第37話 戦利品
「……なんとかなったかぁ……」
ぜぇぜぇ、と息を吐きながら、コンラートが麒麟のコウドの背中から地面にずり落ちながらそう、声を絞り出す。
「予定とは大分違ったけど、まぁ目的は達成できたし結果オーライだね」
対して僕の方はさほど疲れてはいない。
僕の方の隠匿魔術についてはほとんど解けていなかったし、飛竜たちの注意のほとんどがコウドとコンラートに向かったために、静かにその場から離れれば良かっただけだからだ。 コンラートは飛竜に直接接触してしまったのが悪かったな。
隠匿の魔術は、魔力を帯びた物体に触れると飛びやすいから。
「そう簡単に言えるほど楽な逃避行じゃなかったんだが……」
コンラートは僕の発言にそう言って眉根を顰める。
確かに、コンラートとコウドは僕がここに来るのに大分遅れて姿を現した。
事前に、離ればなれになったら集合する場所をある程度決めておいたのでこうして同じところに集まれたわけだが、空を飛ぶコンラート達の方が移動速度は速いはずなのに、地面を走っただけの僕の方が早かった。
ただ、その理由についてはなんとなく分かる。
「撒くのに大分苦労したんだね? 百匹とは言わないけど、流石に十匹の飛竜に追いかけられたら時間がかかっても当然か……」
「あぁ、かなりな。コウドも撒くためにかなりの曲芸飛行をしてくれたお陰で危うく何度も落ちかけたし……体力が限界に近いぜ……」
飛竜から逃げるためにはコンラートの言うとおり、それなりに激しい飛行をしなければならないだろうから、本当に厳しかったのだろう。
ただ、それでもコウドは全く本気ではなかったはずだ。
背中に乗るコンラートのことを気遣って、比較的ゆっくりと飛行したはずである。
でなければ簡単に吹き飛ばされるくらいにはコウドの最高速度は速いのだから。
ただそれについては言及せず、僕はコンラートに言う。
「まぁ、災難というか気の毒だったね。提案したのが申し訳なくなるよ」
コウドの背に乗れ、ととっさに言ったのは僕だ。
だからそう言ったのだが、コンラートも流石にあのときの状況は良く理解していたらしい。
首を横に振って言う。
「……いや。他にどうしようもなかったしな。命があっただけ儲けものだよ。ただ、次があればもう少し、優しく飛んでくれるとありがたいぜ……」
コウドの首筋をなで、コンラートはそう言った。
コウドは分かった、とでも言うように鼻を鳴らし、そしてゆっくりと消えていく。
「コウド。お疲れさま。またそのうち呼ぶだろうから、そのときもよろしく」
僕もコウドの首を撫で、そう言った。
やるべき仕事を完遂したからか、消えていくコウドは満足そうに見える。
召喚獣には当然、感情があり、契約をしたからといって無碍に扱っていては信頼関係は築けない。
その辺りは長い年月をかけて少しずつ積み重ねで築いていくしかないのだ。
このことを勘違いすれば、召喚術士は悲惨な末路を遂げることになる。
召喚士が命を落とせば召喚獣の命もまた、なくなるが例外もあるからだ。
その一つが、召喚獣が召喚主を自ら殺害した場合である。
そうならないように気をつけて関係を構築していかなければならない、ということだ。
「……さて、それじゃ、戦利品の確認をしようか」
僕がそう言って抱えていた籠を地面に置くと、コンラートは待ちきれないようにそれをのぞき込んで笑みを浮かべた。
「あぁ……いいな。これで、俺にも複数契約の可能性が出てくるわけだろ?」
彼が覗いた先、籠の中には、飛竜の卵が置いてある。
白と言うよりは薄いクリーム色、という感じだろうか。
飛竜が生んだ直後は新雪のように白いのだが、孵化直前になるとこのような色に変わるのだ。
コンラートにはそう言った卵を狙って持ち帰るように事前に言ってあり、それを確かに成功させた、というわけだ。
そして、なぜ飛竜の卵など持ってこさせたかと言えば……。
「コンラートがこの子が孵化した瞬間に目の前にいれば、この子は君のことを親だと思うからね。いわゆる刷り込みってやつだ。鳥類に見られる習性だけど、飛竜にも見られる特徴だ」
「でも、それでなんだって複数契約の可能性が出るんだ?」
「召喚術士の契約出来る相手の数というのは、その召喚術士の容量による。この容量って言うのが必ずしも数値化できるものじゃなくてね。色々な条件によって変わってくるんだ。よく言われるのは、絆が深いものと契約した場合には、あまり大きな容量を食わないということだね。逆に力尽くで従わせた相手と契約すると大きな容量を消費してしまう。だから、召喚術士にとって最も大きな才能は、動物に好かれることだとも言われる」
「つまり刷り込みによって俺を親だと思った飛竜と契約すれば、俺の召喚術の容量はあまり消費されないから、他のものとも契約できる余裕が残るって訳か?」
コンラートはこれで決して馬鹿ではなく、むしろ学園中の情報を収集・整理しているだけあって飲み込みも早い。
まさに彼が言ったとおりのことが、僕がコンラートに飛竜の卵を確保させた理由だ。
「そういうことだね。ただ、言うほど簡単ってわけでもないよ。飛竜の卵は、鳥類のそれのように一日中温めておく必要はないんだけど……その代わり、毎日、君自身の魔力を注ぎ込まなければならないからね。先行研究によると、朝、昼、晩の三度、大体、第二階梯魔術一発分ほどの量を注ぐのがちょうどいいとのことだ。出来るかな?」
「……そりゃ、意外ときついな……。まぁ、でも、俺の場合魔力量が少ないってわけでもねぇからな。出来ない話でもねぇはずだ」
「僕もそう思ったから君にこの方法を薦めたんだよ。あ、でもいくら一日中温めておかなくて良いとは言っても、あんまり冷たくしたら駄目だからね。君の寮の部屋のベッドの上で、毛布でぐるぐる巻きにしておくくらいはした方がいいよ。あと、夜は抱いて寝ることだね」
「……そっちもそっちで大変そうだな。割っちまいそうで怖いぜ……」
「飛竜の卵は曲がりなりにも《竜》って言われるだけにかなり丈夫だからね。ちょっと蹴飛ばしたくらいじゃ割れないよ。でも、細心の注意を払って頑張るんだ。このくらいの色なら……多分、五日くらいで孵化すると思うよ」




