第4話 学園の事情
「ここが君の部屋になる」
そう言って案内されたのは、学園に併設された建物の三階、その端にある結構な広さの部屋だった。
というか、少し広すぎる気がしないでもない。
学校の寮、というのは通常、個人用のものにしろ、数人で使用する部屋にしろ、もっと狭いものだ。
ベッドと学習用の机があればそれで十分と言いたげなつくりをしている、ただ寝に帰るための場所。
少なくとも他の国の学校は大半がそうだし、それは先進国と言われるところにしたって同じことである。
それなのにこの学園の部屋は、ここでパーティーが開けそうなほど広いのだ。
随分と贅沢なものだ、と思ってしまう。
そんなことを考えていることが僕の表情から分かったのか、僕の顔を見て学園長は、
「この学園は歴史が長く、建物も古いものが多い。部屋割りについてもかなり昔から変わっておらんでな。昔は貴族だけが入学する学校じゃったから、高位貴族のためにと、いくつかの部屋はかなり広いところが多いのじゃよ。ことさらに贅沢を旨としているわけでもないが、建て直すのもな……部屋割りを直すために改築する、でもいいのじゃが、この辺りの区画は毎年高位貴族が多くなる。あえて小さくしても使い勝手が悪く、そのままというわけじゃ」
そう説明した。
「……僕はそういった貴族と同様の扱いは……」
困る、と言おうとしたところ、学園長は頷いて、
「言いたいことは分かっておる。そのような扱いはせんよ。しかし部屋についてはここで我慢してくれんか。なにせ、お主の入学が決まった時期が時期でな。すでに寮の他の部屋はすべて埋まっていてな。余っているのはここだけなんじゃ」
「そういうことなら仕方ありませんが……。でも、そうなりますと、僕はここを一人で……?」
「そういうことになるのう。嫌か? 部屋が広いに越したことは無かろう。魔術の訓練をして大爆発を起こしても隣には響かんぞ」
呵々と笑う学園長にそれは流石に、と言えば、学園長自身は若いころにそれをやらかしたことがあるらしい。
しかもこの部屋で、だ。
これでこの人もかなりの身分の人だ。
学生時代にこの部屋を使っていてもおかしくない。
しかし意外に豪快というか、面白そうな人だな……。
ともあれ。
「……僕は、あまり目立ちたくないものですから……ここを使っていておかしな目で見られないかと不安で」
他国からの留学生がいきなりこんな部屋を与えられているというのは周りから見ると奇妙だろう。
ヘリオス王国の身分制度から行っても、目をつけられそうな感じがしないでもなかった。
もちろん、そもそも僕は祖父に見捨てられたのであるから、これから先はもう野となれ山となれ、な気分でいるにはいるのだが、だからと言って率先し針のむしろ状態に飛び込んでいきたいわけでもない。
出来る限り目立たずに過ごし、ぼんやりと卒業して、どこか適度な就職先を見つける、というのが今の僕の目標だった。
幸い、魔術に関してはそれなりの能力はあると自負している。
貴族の家系や、突然変異などの場合でなければ魔術師というのはほとんど生まれないため、魔術を使えるだけの才能を持っているだけで、基本的に就職先に困ることは無い。
祖父がたとえ僕を見捨てようと、おそらく普通に生きていくことくらいは出来るはずだった。
そのためには、穏便にこの学校を卒業することが肝要なのだ。
一応、この学校は名門とされているのであるから、ここを卒業した、という事実はそれなりに役に立つはずである。
まぁ、だからと言って何か学園においていざこざが起こって巻き込まれたときに、ただ黙っているというつもりもないが、そのときはそのときだ。
そんな僕に、学園長は、
「それについてはおそらく問題ないじゃろう。さっき通った東階段はお主の部屋に行く者くらいしか使わないからのう。他の部屋に行く者は通常、中央階段か西階段を使う。特に二階の東階段前の部屋は寮母の部屋がある。他の生徒に出くわすことはまず、あるまいて」
そう説明した。
どうやら何の考えもなくこの部屋を与えたわけではなく、色々と考慮した上での決定だったようだ。
そういうことなら、ある程度は安心できる。
「それなら良かったです。荷物などは……」
馬車から降りた後、荷物については後で運んでおく、と用務員の人に言われたのだが、どうなっているのか気になった。
学園長は、
