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悪役令嬢とストーカー  作者: 丘/丘野 優
第一章 少年と令嬢
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第52話 魔連邦雑学講義1

 図書館で本のページを捲る。


 ヘリオス王立魔術学園には様々な施設が存在しているが、そのうちの一つに巨大な図書館がある。

 建物の大きさは学園の教室棟に匹敵し、ここを管理するためだけに雇われている専門の司書もそれなりの数いる。

 また、ここを利用するのは学園生徒や教授たちのみならず、外部から資料を求めに貴族や商人などがやってくることもある。

 だから、ここで書物を読んでいる人々には統一性がなく、入ってくる者たちがどんな職業や立場の人物なのか想像するだけでも結構楽しい。

 ただ、そうはいっても皆、ここに入って来れるだけである程度、身元の確かな者であることは間違いないが。

 学園での生徒の身分は様々で、貴族のみならず平民も普通にいるとはいえ、外部からおかしな侵入者が入って来て接触されては問題だ。

 学園敷地内に入るためにはそれなりのチェックが行われていて、それを通り抜けた以上は、一応、まともな人々であることが保証されている、というわけだ。

 まぁ、学園内にいても、ノルブのような者が入り込んでいることもあったわけで、これも完全に信用できるわけでもないが、何もないよりはいいだろう。

 

 そんな図書館で僕が何の本を読んでいるかというと……。


「……『魔連邦の成立と政治態様について』、か。昨日の今日で、随分と勉強熱心なのね」


 後ろから声をかけられ、僕は振り返る。

 するとそこにあったのは、艶のある黒髪、紅玉ルビーのような瞳を持った品のある女性……つまりは、マリアであった。

 

「マリアか……急だったんで少し、驚いたよ」


 素直にそう口を開けば、マリアは、


「ふふ、それは悪かったわ。でも、あんまりにも熱心だったものだから、何を読んでいるのか気になったの。ごめんなさい」


「いや、構わないけどね。人が読んでいる本というのは、何故か気になるものだ。僕も図書館で面白そうに本を読んでいる人がいたら、ばれないようにその本のタイトルを観察したりするし」


「あら……そうなのね。だったら、私は許されてしかるべきというわけね」


「その通りだ。ところで、マリア。君はどうしてここに?」


 ふと気になって、僕はそう尋ねる。

 ここが教室棟の廊下だったらたまたますれ違った、で済む話だろうが、ここは図書館だ。

 しっかりと目的がなければ足を向ける場所ではない。

 まぁ、僕の場合、ただ本が読みたいから、何か良さそうなものを探しにふらふらと来ることもあるし、彼女もそうである可能性はあるだろうが。

 僕の質問に、マリアは答える。


「私も魔連邦について少し調べようと思って来たの。やっぱり昨日の今日でしょう? 以前、少しは調べたことがあるのは確かだけれど、そこまで詳しいわけでもないから……。一度、腰を据えて調べてみてもいいかもしれないと思って。今回は無事だったけれど、またいつか攫われないとも限らないものね」


 最後の方は冗談交じりに口にしたことだろうが、それでも全くあり得ないとは言えない。

 ノルブの話を聞くに、ついでだったらしいジョゼとラーヌはともかく、マリアについては直接目的にされていたのだから。

 

「攫われた後の快適な生活のために、というわけかい?」


 とは言え、僕の方もあまり真剣になりすぎないように返答するしかない。

 マリアもおどけてはいるが、怖くないというわけではないのだろうから。

 彼女の冗談に乗ってあげるのが、紳士としての義務というものだろう。

 淑女には優しく、とは祖父の教えでもある。

 今となっては僕がどれだけ祖父の教えを守るべきか、という問題もあるだろうが、少なくともこんな風になるまでは僕と祖父の仲は良好だった。

 ヘリオスに僕を送った祖父の意図はまるで分からないとはいえ、優しくも厳しく育ててくれた祖父との思い出が完全にゼロになったわけでもない。

 今でも、信じているところはあるのだ。

 それに、学園長のこともある。

 学園長は、どうも祖父とは本当に(・・・)友人であったらしい、ということが最近明らかになったのだ。

 であれば、祖父は必ずしも僕を見捨ててここに送ったわけでもないのかもしれない、という気も少ししてきてる。

 まぁ、そうはいっても、何故なのか、というところが全く分からないのでモヤモヤしたところは消えていないが……。

 ただとりあえず、あんまり後ろ向きになりすぎることもなさそうだなとは思っている。


「そういうことね。誰かの配偶者にされるとしても、戦力として使われるとしても、国情を知っているのといないのとでは大違いでしょう?」


「確かにそうだ。しかし、ついこの間攫われかけたご令嬢が言う台詞でもないように思うけどね。君なら魔連邦に連れていかれても、いずれ宮廷魔術師長にでもなってしまいそうだよ」


「他の国の宮廷魔術師長に……ね。それも面白いかもしれないわ。でも、魔連邦に宮廷魔術師長、なんていうものあるのかしら? そもそもあの国は魔族の国でしょう? 他国の人間をそのような重要な地位につけるかしら?」


「その辺りについての記述はこの本にあるよ。良かったら僕の解説を聞くかい?」


 僕が冗談めかしてそう言うと、マリアも少しふざけて、


「では教授。どうかわたくしに貴方様の膨大な知識と深い見識の泉の一端に触れさせていただけますよう、お願いいたしますわ」


 と大げさに頭を下げて言ったので、僕も、


「では、謹んでお受けしよう……なんてね。僕も本に書いてあることしか知らないんだけどさ。あんまり期待しないで」


「読む手間が省けるのはありがたいもの。構わないわ」


「じゃ、説明しようか。まず、宮廷魔術師長があるかどうか、なんだけど……あの国は学園長も説明していた通り、四つの独立した国が連邦という形で一つの国としてまとまっているところだ。そしてその四つの国、一つ一つに大公、と呼ばれる元首がいる。王国で言う国王……なんだけど、魔連邦はその全体を治める者を《魔王》としている関係で、《王》を名乗ることをよしとせず、《大公》を名乗って、一歩引いた態度を示しているというわけだね」


「《王》様は《魔王》だけ、ということね……」


「その通り。ただ、名称はともかく、実情は王様とほぼ同じだからね。それぞれの国に王城に当たる大公城がある。ここに勤める料理人は宮廷料理人と呼ばれるし、魔術師も宮廷魔術師と呼ばれる。この場合の宮廷というのは、君主に仕える……というくらいの意味で、大公国における君主とは大公のことだからね。厳密な言葉遣いを考えるともしかしたら間違いかもしれないが……まぁ、宮廷魔術師という地位はある、ということになるだろう」

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