第35話 召喚獣
「……我が呼びかけに応え、顕現せよ!」
本当はもっと長い詠唱があるし、すべきなのだが今回の目的が目的なのでさっさと済ませた方がいいだろうと最低限の短縮詠唱で済ます。
すると、地面に瞬間的に魔法陣が出現し、それが発光した。
「……召喚魔法陣。リュー君は、すでに召喚獣を持っている、というわけですか」
ミラナ先生がぼそり、とそんなことを呟く。
別に自分が召喚獣と契約しているか否か、どんな召喚獣と契約しているかを、召喚術の担当教授に詳細に説明しなければならない義務などない。
試験期間中に、しっかりとその授業内で行われている事柄を修めているか否かを証明できれば問題とはされない。
特に魔術の実践となると、授業外ですでに身につけてしまっている学生というのは少なくないため、そのような対応とならざるをえないわけだ。
僕の魔法陣の上に、光が集約し、そしてそれは形を成した。
「……コウド。良く来てくれたね……」
そこにいたのは、大きな鹿のような存在だった。
しかし、鹿とは異なる。
どことなく竜のような顔をして、体には鱗を持っているし、角の形も太い。
全体的には馬に似ているが、しかしこれを見て馬だ、と言う者はいないだろう。
彼女の名前はコウド。
僕が初めて契約した召喚獣。
「……まさか。これは……麒麟? 契約した者など、聞いたことが……」
ミラナ先生がぼそぼそそんなことを言っている。
あまりこちらの方では知られていない存在なので、ミラナ先生も知らないだろうと少しばかり高を括っていたが、流石に嘗めすぎだったらしい。
まぁ、知られるとしてもコンラートが飛竜を捕らえるためにはコウドの力を借りる他ないのでこればかりは諦めるしかないだろう。
一応、僕はミラナ先生に頼んでおくことにする。
「……これについては、他の生徒や先生には秘密にしておいていただけるとありがたいです」
すると、ミラナ先生は頷いて、
「言えませんよ……。言ったところで、どれだけの人が信じることか。まぁ、そもそもこの国において、麒麟という存在とその意味を知る者は私のような専門家を除けば少数ですので、あまり心配することもないでしょう。もちろん、積極的に喧伝することはしないとお約束します。むしろ珍しい召喚獣を見せていただけて、ありがたい……あぁ、学園長先生。貴方ももちろん、秘密にしないといけませんよ?」
最後に学園長先生の方を向いて冷たくそう言い放ったミラナ先生だった。
これに学園長先生は、
「もちろん、わしも誰かに言ったりはせんよ。しかし……いずれ召喚術の授業を続けていくうちにばれるのでは? 流石にそこまではわしもミラナ君も保証できないが」
確かにそれはそうで、生徒の全員が召喚獣との契約を済ませた後には、召喚術を行使する授業が待っている。
その中で当然、自らの召喚獣を呼び出さなければならず、その際に、コウドを呼び出して「それは一体どんな存在?」と誰かに聞かれたら万事休すであろう。
しかしそれについては問題ない。
僕はミラナ先生と学園長先生に言う。
「授業ではコウドを呼び出すつもりはないので大丈夫です」
「……なるほど、つまり他にも召喚獣を持っている、ということですね。麒麟と契約した上で、複数契約まで……貴方に召喚術の授業がいるのかどうかがそもそも疑問になってきましたが、そういうことなら分かりました」
流石に物わかりが良く、僕が言いたいことを即座に察して頷いたミラナ先生だった。
それから、僕はコウドを呼び出した目的にしたがって、彼女に指示を出す。
「……コウド。前にコンラートと会ってもらったときにも相談したけど、飛竜の注意をまず、集めて欲しいんだ。その間に、僕たちは飛竜に近づいて用事を済ませてくるから。いいかな?」
この言葉に、彼女は頷き、そして地面を蹴って高空へと上がっていった。
もちろんのこと、彼女に翼はないのだが、空を駆けることが出来る特別な力を持っている。
「……美しいですね。空を蹴るとき、音は聞こえないのですか……空間を歪めている? いや……」
ミラナ先生が学術的興味からか観察に余念がない。
余裕があれば彼女の疑問に召喚主として答えてあげてもいいのだが、今の僕、そしてコンラートにはそれはない。
コウドが飛竜の巣に近づいていくのを見ながら、これからのことを相談する。
「……後は手はず通りに。大丈夫かな?」
「ああ、計画はしっかりと覚えてる。ただ、やってみないと分からない部分だらけではあるけどな……一番近い巣を狙う、ってことでいいんだよな」
「そうさ。僕は隠匿の魔術を使える。僕と君にかけて……と」
これについては流石に詠唱して見せた。
第三階梯魔術であり、これを無詠唱で唱えられるということになれば、それは更に上位の階梯の魔術を使えるということに他ならないからだ。
麒麟を見せた上にそんなものまで披露するのはまずそうだ、という感覚くらいは僕にもある。
まぁ、ミラナ先生と学園長先生は割とそういうところ信用できそうというか、言わなそうだというざっくりとした感覚があるのだが、隠せるとことは隠しておくというわけだ。
「……あんまり変わった感じしねぇな。これで本当に大丈夫か?」
「学園でも実験したじゃないか。君がそのまま女子更衣室に侵入しようとしたことを僕は忘れないよ」
学園でも効果を確認するためにコンラートと僕にこれをかけ、通りがかる生徒の前で色々なことをやってみる、という実験を行った。
その結果、どんなことをしても一年生はまず、気づかなかった。
上級生になってくると、流石に魔力の流れなどから違和感に気づくものがいたので、そういう動きが見えた瞬間に早々に退散したのだが。
そんなことをやっているうちに面白くなったのか、コンラートが女子更衣室にも入れるのかな……と呟きつつ、どこかに消えていこうとしたので僕は彼の肩をひっつかみ、魔術を即座に解いたのだ。
そのときの悔しそうな、忸怩たる表情をした彼のことを僕は忘れない。
「……あれは冗談」
「いや、本気だった」
コンラートの言い訳を遮って僕がそう言うと、彼は肩をすくめて、
「はいはい。悪かったよ……もう二度とやらねぇって。ま、効果のほどは本物だってのは分かってるんだが、それでもちょっと不安でな。動揺して変な動きをするとバレる可能性もあるって言ってたじゃねぇか。だからちょっと試そうと思ってよ」
それであえて女子更衣室に自ら進み、自分の動揺を喚起させようとしたと……?
うーん、確かになるほどと思うところがないわけではないが、
「女子更衣室である必要はなかったよね……」
「別に学園長室に侵入したって緊張もしねぇからな、俺。他に思い浮かばなかったんだよ」
確かにコンラートは図太い性格をしている。
他に自分が動揺するであろうシチュエーションが思いつかなかったというのは本当なのかも知れなかった。
「ま、流石に飛竜の住処に近づいたら動揺するだろう。実地で実験が出来るんだ。楽しみにしよう」
僕がそう言うと、
「お前、意外と厳しいって言うか怖いよな……まぁ、行かなきゃ何も始まらねぇか。よし、行くぞ」




