第44話 不穏な提案
「……う……」
森の中を歩いて進んでいると、背中に背負った荷物が軽い声を上げたのを僕は聞いた。
先ほどまで全く力の入っていなかった体に意思が宿り、少し強ばる。
そして、僕からは見えないが、おそらく、目を開いた。そんな気配がしたので、僕は歩きながら、驚かせないよう、安心させるよう、できるだけ優しい声で話しかける。
「……目が、覚めたかい?」
すると、僕の肩に軽く手がかけられ、少し力が込められた。
それから、
「……ええ、覚めたわ。ここは……どこ? 一体なぜ……。私は確か……そうだわ! ジョゼとラーヌはどうなったの!? それにノルブは……! あの教師の顔をした男は本当は……!!」
話しながら、一気に記憶が戻ってきたらしい。
まだ少し混乱しているのか、その記憶を整理しきれずにいるようだ。
僕はそんな彼女に、一つ一つ、答えてやる。
「……安心して。全て、終わったよ。まず、ジョゼとラーヌだけど……。ラーヌは君に言われたとおり、救難信号を上げて、それで位置を特定した学園長先生が助けた。ジョゼは……コンラートがノルブからうまく助けてね。二人とも運が良いことに無傷だ。それと、肝心なノルブだけど、学園長先生が気絶させて捕らえたよ。そして今、僕たちは学園に戻っているところだ。ノルブに色々と事情を聞くのはそれからだという話だよ」
全てを、こくりこくりと噛み締めるように頷いて聞いていたマリアだったが、全てが丸く収まったのだということを理解して、体に不自然に入っていた力が抜け、僕に素直に体重を預けた。
正直なところ、背負われている人間が変な力を込めていると背負いにくいのでありがたい。
もちろん、逆に完全に無意識でも背負うのは大変なのだが……まぁ、今くらいの感じがちょうどいいということだ。
「……結局、私は何の役にも立たなかったようね」
マリアはそんなことを言うが、とんでもない話だ。
「何を言っているのさ。君の判断が全てうまく働いたからこその結果だよ。君がラーヌに指示を出さなければ僕らは君たちの異変に気づかなかったし、君があの場で数分でも持ちこたえていなければ少なくとも君とジョゼはさらわれていたかも知れない。もっと酷ければ、僕らも含めて全員が森陸竜に磨り潰されていた可能性もある」
「森陸竜ですって? それは一体……?」
首を傾げるマリア。
確かにそれが問題になる前に彼女は気絶していたっけ。
説明しようと僕は口を開きかけたが、その前に学園長先生の声が響いた。
「おぉ! こいつじゃ、こいつ。いやぁ、改めて見てもでかいのう……ほれ、皆も見るといい。壮観じゃぞ」
少し離れた位置からそう言って僕たちを呼び込んでいるので、僕は少し足を速めてそちらの方に向かった。
学園長の横まで辿り着くと、僕は息を呑む。
それは背中に背負われていたマリアも同様のようだ。
というか、この場にいる学園長以外のメンバーが全員そうだった。
そこにあったのは、巨大な亜竜の死骸だ。
全身漆黒の鱗を持った、二十メートルはあるだろう巨躯の魔物。
森陸竜、おそらくはその亜種なのだろう存在。
これを学園長が単身で討伐したという話だが、本当なのかとつい聞きたくなるほどに強力な魔物であることは間違いない。
しかし、そのことが事実であることは、その首と体がしっかりと切り離されていることからもすぐに分かる。
学園長先生による魔術によって、そのようにされたのだ。
これほど巨大な魔物となると、首を切り落とされたくらいでは首の方も体の方も動きを止めないものだが、どうやってかその体を生命活動が完全に停止するまで押さえつけたのだろう。
地面に無理に体を動かしたような大きな後が残っている。
押さえつけられながらもしばらくの間、暴れ続けた、そういうことなのだろう。
「……これを、ノルブが支配していたらしいよ。召喚獣というわけではなかったみたいだけど……最後の手段だったみたいでね。危うくけしかけられるところだったよ。まぁ、幸いながらそうなる前に、このように学園長先生が倒してしまっていたみたいだけど」
「……早い内に気絶できて幸運だったかも知れないわ……。それにしても失礼な話かも知れないけれど、学園長先生って、凄い方だったのね。私、今日まで知らなかったわ……」
僕と似たようなマリアも抱いていたらしい。
僕は吹き出して、言った。
「僕も同じだよ。いつも飄々としてふざけた態度だから、きっとコネか何かであの地位にいるんじゃないかとも疑っていたくらいだ」
僕の祖父と知り合い、ということはそういうコネくらいいくらでもあるということを意味する。
そしてだからこそ、祖父による要請……つまりは僕はこの学園にねじ込むという一種の無理難題を素直に聞き入れたのだろう、とも。
しかし現実は少し異なるらしい。
これだけの力のある魔術師が、祖父に言いなりになる必要はない。
もっと、僕の想像の外にあるようなつながりが、祖父と学園長にはあるのだろう。
「ふふっ。流石にそれは失礼よ。でも、そう思っても仕方が無いくらいには、生徒の前で実力を披露されない方ですものね。これほどの力をお持ちなら、何か一つくらい授業を持っていただければと思うのだけど……」
聞こえるように言いながら、ちらりと学園長を見たマリアである。
これに学園長は、
「わしはこれでもそこそこ忙しくしておってのう。それは簡単なことではない……が、半年程度なら一つくらい、何か授業を持っても良いかもしれんの。今年からどうも、学園は面白い場所になりそうじゃし、わしも一枚噛みたいと思っていたところなんじゃ。マリア君。良い提案をありがとう」
そう言った。
その言い方に僕は大分不穏というか、マリアは何か、僕にとってやぶ蛇になるような提案をしたのではないかという気がしたが、これは僕にもどうしようも出来ない。
それに、
「まぁ。それは楽しみですわ。学園長先生。受講できる生徒は……どのように選抜されますの?」
「試験をしてもいいのじゃが、それをすると不正が横行しそうだからのう。こちらで勝手に選ぶことにする」
「それでは……私が入れる可能性は低そうですわね……」
マリアがあからさまにがっかりしたが、学園長は言う。
「なに、心配せずとも良い。マリア君は学園生徒の良い見本じゃからのう。確約は出来んが、可能な限り入れるようにするぞ。もちろん、おかしな贔屓とかではないのでそこも安心しなさい」




