第41話 勝負の行方
二人の戦いは、まずノルブが先手を取った。
初手だから様子見なのか、彼が初めに放ったのは僕に向けて先ほど放ったのと同じ、無詠唱の岩弾である。
ただし、数が違った。
僕に向けたのは大きな岩弾を一つだったが、ミラナ先生に向かって放たれたそれは細かな十数個の岩弾の集合だった。
おそらく、先ほどは僕の張っている盾を破壊するために純粋な質量に基づく攻撃力を求めていたのに対し、今回はミラナ先生に傷を負わせるだけの破壊力さえあれば構わないからだろう。
ミラナ先生も、魔術師同士の戦いの常として盾は張っているようだが、位置を固定している場合とは違って、動いている間に使用すればその耐久力は半減する。
もちろん、術者の力にもよって耐久力は異なるが、ノルブはあれくらいの岩弾でそれを抜ける自信があるのか……?
いや、やはり牽制なのかも知れないが……。
ノルブの考えを図りかねたのはミラナ先生も同様のようで、あくまでもその出方を観察し、自らは盾の維持に気を遣ったようだ。
ノルブの岩弾はすべて弾かれ、一つもミラナ先生に当たらなかった。
「……この程度では防がれてしまいますか」
ノルブの独り言にミラナ先生が言う。
「やはり、様子見ですか? 随分と余裕がありますね……」
言いながら、今度はミラナ先生の方が魔術を放つ。
彼女の方も、初手は無詠唱魔術だった。
《風の槍》と呼ばれる、風属性の魔力を槍状に形成して射出する魔術である。
第三階梯のもので、魔力消費は決して少なくなく、この辺りになってくると無詠唱は一般的な魔術師ではかなり厳しくなってくるものだが、ミラナ先生にはまだ余裕があるようだ。
彼女によって形成された風の槍は一本ではなく、五本であり、それだけの魔術を無詠唱で形成できるところにミラナ先生の実力の一端が現れている。
「……これはっ! 中々やりますね……。飛竜!」
ノルブからしてもミラナ先生の実力は予想を超えていたようだ。
驚いた顔で風の槍を見つめたが、即座に飛竜に呼びかける。
「一体何を……?」
しかし、何をしたいのか分からずに首を傾げるミラナ先生だった。
というのも当然で、飛竜に言うことを聞かせる、というのは通常は不可能だからだ。
召喚獣として契約するか、卵の頃から擦り込みして育てる、とかそのような方法をとらない限りは。
少なくともここに集っている飛竜たちは野生の群れのもののはずで、だからこそ普通は言うことを聞かせることなど出来ない……。
けれど、僕たちがここに辿り着いたとき、飛竜たちはノルブには襲いかからずに、ただマリアだけを狙っていた。
つまり彼にはそういう技術がある……?