「すでに運んでおるはずじゃ……どれ」
そう言って、部屋の中を見回すと、確かに僕の持ってきた荷物が奥にあるベッド脇に置いてあった。
「あぁ、ありましたね」
「そうじゃな……しかし、これだけか?」
「ええ、何かおかしいですか?」
「いや、貴族にしては荷物が少ないと思ってのう。他の者はそれこそ馬車一杯に詰め込んでくるので意外じゃ」
確かに僕の持ってきた荷物は、着替えが数着と、昔から使っていた日用品がいくつか、それに好きな本が数冊あるきりだ。
他には何もなく、学園長からすると持ち物が少なすぎるように見えるようだった。
「そうですか? 僕にとってはこれで十分なのですが……他の方は一体どんなものを持ってこられるのでしょう」
「山のような着替えと食器を持ってくる者が大半じゃよ。まぁ平民の生徒たちはそれほどではないのじゃが、やはり貴族の方々は何かと物入りらしい」
若干、皮肉気な口調で言っているあたり、本気でそう思っているわけではないのだろう。
むしろ、勉学に必要なものだけ持ってくればいいのに余計なものばかり持ってきて、と言いたげである。
しかし、僕はそんな貴族たちの持ち物事情よりも他の事が気になって尋ねる。
「平民ですか。たしか、生徒の半分ほどは平民だとか」
これについて、僕は差別意識などは全く持っていない。
むしろ、素晴らしく合理的で先進的なシステムだ、とすら考えている。
他の国々においては、身分差の少ない国ならともかく、多くの国では未だに才能があっても門戸を平民には開かない、という頑なな態度の学び舎も少なくないからだ。
しかし、現実的に言って、平民にもかなりの才能を持つ者がいるし、そう言った人間をただ、平民に生まれたと言うだけで排除してしまうのは不合理だ。
むしろ、率先してそのような才能を発掘し、世のために役立てていくことこそ、これからの社会にとっては有用だと考える。
それだけに、このヘリオス王立魔術学園のとっている仕組みは僕には好ましく映る部分があった。
「うむ。その通りじゃ。二百年ほど前に、ティエリア公爵に見初められ、公爵夫人となられたオリヴィア様、もともとは彼女を見つけ出すために当時の国王陛下が始めた施策だったと言われておるが、思いのほか有用だったことで今でも続いておる。わしも、良い仕組みだと思っとるぞ」
学園長が語ったオリヴィア、とはヘリオス王国において、子供向けの物語でよく語られることのある、伝説的な人物だ。
と言っても、存在しなかったわけではなく、本当にいたということははっきりしている。
その来歴は、もともとは国王陛下の実の娘だったのだが、後宮のごたごたに巻き込まれ、生まれた直後に姿を消してしまったという所から始まる。
当時の国王陛下は彼女がどこに消えたのか、死に物狂いで探したが見つからず、最終的に高名な占い師に頼ってその行方を尋ねた。
すると、占い師は言ったのだ。
彼女は、とある平民のもとへと流れ、その娘として成長するだろう。
いずれ成長した暁には、王家由来の強大な魔力を得て、戻ってくる。
そんな風に。
国王はこの占いを信じ、そしていずれ戻って来た時の受け皿として、魔術学園の門戸を平民にも開いた。
そして十数年後、オリヴィアは実際に魔術学園の門戸を叩き、そこでいくつかの問題に出会い、解決していき、彼女が王族であることも判明して、最後には当時、彼女の同級生だった次期公爵アクセル・ティエリアに出会い、見初められ、結婚した。
まさに立志伝中の人物というか、そんなことありうるのかという少女の夢を現実にしたような話だが、これは史実だ。
そんな彼女のために作られた制度が、未だに生き残って今日まで続いていることが何よりの証拠だった。
「まぁ……しかし、オリヴィア様が今の学園を見たら、悲しまれるとは思うがのう」
学園長が表情を歪ませてそう言った。
「ここの“校風”はそこまで厳しいですか」
「貴族と平民の対立は、この国においても大きく問題となっておる。この学園はその縮図なのじゃよ……わしら教師も、何か揉め事を見つければ、見つけ次第、止めておるのじゃが……学生と言うものはの。分かるじゃろう?」
「隠れてすると」
「そういうことじゃ。わしも小さな悪戯くらいは学生時代にした覚えがある。それくらいならば、目をつぶってもいい。が、今この学園で起こっていることは……そうはいかぬのじゃ」




