第57話 学園見学開始
「……コンラートに事前に説明されていたとは言え、実際に目にしてみるとこれは中々のものだね……」
数日後、学園に登校すると、その様子は昨日までとは一変していた。
昨日までこの学園を歩いている者はといえば、生徒に学問や魔術、武術を教える教授陣と、当然ながら生徒、それに必要な設備の維持管理などを行う用務員や料理人などくらいだった。
しかし今日は全く異なる。
様々な身分の者と思しき大人達が数多く廊下を闊歩しているのに加え、その子供たちも大勢いるのだ。
子供たちは僕らよりも一つ二つくらい年下かな、と思う者が多いが、それ以外にもかなり小さいな、と思われる者もたまにいる。
それについて共に廊下を歩くコンラートが説明してくれる。
「まぁ、小さい頃から定期的にこの見学に来る子供とその親って言うのはそれなりにいるよ」
「どうして?」
「そりゃ、子供にここに入る意欲を湧かせたいってのが一つ、それと学園見学はどちらかといえば授業体験に重きを置いてるって話はしたろ? その授業の中で利発さ、優秀さを示せれば入試でも優遇されるからな」
これについては初耳だ。
僕も入試は受けているが、簡単なものではなかった。
学園見学に来るくらいのことで便宜を図って入れてくれるというのならその方がいいに決まっているだろうが……。
「……ちょっとずるくない?」
そんな気がしてしまう。
しかしこれにコンラートは、首を横に振った。
「いや……どうしようもない奴に無理矢理入れるってなら確かにその通りだがよ。誰がどう見ても逸材の奴に多少の便宜を図るのは構わねぇだろう?」
「それは分からないでもないけど、そういうタイプは別にそんなことしなくとも入れるんじゃ?」
「それがそうとも限らねぇんだよな……。入試の科目は語学に数学から始まって、他にも色々あったろう?」
「そうだね……都合十科目だったかな」
「そうだ。その総合得点で入学出来るかどうか決まるわけだが……どれか一科目だけに突出した実力を持っていて、でも他のがてんで平凡、もしくはそれ以下、なんてこともたまにある」
言われて、なんとなく話が分かった。
「魔術の天才だけど語学や数学が駄目、とかその逆とかってことか。確かにそうなると……難しいところだね。入れた方が後々の学園のため、国のためになるかもしれない。でも逆もありえそうだ。選択の問題かな」
「魔術だけに傾倒しすぎて、国に害を、なんて物語でもありがちだからな。言いたいことは分かるぜ。だが、そこは使う側の才覚の問題でもある。それにそういう奴らってのは変に野放しにしてしまうより、少なくとも多少監視の利くところに置いておいた方がいいってのもある」
「……ちょっと黒いね。でも話は分かるよ」
国を転覆させかねない革命の狼煙というのが突然上がることがある。
そしてそういうものの火種になる存在というのは、為政者側が気を払っていなかったところから生まれる、ということはよくあることだ。
たとえばどこかの国の都のスラムから、将来、国を乗っ取りかねないような化け物が現れた、なんて話もいくつか浮かぶ。
この場合の化け物、というのはあくまで比喩で、人間のことであるけど、魔術や武術などの能力的に、または人脈や策謀にあまりにも優れているがゆえに、そのように呼ぶしかない存在のことだ。
そういう者というのは多くが子供の頃から非凡な才能を示すが、何らかの理由で真っ当なエリートの道に進むことなく、いわゆる反エリートとして育っていくことが間々ある。
これを野放しにしておくのは為政者側としては大変危険で、出来る限り早い段階で掬い上げて動向を監視できるようにしておきたい、と。
よく分かる話だ。
「ま、そこはついでであくまでも才能ある若者はどんな立場の者であっても門戸を開いて待つ、というのがこの学園のモットーだって話だけどな。そんな側面もあるってだけだ。だからまぁ、多少の不公平もいいだろう。それで本来は入れる奴が弾かれるってことがあるなら話は違ってくるかも知れねぇがそういうことはないしな」
「そうなの?」
「あぁ。別に毎年の入学者数がきちっと決まってるわけでもねぇしな。基準を超えた奴はみんな入れる。特別な奴は相当な例外って事だ」
「それなら、余計に構わないか……しかし、そういうことなら毎年学園見学に来てもそうそう掬い上げられることはなさそうだけどね」
そうされるのは、余程の天才、ということになるからだ。
大抵はそんな者にはなれない。
なろうとしてなれるものではない。
これにコンラートは、
「ほとんどの親ってのは親馬鹿だからな……って冗談は置いておくとしても、少しでも可能性があるのなら挑戦した方がいいだろってことだな。特に魔術関係についてはある日いきなり才能に目覚めることもある。去年駄目でも今年こそは、ってのはそれほど間違った考えじゃない」
魔術の才能というのはとかく分かりにくい。
多くの者は十歳までにある程度分かる、と言われているが、十二歳になって突然、強力な魔力に目覚めた、なんて話もないではない。
それどころか、もうそろそろ七十になるところなのに魔術に目覚めた、なんてことだってあるのだ。
流石に後者については稀も稀で、滅多に見ないが、前者に関しては無視できない程度に起こることだ。
だからまぁ、コンラートの話も理解できた。
「……まぁ、そういうことなら。でもそこに期待するより真っ当に勉強した方が早そうだけどね」
「それは間違いないな。だが勉強にまるで期待できない奴もいる。そういう奴を子供に持つ親にとっては、ある意味最後の望みなんだろうさ」
「ろくでもない貴族って奴だね」
「そういうこと」
そんな話をしながら、普段見ない大人達や子供とすれ違う僕たち。
学園見学という制度についてかなり批判的な話をしている僕らだが、実際にそうやってすれ違う大人達の大半はまともだ。
余裕ある笑みを浮かべて軽く会釈をしてくる者たちの中には、かなりの高位貴族も混じっていることはその身につけている者からも察せられる。
まぁ、酷いのが全くいないというわけでもないが。
折角挨拶したのに鼻を鳴らされて終わり、とか、そういうこともある。
「……何をするの!?」
なんて声が聞こえてきたな、と思って声の方を見てみれば、学園見学に訪れた貴族とその子供が生徒と揉めている、なんて場にも出会す。
教授が走ってきて間を取り持ったりしているが、貴族の方は中々納得しないこともざらのようだ。
「……これから一月、これが続く訳か。この先が思いやられるね」
「毎年の事だからな。今回で慣れちまおうぜ。ま、ぶつかったりしなきゃ、廊下は大丈夫だ。問題は授業なんだよな……」