実際、ノルブが声をかけると同時に、飛竜たちはまるで召喚主に呼ばれたかのように顔を上げ、ノルブの直前に集まって、肉の盾となった。
ミラナ先生の風の槍が飛竜たちに突き刺さる。
「まさか……!」
「ふふ、少しは予想していたでしょう? 他にもこんなことが出来ますよ……!」
ノルブはさらに身振りで飛竜たちに指示を出した。
それは明らかにミラナ先生に襲いかかるように、というもの。
実際、風の槍に突き刺された飛竜たちはまるで親の敵でも見るように目を血走らせ、ミラナ先生に襲いかかる。
「くっ……!」
もちろん、そんな飛竜たちの襲撃を真正面から受けるほどミラナ先生は愚かではなく、即座に身体強化魔術を発動させ、大きく距離を取って下がる。
さらに、《竜巻》の魔術を放って、追撃してこようとする飛竜たちを空に巻き上げた。
高空に持ち上げられ、しかし翼を風の槍によって大きく傷つけられていた飛竜たちは、その場で羽ばたくも十分な浮力を得ることが出来ずに、緩やかに地面に落下し……そして倒れた。
魔物であるから、その生命力のゆえにそんな目に遭っても死んではいないようだが、気を失わせるのには十分なダメージだったようで、その数匹はぴくりとも動かなくなる。
「対処されてしまいましたか。それにしても意外です。ミラナ先生。貴女にこれほどの実力があろうとは……。学園ではそんな様子など見せなかったというのに」
実際、ミラナ先生はその身に宿る魔力を巧妙に隠していた。
ノルブはどうやらそれに気づけなかったらしいが、流石に実際に戦ってみて、その手強さから実力を理解できたのだろう。
困ったように頭を押さえる。
「勝てそうもないと思うのであれば、このまま降伏したらどうでしょうか? その方が私としても楽で良いのですけど」
ミラナ先生がそう言うが、ノルブは鼻で笑って、
「……馬鹿なことを。そんなことをする必要なんてないのですよ。私には人質がいるのですからね……ん?」
ノルブは振り返って、彼の言う人質……つまりはジョゼがいたはずの場所を見るも、なぜかそこに彼女はいなかった。
「……ジョゼ?」
首を傾げるノルブだが、そんな彼に向かって、
「……気づくのが遅いんだよ! ジョゼは確保したぜ!」
と、僕のずっと後方から叫び声が聞こえた。
振り返ってみてみると、そこにはコンラートがいる。
そして彼は気を失ったジョゼを抱えているようだった。
どうも、ノルブに気づかれないようにジョゼに近づき、気絶させて確保したようだ。
そういえば、隠匿の魔術がまだ少し残っていたな、と思い出す。
多少効果が弱くなっていたとはいえ、人の意識から存在を外すくらいには効力を発揮したというわけだ。
「……コンラート君。やってくれますね……!」
やっと気づいたノルブが額に青筋を浮かべてそんなことを言うが、後の祭りである。
というか、かなり抜けているな。
そんなに大事な人質なのだったら、もっとしっかりと監視しておくべきだった。
「それで? もう貴方の大事な人質はいなくなってしまったようですけど? まだやりますか?」
ミラナ先生が挑発的にそう言うと、ノルブは突然、
「……ふ、ふふふ……ははは……はっはっは!」
と笑い出す。
「何がおかしいのですか?」
ミラナ先生が尋ねると、ノルブは笑いを収めて言った。
「いえ。私も腕が落ちたものだと思いましてね。このくらいの工作も出来ないとは……しかし、こうなったら仕方がありません。証拠だけは隠滅しておかなければなりませんのでね。皆さん、まとめて消えていただきましょう……さぁ、来い!」
そして、手を掲げ、そこに握られた何かに魔力を注ぎ始めた。
おそらくは魔石の一種……と思われるが、何の目的があるのかは分からない。
ただ、これから僕たちに良いことが起こらないのだろう、ということだけは分かる。
ミラナ先生も同意見のようで、ノルブとの距離を詰めてそれを奪おうと手を伸ばすも、
――バチリ!
と手が届く直前で盾に阻まれて掴めなかった。
「……一瞬、遅かったようですね。さぁ……来ますよ!」
ノルブが笑って、僕たちの少し後ろを見ながらそう言った。
しかし……。
不思議なことに、それから数十秒経っても何も起こらない。
「……ん? これは、何だ……馬鹿な。なぜ来ない……!?」
ノルブが慌てだし、魔石を凝視し始める。
すると、
「……ノルブ君。君が縋ろうとしているのはもしかして、黒い森陸竜かね?」
「は……?」
ノルブが突然かけられた声に振り返ると、そこには学園長先生が立っていた。
学園長は続ける。
「それなら、わしが先ほど遭遇したので倒しておいた。まぁ、詳しい話は後で聞こうではないか。では、今はとりあえず気絶していなさい」
そして、目にも留まらぬ早さでノルブの首筋に魔力の込められた強烈な手刀をたたき込み、気絶させてしまったのだった。




