第34話 目的
飛竜。
コンラートが召喚獣として捕獲する予定のその魔物は、竜という名前がついているものの、いわゆる一般的に《竜》と言われて想像されるようなものとは少し異なる。
というのは、本来《竜》とは蜥蜴などは虫類のような鱗や容姿を持っていながらも、それらとは明確に異なる存在であるというのがまず、ある。
彼ら《竜》は、より本質的には生き物というよりかは精霊に近いと言われ、場合によっては人間より優れた知能すらをも持つ。
そのため、人語を解し、長い年月を生きるが故に深い知識を有し、そして《竜魔術》と呼ばれる、人間が使う魔術とは全く異なる体系の、かつ強力な魔術すらをも使いこなすこともある。
言うなれば、人間よりも上位の生き物である、と言っても良いだろう。
まぁ、この点については人間の方が認めないのだが……。
宗教的に、神は自らの似姿として人間をお作りになった、と説明する宗教はいくつもあり、そのためこの世に少なくとも肉の体を持つ存在で、人間より上位の存在などいるはずがない、という話になるからである。
そんなことを言ったところで実際に一対一で《竜》と相対すればそんじょそこらの人間など簡単に捻られてしまうのだが、そういう現実というのは往々にして無視されるものだ。
とはいえ、《竜》とはそんな存在であるので、あえて挑もうとする者は少ない。
一人もいないわけではないのは、それこそ人間の業という奴である。
《竜》は体全体が高価な素材として珍重される、言うなれば生ける宝物であり、何のまぐれでもいいから倒すことが出来れば一攫千金の夢が叶うからだ。
絵本などでは英雄が姫を救うために倒すように描かれているのが大半なのに、実際には金のためというのはなんとも血腥い話だが、現実とは往々にしてそういうものだ。
ただ、そんな扱いであっても倒せることなど、数十年、ときとして数百年に一度、というのが《竜》という存在の強さだ。
だから、彼らに相対するというのはとてもではないが現実的ではない。
ただ、それが《飛竜》となると話は変わってくる。
「……いるな」
風鷲の住処よりももっと奥、ほとんど山頂辺りまで進んだところで、遠くから山肌を観察したコンラートが僕に呟いた。
彼の視線の方向を見ると、そこには確かに目的の存在が何体も飛んでいるのが分かる。
「そうだね……でも、少しばかり数が少ないような気がする。この辺りの飛竜の群れは、大体百匹前後だったはずだけど……二十匹くらいしかいないね」
学園周辺の魔物生息地における、魔物の生息数は定期的に計測されており、したがって図書室でしっかりと調べればその辺りの情報を得ることは意外に容易だ。
学園外であればそのような情報は様々なギルドや情報屋に当たらないと分からないものなので大変ありがたく、楽で良い。
それによるなら、このエテマ山山頂付近に生息する飛竜の総数は、概ね百匹前後だ、ということだった。
もちろん、それをただ鵜呑みにするのは良くない。
ただ、飛竜というのはそれこそ《竜》などのような超越種が存在しない限りは、食物連鎖のかなり頂点の方に位置する存在で、縄張りの広さと、彼らの食料となる生き物の数をある程度掴めさせすれば、どのくらいの規模の群れを維持できるかはなんとなく分かってくる。
そしてそういう予測からしても、やはり、エテマ山で生息できる飛竜の数は百匹程度だろうと言えた。
もちろん誤差はあるが、どれだけ多くとも百五十匹は超えないだろう。
そこまでの数を、この周囲の自然が養うことは出来ないからだ。
その理由は、飛竜がそれなりに大食らい、というのもあるが、彼らと食料について競合する魔物……風鷲などもいることだし、ある程度そういった魔物の数も安定している記録があるので、飛竜についてもそのような記録を信用して考えて良いはずだ。
「数が少ないのは……狩りにでも出ているから、かな?」
コンラートが僕に尋ねてきたので、少し考えてから答える。
「その可能性はあるね。飛竜はあれで、つがいを大事にする魔物だから……。夫の方が毎日狩りに出て、獲物を持ってくるまで帰ってこない」
「……随分なかかあ天下なんだな、飛竜って……」
「魔物は雌の方が強い場合が少なくないからね。カマキリ系統の魔物なんか、夫はほとんど餌にして食べてしまったりするし」
魔物に限らず、虫としてのカマキリもそうだ。
動物でも雌の方が大きい、というのはやはり少なくない。
人間の方がむしろ珍しいかも知れないと思ってしまうくらいには、男女の体格差というのは思いのほか、女の方が大きかったりする。
「おっかねぇ話だぜ……人間に生まれて良かったわ、俺」
コンラートがそんなことを言うが、
「……僕の両親なんかは、大体、大きな決め毎をするとき、母の方が強いよ。人間でも大して男に権力があるわけでもないような……」
「言われてみるとそうかもな。俺んちだって、家長は親父で、一門の最終決定権は親父が持ってるが、うまく操縦されてる感あるし……。一門の貴族達の前では堂々としてる親父も、家族だけになるとお袋に頭が上がらねぇ……」
「人も動物も魔物も女の人の方が強い、ということかもね……。ま、そういう理由で飛竜がいないとすると、よく納得できるということだね」
「飛竜の世界も世知辛いな……とはいえ、そういうことなら俺たちにとっては結構なチャンスだな」
「まさにね。今、飛竜の巣にいるのは大抵がメスの飛竜……そして、子供か、卵の飛竜だけだ。僕たちの目的にとって、うってつけのチャンスだよ」
「あぁ……でも、大丈夫なのか? それこそ、子供や卵を守ってる母親ってのは……やべぇだろ?」
「まぁ、それはね。通常時の飛竜よりもずっと手強いと言われているよ。でも、君はそれを乗り越えて召喚獣を得て、ついでに二体目も使役できるように自分の容量をうまく活用しなきゃならないんだ。覚悟を決めないと。もちろん、僕は死力を尽くして君の助けになる」
「そうは言うがなぁ……。まぁ、やってみるしかねぇか。幸い、ミラナ先生と学園長先生がいるしな。死ぬことはねぇだろう」
「そういうこと。じゃ、さっそく手はず通り、頑張ろうか」
「おう」




