第38話 異変
「……用事は終わった、ということでよろしいですか?」
いつの間にか近づいてきていたミラナ先生が、僕とコンラートに言った。
横には学園長先生もいて、しっかりと僕とコンラートの位置を確認しつつ、安全に配慮していたのだと言うことが分かる。
基本的に教師は手を出さず、生徒の自主性を大事にすると言うことで本当に何の手助けもなかったが、それでもギリギリの場面では助けてくれる予定ではあったのだろう。
まぁ、そんなことにはならずになんとかなったが。
「はい。どうにかなりました。後は……一緒に来た皆と合流して戻るだけ……」
と、僕がそこまで言ったところで、
――ギャアギャア!
という飛竜の鳴き声が大量に聞こえてきた。
まさかしつこく追いかけてきたのか!?
と思って周囲を慌てて確認するが……。
「……何もいないな?」
コンラートも同様にきょろきょろしつつそんなことを言った。
確かに彼の言うとおり、僕たちをなおも追いかけてくるような飛竜の姿は特に見えない。
「そうみたいだね……でも、この鳴き声は一体……」
鳴き声は未だ、収まっておらず、五月蠅く響いている。
しかし冷静に距離を測ってみれば、それはかなり遠いようだ。
それでも近くにいるかも、と思ってしまったのはその音量が相当大きかったからだ。
まるでこの辺りにいるかのように……。
かなり多くの飛竜が鳴いている?
「……そういえば、飛竜の巣にはかなり多くの飛竜が生息しているはずだったのに、いませんでしたね。それが戻ってきた、ということでしょうか?」
ミラナ先生がそう予測する。
確かにその可能性はありそうだが、彼らは自らの巣に遠征から帰ってきたとき、大勢で鳴いて自分たちの位置を誇示する、という習性は持たない。
少し奇妙な現象のような……。
そう考えていると、遠く、森の中から、ポンッ、という感じで光の玉が打ち上がった。
「……あれは……。ミラナ君。どうやらのんびりはしてられなさそうじゃぞ」
学園長先生が先ほどまでの飄々とした態度から緊張感の満ちた表情に変わった。
「ええ。あちらはノルブ先生達の向かった方角ですね。誰が上げたのかは分かりませんが、救難を求める合図でしょう。ノルブ先生でしたら正式な信号の上げ方を知っているでしょうから……おそらくは生徒が上げたもの。ノルブ先生は一体何をしているのか……」
「分からんが、とりあえず、わしは先に向かうぞ。ミラナ君はリュー君とコンラート君を連れて、後から来なさい。場合によっては先に学園に戻っていても構わん」
「はい……!」
そして、学園長先生は普段の適当な態度が嘘のように強力な身体強化魔術を発動させ、風のようにその場を去った。
それを見送りつつ、ミラナ先生が僕とコンラートに振り返り、
「……私たちは先に戻った方が良いかと思いますが……やはり心配ですね」
と言ったので、僕は口を開いた。
「……そういうことなら、僕らも行きませんか? 余程危険ならそれこそ途中で戻ればいいわけですし……。僕にはコウドもいます。いざとなったら飛竜を撒くことは出来ます」
実際に、それが出来ることはミラナ先生に見せている。
そこまで無謀な提案というわけではないだろう。
ミラナ先生はそんな僕の言葉に少し考えたが、結局、自らの担当する生徒達の安全が気になったようだ。
「では、参りましょうか。しかし、私が戻ると言ったら必ずそうするのですよ。いいですね」
「はい!」
「分かりました!」
僕とコンラートがそう言うと同時に、ミラナ先生は僕らに身体強化魔術をかけ、
「走りましょう。籠は……私が持っておきます」
そう言ってコンラートから飛竜の卵が入った籠を受け取り、走り出した。
僕とコンラートも彼女の後を追った。
◆◇◆◇◆
時は少し遡る。
それはリューとコンラート、ミラナと学園長と分かれて、ジョゼとラーヌとマリア、それにノルブ達が目的地の直前まで来たときのことだった。
「ふむ……この辺りで良いかな」
先頭を進んでいたノルブがそう呟いて、マリアとラーヌに振り返った。
ジョゼはノルブの隣を進んでいて、今、ノルブの手がジョゼの肩に置かれている。
「……マリア様。何か……様子がおかしくありませんこと? 先ほどからジョゼが全く言葉を発しないのですが……」
「……言われてみると、そうね……」
マリアはジョゼが、ラーヌと同道しているために緊張か気を遣ってかそういう風にしているのだろうと思っていたが、それにしたって無言過ぎる。
実際、最初の方はぽつりぽつりとだが会話をしていたのだ。
マリアとも、そしてあまり仲良くないラーヌともである。
ラーヌも少しばかり貴族主義的なところが強いところもあるが、それほど悪い少女ではない。
少なくとも定例朝礼でジョゼを叱ったのは完全な悪意からではなく、マナーを知るものとしての叱責のつもりもあったことは彼女の心をなんとなく読み取れるマリアからすれば、自明だった。
とはいえ、ジョゼにはそんなことは分からず、今回の外出も緊張していただろうが、少し会話を交わして、大分打ち解けては来ていたのだ。
ラーヌもジョゼが、ただ貴族に対して反感を持っている少女だ、というわけではないことを理解し、またこの間のことも真に反省していることを知ったようで、少しではあるが、穏やかに話すようになっていたのだ。
それなのに……何故だろう?
気になってマリアはジョゼに話しかける。
「ジョゼ……ジョゼ? どうかしたの? すっかり、とは言わないけど、ラーヌとも打ち解け始めていたと思ったのだけど……やっぱり緊張しているのかしら?」
そう言ったマリアに対し、ジョゼはじめんに向けていた顔をゆっくりと上げた。
それを見て、マリアは悟る。
「貴女……まさか」
「マリア様……?」
首を傾げてマリアの顔を見たラーヌだったが、次の瞬間、ノルブが口を開いたのでそちらに視線を向けた。
「……やぁやぁ。どうやら、マリア君の方は気づいたようだね? 君は勘もいいし、優秀だ。途中で感づかれないか冷や冷やしていたよ……」
「えっ、の、ノルブ先生、いかがされましたの……? マリア様。あの方は一体何をおっしゃって……それにジョゼは、ジョゼはどうしてしまったんですの!? あの表情、まるで魂でも抜かれたような……!!」




