第32話 契約の仕方
「さて、まず一番最初は……ラーヌさんの召喚獣捕獲からですね」
ミラナ先生が全員にそう言った。
エテマ山に着いたらあとはご勝手にとばかりに皆自由に行動して良いよ、と言われたら僕とコンラートとしたらありがたかったのだが、ざんねんながらそう話はうまくいかない。
まぁ、これはこれで悪くはない。
他人の召喚獣捕獲、そして契約の瞬間を見れる機会は少ない。
通常であれば召喚術士は自分がどんな召喚獣を従えているかすら他人には完全に秘密にすることも少なくないのだ。
だからこそ、これは得がたい機会だった。
「……わたくし、あまり他人に自分が契約する召喚獣を公開したくないのですけど……」
当然のごとく、ラーヌの方からもそんな苦情が出るが、
「気持ちは理解できますが、こればかりはどうしようもありませんね。直接召喚で契約する皆さんは全て、クラスメイト達に契約の瞬間を見られているわけですし、その辺りの公平性は保たれていると思って諦めて下さい。学園の卒業生達、その同級生達の絆をご存じかも知れませんが、それはこういったある種の弱みをお互いに知っているからなのです。それはマイナスにも働きますが、プラスに働くことも少なくありません。うまく利用することを考えた方が有用ですよ?」
と、ミラナ先生から意外と生臭いアドバイスが送られて、ラーヌも諦めたようだった。
小さく頷き、彼女の求める召喚獣の居場所へと移動することになる。
◆◇◆◇◆
いわゆる風鷲という魔物は山間の、特に谷深い場所を住処とし、年に一度の子育てもそこで行うことで知られている。
能力としては風属性魔術を操ることでも有名であり、近づけば風弾やら風盾と言った魔術を無詠唱で放ってくるため、空からの攻撃に慣れていない者にとってはそれなりに強敵である。
加えて、住処においては群れを形成して、近づけば襲ってくる数は群れの何割にも及ぶため、一対一で戦うということにはまずならず、したがってよほど実力に自信がなければ風鷲の住処には近づくべきではない。
けれど、今回僕たちはそこに向かっている。
それは、ラーヌが目的としている魔物が、風鷲に他ならないためだ。
「……なんで風鷲なんだ?」
コンラートが首を傾げながら僕に尋ねてきたので、僕は予想される理由を説明する。
「やっぱり便利だから、だろうね」
「飛竜の方が便利だろ?」
「確かにそれはそうなんだけど……飛竜となると、大きさが違うだろう? 風鷲なら羽を広げても二メートルほどだけど、飛龍は四メートル五メートルを優に超えることは珍しくないからね」
「あぁ……隠密性を考えると風鷲の方がおすすめってことか?」
「それはあるだろうね。加えて、単純な従えやすさもあるだろう。飛竜は風鷲より強く、プライドの高い生き物だ。ぶっつけ本番で契約を求めて従えられる可能性はそれほど高くない。でも風鷲はやり方によっては確実に従えることが出来るから……」
「やり方……」
「そうだよ……ほら、ラーヌ達はその方法をどうやら知っているみたいだね」
見てみれば、女性陣は風鷲から可能な限り姿を隠しつつ、風鷲を模した模型をどこかから取り出し、そこに魔力を注ぎ始めた。
「あれは?」
コンラートの疑問に僕はいう。
「あれは、いわゆる囮ってやつさ。あれを本物と誤認させて、風鷲を引き寄せるんだ……風鷲は縄張り意識の強い魔物でね。他の群れの風鷲が来たことを確認した場合、その群れの偵察役の風鷲が襲いかかってくるんだよ」
「へぇ……」
見ていると、やはり女性陣の用意した囮にしばらくして風鷲が襲いかかってきた。
女性陣は囮の風鷲をうまく操り、徐々に群れのある谷から距離を取っていき、近づいてきた風鷲を孤立させていく。
そして完全に風鷲が群れから離れ、助けを呼べない距離に至ったところで、マリア嬢が魔術を唱え、盾の魔術によって広めの檻を作り、風鷲を閉じ込めた。
「マリアさま、援護、ありがとうございます!」
ラーヌがそう言うと、マリアは、
「……気にすることはないわ。それよりも早く契約を」
と答える。
当然だろう。
彼女たちは風鷲を檻に閉じ込めて捕獲しに来たわけではなく、召喚獣として契約しに来たのだから。
ラーヌも尊大ではあるにしても決して無能な生徒、というわけではないようで、マリアがそう言った直後に呪文を唱え、地面に契約陣を描き、風鷲との契約を開始した。
僕から見ると、契約陣の描き方に問題がある部分も感じないではないし、そもそも風鷲自体もう少し選別すべきだと思ったが、そこまで求めるのは酷だろう。
そもそもこういう捕獲において、まともに魔物を捉えることが出来ずに終わることも珍しくなく、しっかりと役割分担をしてそれを成功させたラーヌ達はむしろ賞賛すべきである。
マリアの形成した檻の中で、それを破壊すべく暴れ回る風鷲。
しかしラーヌはその風鷲に対し、召喚陣を使って連絡回路を繋げていく。
召喚陣から光の糸のようなものが伸び、それが風鷲に接続していくのだ。
幾本もの光の糸が風鷲につながると、ラーヌは集中して願い始める。
「……私と契約を……」
それは召喚獣と契約する際の、《合一の祈り》というものだ。
召喚士と召喚獣は、契約が完遂されると起源を一つのものとする。
そうなると、たとえば召喚士が召喚獣を召喚し、けれども召喚獣が消滅した場合であっても、しばらくの期間をおいた後、召喚獣は復活することが出来るのだ。
これが、召喚獣にとって大きなメリットとなる、召喚士との命の共有である。
しかしながら、反対に召喚士が命を落とし場合、召喚獣また命を落とすことになる。
そのため、これは諸刃の剣であり、だからこそ強力な存在ほど器の大きな召喚士としか契約を結ぶことはない。
さて、今回の場合どうなるか、と思ってみていると……。
「……ありがとう。わたくしと、共に歩んでくれるのね」
しばらく目を瞑って祈っていたラーヌの目が開き、そして風鷲と目が合った。
どうやら対話は完了したらしい。
それと同時に、地面に広がっていた召喚陣は光り輝き、ラーヌと風鷲を包み込んだ。
まぶしい光が辺り一帯を覆って……。
しばらくすると、その場には、肩に風鷲をのせるラーヌが立っていたのだった。
「マリアさま。契約できましたわ!」
ラーヌはそんな喜びの声を上げ、マリアはそれを静かな微笑みで見て、
「良かったわね」
そう言っていたのだった。




