第25話 契約出来る魔物
「はい、その君……ええと、確か、この間新しく入ったリュー君でしたね。何か分からないところでも?」
ミラナ先生がそう言って僕を指名したので、頷いて質問した。
「はい。もしかしたらすでにみんな知っていることかも知れませんが、僕は今日が初めてなのでちょっと……もしご迷惑でしたら後でも良いのですが」
「とりあえず、言ってみて下さい」
「ではお言葉に甘えて。今日は直接召喚によって契約する召喚獣を呼び出すと言うことですが、直接召喚でなく野生の魔物や動物を従えたい場合にはどうすればいいのでしょう? それらは生息地に赴かなければ従えることが出来ないと思うのですが……」
「あぁ、なるほど。それについてはまだ皆にも説明していません。ちょうどいいのでここで説明しましょうか」
ミラナ先生はそう言って、僕では無く全体に対して語り始めた。
「召喚獣を従える方法には直接召喚によって呼び出し契約する直接召喚式と、野生の魔物や動物を従える対面契約式とがあることはみんなすでに学んだことだと思います。先日から主に授業で行っているのは直接召喚式で、対面契約式については後でやるという話でしたね。それで、その細かい方法についてはまだ説明していせんでした。ただ、これについてはやり方は一つしかありません。契約したい存在に直接探して対面し、契約する。これだけです。ですのでそれらの生息地に出向く必要があります」
「迷宮では駄目なのですか?」
ミラナ先生の説明に、一人の生徒が疑問を感じたらしくそう言った。
「良い質問です。確かに学園敷地内には学習のために確保された迷宮が存在しますし、そこでは当然魔物が出現します。それらを従えられれば比較的簡単に召喚獣を確保できる、と誰であっても考えます。しかし、それは難しいのです」
「何故でしょうか?」
「迷宮の多くの魔物は人に従わないから、というのが端的な答えになるでしょう。これは実際にやってみればすぐに理解できるところなのですが、そうでないと分かりにくいかも知れません。たとえば、でいいますと……君の従えているスライム、それは迷宮にもいるし、また通常の自然環境にも存在する魔物ですね?」
スライムを従える一人の生徒に話しかけるミラナ先生。
「はい。僕は直接召喚で従えたものですが……」
「まぁ、そこは今は問題ではないので良いでしょう……ともあれ、どこにでもいる。それでそのスライムを対面契約式で契約しようとした場合、森や山にいるものであれば好物をあたえるとか、戦闘を行って屈服させるとかの方法を行った後に、魔力を注いで、魔方陣を描き契約することになりますね?」
「はい」
「問題は、その好物を与えるとか屈服させるとかのところにあります。自然環境にいる魔物は、通常の動物と同様の思考能力や論理性を持っています。中にはゴブリンのように自らの文明すら築くものもいる……ですが、迷宮の魔物はそれらとは明らかに異なる。彼らが持っているのは、迷宮に侵入してきた存在をとにかく攻撃する、これだけです。好物を与えようが、死ぬ直前まで屈服させようが、侵入者の命を狙うことを止めようとしない。それが迷宮の魔物なのです」
これは迷宮に入ったことのある者なら皆、理解できる話だが、この場にいる生徒達の多くは息を呑んでいた。
おそらく、まだ入ったことが無い者が多いのだろう。
学園では迷宮を攻略する授業もあるという話だったので、すでに皆、経験済みかと思っていたが……。
そう考えていると、ミラナ先生が図らずも説明してくれた。
「迷宮の攻略は一月後から開始されますので、皆さんはまだそういった実感がないでしょうが、入れば分かります。そして、そういう魔物を従えるのが不可能だと言うことも、理解できるでしょう。ですから、迷宮の魔物を従えるのは難しい、ということです」
話の意味は理解した。
しかし、彼女の説明はこれでは不十分だろう。
誰かに突っ込まれるのを待っているような雰囲気を感じたが、迷宮の魔物の話の方に皆、衝撃を受けていて彼女の物欲しそうな欲求に応えるとは思えなかったので、僕がその役を担うことにする。
手をゆっくりと上げると、比較的、冷たげだった顔がわずかに綻んで僕を見た。
そうすると見た目通り幼さが際立つが、すぐに引っ込めてからミラナ先生は僕を指名する。
「……リュー君。何か疑問でも?」
「はい……ミラナ先生の話によると、迷宮の魔物を従えるのは難しい、ということでした」
「その通りですね」
「でも、不可能とはおっしゃいませんでした。方法はある、ということですか?」
「良い質問です。よく話を聞いていましたね」
「いえ……」
「では、それについても説明しましょう。先ほど、私は迷宮の魔物は外の魔物とは性質が明らかに違う、と言いました。確かにそれは概ね正しい。ですが、一部、そうではない魔物もいます」
質問しておいてなんだが、僕はこれを知っている。
すでに迷宮を利用したことがあるからだ。
質問したのは、ミラナ先生が物欲しそうだったから、それに尽きる……というのは冗談だとして、誰かが聞かなければ話が進まなそうだったから。
僕はこれで気が利く。
なんて言ったら色んなところから笑われそうだが。
特にクレードなんか「何あほうなこと言ってるんですか」とか言いそうだ。
ミラナ先生は続ける。
「そういった魔物は迷宮において、異相個体とか奇矯個体とか言われるものになります。自然環境で発生する魔物についても特別なものはユニークとか特殊個体、特異個体と言いますが、それと似たような名称の付け方ですね。ただ、内実は大きく異なりますので、そこのところは覚えておいて下さい」
真面目そうな生徒が手に持ったメモ帳にミラナ先生の話を書き留めていた。
僕は知っている話なので問題ないのだが、何も書かない人々は試験などのとき平気なのだろうかと思ったりする。
まぁ僕が心配することじゃないか。
「異相個体、奇矯個体は迷宮の外の魔物と同じように、動物としての思考や知性を持っています。ですので……対面契約が出来ます。こういった魔物については、私たち召喚術士は《話が通じる》と言います。ただし、迷宮で話が通じる魔物に出会える確率というのはかなり低い。ですから、迷宮の魔物と契約するのは難しい、とそういう話でした。ご理解いただけましたか?」
そう言ったミラナ先生の言葉に多くの生徒達が頷いた。




