第56話 学園見学についての注意事項
「……学園見学?」
僕が自室で首を傾げると、コンラートが言う。
「ああ。なんだ、知らねぇのか?」
「まぁ……僕はそんなの参加しないでいきなり入ったから。僕にとっては他国だしね、ここ」
僕がそう言うと、コンラートはあぁ、そうだった、と納得した様子で頷いた。
「そうだよな……今回、学園見学をするのは主に、ヘリオスの要人とその子供たちだ。つまり、貴族や身代の大きな商家の子息たちだな。リューは……流石に声はかからねぇか」
僕はコンラートの言葉に頷く。
僕はこの国ヘリオスの人間ではなく、リラント王国出身、ということになっている。
ヘリオスからそれほど遠くはないにしても、隣国と呼べるほど近くもない。
したがって、かなり身分が高かろうと定期的な学園見学の声はかからない。
「そりゃそうさ。貴族とは言え、他の国まで声をかけていたらキリがないと思うよ。まぁ、僕の家程度じゃなくて、それこそ隣国の侯爵とかくらいなら分からないではないけど」
「あぁ、それくらいなら確かにたまにいるらしいな。流石に去年は見なかったが」
「去年? もしかしてコンラートもこの学園を見学したの?」
「あぁ……したぜ。まぁ、この学園で《学園見学》つったら、軽く見回って終わりじゃなくて、どっちかというと《学園生活体験》に近いけどな」
「そうなの?」
僕が首を傾げるとコンラートが説明してくれる。
「あぁ。期間は大体一月ほどに渡るし、その間、学園で行われる授業全てに一応、参加することが可能だ」
「一応?」
「あんまり高度なものに出席しても仕方がねぇだろ? 高位魔術講義とか、まだ入学前の子供に見せたっ
てしょうがねぇよ」
「なるほどそういうことか」
「まぁ、でも、稀に優秀な奴ってのはいるからな。上の方の授業を聞いて理解できる奴は受けても構わねぇって事で、《一応》ってことさ」
「コンラートは去年どうしたの?」
「俺は普通だよ。一年生が入学して初めに受ける授業を一通りさらって……あとは学園の設備を確認したりしたくらいだ。大体の奴がそんなもんだぜ」
「ふーん……まぁ、そういうことならあんまり気にする必要はなさそうだね。僕たちと同じように授業を受ける生徒が少し増えるってくらいでしょう?」
「基本的にはそうだ。だが、教授達も来年入るかも知れない生徒に気を遣うからな。色々と面倒なことはあるぜ」
「たとえば?」
「そうだな……先輩として見本を見せて上げなさい、とか言われたりな。去年の一年生も、やっぱりそれを言われて大変そうだったぜ。見本をって言ったって、まだ一年だもんな。入学して半年で立派な見本なんて中々見せらんねぇよ」
「そう? 魔術理論解説くらいなら教科書を見ながら出来そうだけど」
「まぁ、座学系はそうかもしれねぇが、問題は実技系よ」
言われて、あぁ、と僕もなんとなく察する。
「そうか、入学前でもすでに身につけている子はいるんだったね」
「そういうことだ。つまり、本当は一年生よりも使える奴に、そいつよりも下手な見本を見せる羽目になる可能性もあるわけだな。これは地獄だよ」
「だったら教授達もやめてくれればいいのに……」
「そこはな。ある意味しょうがねぇところだぜ。まぁ、ある程度気を遣って、しっかり優秀な生徒を基本的に指名してくれるがよ。そうじゃないときもあるってことで、リュー、お前も気をつけろよ」
「……僕が優秀じゃないみたいじゃないか」
「いや、お前は優秀さ。だから何度も指名される可能性がある」
「……そっちか」
「そうさ。で、俺の場合は優秀じゃない方、と……まぁ、せいぜい二人して気配を消して頑張ろうぜ。あの森で使ってくれた認識阻害をかけてくれりゃ、ありがたいんだが……」
「確かにそうすれば指名されることはなくなるだろうけど、流石にそこまでして隠れるのは馬鹿らしくない?」
「まぁな。それに出席もとってくれなくなるかもしれねぇし、こうなったら覚悟決めて授業を受けるしかねぇな」
「その方が良いだろうね……」
呆れたように笑う僕に、コンラートは、一瞬はっとして、
「おっと、そうだ言い忘れた」
「何?」
「学園見学なんだけどな、子供だけじゃなくて親の方も来るんだ。だから、そっちも気をつけなきゃなんねぇぞ」
「親の方もって事は……貴族か」
「大半はな。学園内で、生徒同士は身分の区別無しだ。だが、親の方はそういう訳にはいかねぇからな。礼儀とか面倒だがしっかりしておいた方が良い。それと、余計な揉め事も起こさないようにしないとな」
「……僕、大分不安なんだけど。ヘリオスの礼儀についてはこの国に来るに当たって、ある程度学んではいるけど、細かいことは……」
一応、相当細かいことまでさらっては来たが、実際にやってみないと分からないこともある。
そういうところを指摘されたら面倒だ。
しかしコンラートは言う。
「……まぁ、大げさに言ったが、最低限出来てりゃ大丈夫だろ。流石にこの学園の生徒は子供に過ぎないって事は貴族達も分かってるからな。敬おうとしている姿勢をしっかり見せればそれでいい」
「後は、喧嘩を売らないこと、と……」
「それが最高に難しいことだぜ。貴族って奴は鼻持ちならねぇ奴が少なくねぇからなぁ」
「コンラート、君も貴族の一人なんじゃ……」
「そうだけどよ。どう育ったらそんな風になるんだって奴、少なくないと思わねぇか?」
「まぁ……」
はっきりと公言は出来ないにしても、確かにそれはその通りではある。
そして仕方が無いことでもある。
なぜなら、貴族というのは官職売買によって手に入れられた地位でもない限りは、生まれつき特権を持っている存在であるからだ。
周りとは違う、自分は選ばれた人間だと小さな頃から強く意識していると、いつの間にか他の人間を見下すような性格になってしまう、というのは自然な話だ。
そしてだからこそ、心ある貴族というのは自らの特権が義務に基づくものであるということを忘れないように強く意識する。
領地を守る、領民を守る、国を守る。
そう言った義務を果たして、初めて貴族は貴族たり得るのだと……。
理想論かも知れないが。
「ともあれコンラート。君は鼻持ちならない貴族ではなくて良かったよ」
「はっ。お前もな。リュー」




