第33話 ミラナの誤算
「……よく、出来ましたね。手伝わなければ厳しいかも知れないと思っていましたが、皆さんだけでやり遂げるとは」
ミラナ先生が感心したようにそう言った。
「そんな気配、毛ほども感じられませんでしたけど……」
マリアが嫌みっぽくそう言うと、ミラナは言う。
「そんなまさか。私たちは教師ですよ。生徒達の皆さんが本当に危険に陥った場合にはしっかりと助けます。けれど、今回はまったくそんなことがありませんでしたからね……嬉しい誤算です」
「本当かしら……?」
マリア的にはあまり信じられない事柄らしいが、少なくとも僕はミラナ先生は嘘を言っていない、と思っている。
というのも、マリアやラーヌが風鷲と相対している間、ミラナ先生の体内には大きな魔力がよく練り込まれており、もしも何か不足の事態があれば即座に何かしらの魔術を放てるような臨戦態勢を取っていたからだ。
ミラナ先生だけでなく、ニコラウス学園長もそうだった。
まぁ、ノルブ先生についてはそのような気配はなかったが、ミラナ先生やニコラウス学園長ほどの実力者がそれだけ準備している中で、彼も同様に身構えることは無意味であることを察したのかも知れない。
それよりも傷ついた際の手当とか、精神的なケアの方を担っているという可能性もある。
授業でも人の懐に入るのがうまい先生でもあるからな……。
ミラナ先生はそういうの下手だし、ニコラウス学園長は考えてもいなさそうだ。
「まぁ、ともあれ、これでラーヌさんの用事は終了、ということですね。残るはマリアさん、ジョゼさん、コンラートくん、それにリューくんということになりますが……これだけ問題なさそうな姿を見せられると、二手に分かれも問題なさそうです。教師も三人もいるわけですし、時間節約のために班を分けようと思うのですが……よろしいですか?」
ミラナ先生はそう提案した。
これは僕たちに対して、というのも勿論あるが、学園長先生に対して、というのもあったようだ。
ミラナ先生の視線は学園長先生の方に向いていて、学園長先生はそれに対し深く黙考したからだ。
だが、そこまで悩んだ、という感じもなさそうで、数秒の後、学園長先生は言った。
「ふむ、まぁ、構わんじゃろう。わしはただの見学じゃから、ミラナ先生とノルブ先生がそれぞれの班を見る形になるが、それで良いな?」
「ええ……では、私はリュー君とコンラート君の二人を見ますので、ノルブ先生はマリアさん、ラーヌさん、ジョゼさんの三人をお願いできますか? 事前の申請を見る限り、より危険度の高いのはリュー君たちでしたので……専門の召喚士でなければ少し怖いのです」
ミラナ先生がそう、ノルブ先生にそうだんすると、ノルブ先生は頷いて答えた。
「確かにそうだな。いいだろう。マリアたちはすでに用事を一つ終えているわけだし、残りはそれほどでもないからな……マリア、ラーヌ、ジョゼ。君たちはそれで構わないな?」
聞き方がすでに断定的で、断りずらかったからだろう。
マリアたちは若干、不満そうながらも、
「……それで構いませんわ」
「ええ」
「勿論です!」
とそれぞれ頷いた。
希望を言えるのであればミラナ先生の方に頼みたかったのだろう。
やはり、召喚士としてはミラナ先生の実力が上だろうし、魔術師としても上であろうことはある程度の力を持っていれば察せられる。
加えて、女生徒の指導は女性に、というのもあるだろうな。
ラーヌとジョゼについては、そんな感覚が強そうだ。
というのも、ミラナ先生に対する侮りの視線がこの二人には見えるからだ。
対してマリアは女帝などと言われていても、その実力は確かなのか、ミラナ先生に対する若干の畏敬のようなものが感じられる。
つまり、ノルブ先生よりミラナ先生の方が実力が上で、彼女の授業を受けたい、と考えていることが分かる。
ただ、今回はそのようなものではなく、目的はあくまでも契約する召喚獣の捕獲である。
そのことを考えれば、ノルブ先生でも決して実力不足と言うことはないだろう。
よっぽどの大物を相手にするというのなら話は異なるだろうが、そのようなものはこの学園の一年生が挑めるようなものではなく、これから女性陣がそのようなものに相対する予定もないのだろう。
もちろん、僕らにもないのだが、ミラナ先生が言ったとおり、少しばかり厄介な相手に挑むことは間違いない。
ミラナ先生がいてくれた方が、助かることも。
「……コンラート君、リュー君。二人も私が引率することに文句はありませんね?」
むしろ、文句など言わせる気はない、という圧力を感じさせつつそんなことを言ったミラナ先生に、僕とコンラートは情けなく頷いて答えた。
「はい、勿論です……」
「え、ええ……」
「よし、では皆さん、それぞれの目的地に参りましょうか。集合は一応、二時間後にここで、ということにしておきましょう」
今皆でいるこの場所は、開けたところで、目印に出来そうな木々や地形も多く、分かりやすいところだった。
だからミラナ先生は言ったのだろう。
正門までは流石に遠すぎるし、他方の班に何かがあって来れなくなったとき、助けに行けるのが遅くなる。
僕やコンラートのような生徒ならともかく、ミラナ先生のような魔術師がいるなら、できるだけ早く救援できるように考えておいた方がいいのは当然だ。
「ああ、では、また二時間後に」
ノルブ先生がそう言って、女性陣を引き連れて山の奥へと向かっていく。
「……学園長先生は行かれないのですか?」
いやそうな顔でミラナ先生が尋ねたので、学園長先生はひげを伸ばしながら言った。
「わしとしてはこちらの方が面白そうなのでのう。君たちについていくことにするよ。何か問題でもあるかのう?」
飄々と、と言ったら良いのか、いけしゃあしゃあと言ったら良いのか。
とにかく図太い態度でそう言った学園長先生に、ミラナ先生は深いため息を吐き、
「……お好きにどうぞ。ですが、毎年言っていますけれど特に面白いことはありませんよ?」
「いやいや、中々に面白いことはありそうじゃぞ……。ま、何もおこらないのなら、その方が良いかもしれんが。おっと、コンラート、リュー、行こうではないか」
まったく何も気にした様子のない学園長先生に、僕たちも呆れながら改めて道を進み始めたのだった。




