第3話 少年の扱いについて
「ようこそ、いらっしゃいました。リュー殿、クレード殿」
そう言って執務室で僕たちを出迎えたのは、このヘリオス王立魔術学園の学園長を務める老人、ニコラウス・エルフウッドだった。
その容姿はいかにも昔ながらの魔術師然としたもので、長く白い顎鬚に、体全体を覆うローブ、一体どのようにバランスを保っているのか首を傾げたくなるくらいに長いとんがり帽子に、オーク材を使った古めかしい杖などなど、およそ魔術師、というものを想像させたときに即座に頭に浮かぶようなものである。
ただ、その表情は何かを企んでいるかのような悪い魔術師のそれではなく、飄々として明るく、優しげな笑顔だ。
近年減りつつあると言われる、《善き魔術師》を体現するような彼の様子に、僕は若干毒気を抜かれながら相対する。
「いえ、こちらこそリュー様の入学を受け入れてくださったこと、深く感謝申し上げます。通常の時期でしたらともかく、すでに入学試験も終わった後になど、無理を申し上げまして……」
クレードがニコラウス学園長と握手しながら、そう言った。
事実、僕は正規の入学試験は受けていない。
なにせ、祖父が唐突に僕に命令したことであり、そのときにはすでに正規の入学試験は終わっていたのだから。
しかし、だからと言って何も試験を受けずに入学が決まった、というわけでもなかった。
ニコラウスはこれについて言う。
「いえいえ、リュー殿にはしっかりと実力を示していただきましたからな。しかも、時期がずれているため、正規の試験よりも数倍難しい試験を受けたうえで。それなのに、まさかあのような得点を取られて……。こちらとしてはむしろ優秀な学生を受け入れられたことに感謝いたしますぞ」
そう。
僕は一応、試験を受けていた。
その内容は筆記と実技であり、両方とも僕の本国において、この国から出張してきた学園の教授が監督を務める形で受けたのだが、それに合格しているのだ。
もちろん、正規の試験よりも後の時期に受けたということもあり、試験内容は少し難しいものではあったが、王立魔術学園は優秀な生徒を集めることをその目的としていることから、無理やり落としたりするようなものではなかった。
普通に受けて、入学に足りる実力が十分にあると証明されれば、問題なく合格出来るものであり、実際僕はこれに合格したわけである。
「優秀かどうかは分かりませんが……入学できた以上、精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします」
僕も、ニコラウス学園長と握手して、そう言った。
猫は、被れるのだ。いや、被らないとならない。
いくらこの入学が気の進まないものであると言っても、それは僕一人の事情に過ぎない。
ヘリオス王立魔術学園は、僕にとっては不本意な学校だが、それでもこの国においては名門であるし、国際的にもそのように見られているのは事実だ。
多くの入学希望者が毎年いて、それなりに落とされている中、こんな横入りのような形で僕が入ってしまったことに罪悪感のようなものもないではなかった。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ニコラウス学園長は、
「そうしていただけると嬉しいですな。それと……我が校の校風についてはすでにご存じかと思いますが、他国からの留学生となると、色々と難しい場面もあるかもしれませぬ。そのようなときには、私に言っていただければ対応いたしますので胸に留めておいてくだされ」
そう言った。
この学園の校風とは、つまり、貴族主義的な部分についてだろう。
一応、学園内では身分の貴賤は問わないとされており、言葉遣いや振る舞いなど、“外”で必要とされるもの一切について免除されるものとされている。
しかし、現実的には、“外”に出た後……つまりは卒業後のことを考えて、高位貴族に対して媚びを売る者や、下位の者に対して“外”の権力をかさに着て、居丈高に振る舞うものも少なくない。
ヘリオス王国内の人間ですら、そう言った身分差からくる問題に頭を抱えているのだから、留学生である僕も厳しい状況に置かれる可能性は決して低くない。
だから、何か起こったら、もしくは起こる前に学園長に報告すれば便宜を図ってくれる、と言ってくれているわけだ。
これは必ずしも善意だけでなく、僕と、というか僕の祖父のことを重く見てのことだろうことは明らかだった。
そもそも、僕がここに入れたのも、学園長などという人物にこうしてじきじきに出迎えられているのも、すべては祖父の権威に基づくものである。
けれど、僕は……。
もはや、祖父からは見捨てられたのだ。
だからそのようなことはする意味はない。
それに正直なところ、そういうことも含めて、何もかもどうでもいい、というのが本音だった。
この学園で、おかしな貴族に絡まれて、どうなろうとも、もう僕のことを考えてくれる人などいないのだし、僕を必要とする人もいないのだ。
だったら、どうでもいいだろうと。
だから、僕は学園長に言った。
「――いえ、僕は本国における身分については捨てて、ここに来たつもりですから。それに、何か問題が起こったとしても、学生として、経験を積む機会だと思ってまず、自ら解決のために行動したいと思います」
実際、僕の身分はもうあってないようなものだし、問題が起きたところで僕以外の誰かが損をするということもない。
そう思っての台詞だった。
しかし、学園長は目を見開いて感心したように言うのだ。
「なるほど、そうですか……。やはり、あの方のお孫様となりますと、違いますな。最近の我が校の学生たちにも貴方様の爪の垢を煎じて呑ませてやりたいくらいですが……」
「いえ……」
学園長の台詞に何とも言えずに僕が首を振ると、クレードが話を変えて学園長に言う。
「ところで、リュー様のこの学園での扱いについてですが……」
「おっと、そうですな。お名前の方は、事前に取り決めておいた通り、リュー・アマポーラ、ということでよろしいですかな?」
「ええ。それと教師や生徒たちにはこの方のことは……」
「もちろん、出自については秘密としておきます。あくまで、低位貴族の留学生、ということに……」
それからしばらく、僕の学園での扱いの話がなされ、大まかなことの確認が終わると、事務的な書類にいくつかのサインをして、僕の入学手続きが終わった。
クレードはそれら全てが終わると同時に、馬車に乗って本国に戻っていった。
僕はそれを見送ったあと、僕は学園長に自室へと案内されることになった。
王立魔術学園は、全員が寮に寄宿するタイプの学園であり、毎日が勉強漬けとなる大変厳しいカリキュラムを採用している。
家から通っていてはだめだ、というわけだ。
「それでは参りましょうか」
学園長がそう言って歩き出そうとしたので、僕は彼に言う。
「……その言葉遣いも、出来ればやめていただけますか」
学園長に敬語で話しかけられる生徒、というのもおかしな話だ。
色々疑われる可能性がある。
そう思っての言葉で、学園長も、なるほど確かにそうだ、という顔をして返答した。
「おっと、そうでしたな……ふむ。では、参ろうか、リュー。お主の部屋は、こっちじゃ」
言葉遣いの変わった学園長に、喋り方まで物語の魔術師のようだ、と一瞬笑いが出たのは秘密である。
それに……。
祖父にも少しだけ似ていて、なんだか心が慰められた。




