が行くからな。そこは仕方がないぜ」
……そういうことか。
学園の入学試験を自らの力で突破した者については、よほど思想的に危険なものを抱えた家族がいない限りは普通に入学を許可される。
しかしそれでも問題のある家族が完全に排除されるわけでは無い、と。
多少居丈高だとか権威主義的だというくらいでは、入学が取り消されたりするわけでも無く、そして家族であるから招待はせざるを得ない、と。
それもある意味、自らの力で入学を突破した者に対する権利みたいなものなのかもしれない。
「まぁ、それでもあまりにも目が余るようだと次の年から招待状が行かなくなったりするけれどね。だから一応、揉め事があってもすぐに静まるでしょう? 限界は分かっているのよ」
問題行動を起こす保護者達も、そういうことは分かっているからギリギリを攻めていると……。
それはそれで厄介な気がするが、破局的な出来事を起こさないだけ良いとも言えるか。
「よく分かったよ。ところで、二人の家族は学園見学に来ていないの?」
家族が招待される、というのならマリアやコンラートの家族が来てもおかしくない。
そう思っての質問だったが、これにマリアが答えようとした矢先、
――バンッ!
と僕の部屋の扉が開き、そこから真っ白い毛玉が飛び込んできた。
そして僕の方にコロコロと転がってきて……。
「……一体これは……?」
と首を傾げていると、そこからポンッ、と人の首が出てくる。
「うわっ」
と一瞬びっくりした僕だったが、その首……というか顔を確認して安心する。
見慣れた顔だったからだ。
「……誰かと思ったら、ヘカテーじゃないか。どうしたの?」
「……匿って欲しい」




