第22話 修行
「……おい。本当にこれで強くなれんのか……?」
頭の上にはてなマークがいくつも出てきそうな表情でコンラートが魔術訓練場の端でそう呟いた。
僕は彼に向かって言う。
「まぁ、もちろん……」
「もちろん?」
「それだけじゃ駄目だけど」
「駄目なのかよっ!」
綺麗な突っ込みを見せてくれたコンラートであるが、しかしそれでも声だけであり、体の方は微動だにしない。
意識して動かないというより、動けないのだろう。
といっても、彼は今、端から見ればただ突っ立っているようにしか見えないのだが、やっていることは結構きつい。
何をしているかと言えば、体の中にある魔力を外に放出しているのである。
しかも、一定量をずっと維持しながら。
体内魔力の放出はいっぱしの魔術師ならば誰でも出来ることで、それこそ一つでも魔術を覚えた者ならそれこそ子供でも出来るものだ。
ただし、多く者はほとんど意識しないことだが、これを長時間やるのは実はかなり大変なのである。
なんというかな……手にそこまで重くはないものの、多少重いと感じるくらいの重しを持ったまま腕を決して下げずに水平に保ち続ける感じに似ている。
大体のものは初めてやれば長くて数分でもう無理だ、と思うだろう。
魔力の放出についても同じで、どれだけ大量の魔力を保有しているものであっても、初めは苦戦する。
これに関しては才能のようなものはなく、ひたすらに修練した時間だけが能力を伸ばすことにつながる。
それを今、僕はコンラートにやらせているのだ。
「……これだけじゃ駄目なのに、俺は一体何でやらせられてるんだ……?」
コンラートは首を傾げて言うが、それはむしろ俺の台詞である。
呆れて僕はコンラートに言う。
「説明したじゃ無いか。身体強化魔術は、魔術師としての持久力が求められる魔術なんだ。属性魔術なんかはいわゆる瞬発力の方が重要だと言われるのと反対だね」
「っていうけどよ……これで本当に持久力なんてつくのか? 俺も第一階梯魔術なら身体強化系は使えるけど、もって数分だ。それがこれで伸びるって……?」
「僕が信じられないかい?」
「いや、そうは言わねぇけどよ……もし本当にこれでそれが伸ばせるなら、もの凄い良い修行じゃねぇか。なんで知られてないんだと思ってよ」
「それは簡単だ。危険だからだよ」
「は?」
「一歩間違えると君は干からびる。そして死ぬ」
「死……っ!? お、おいっ! 俺を殺す気だったのかお前!?」
「まさか。最後まで聞きなよ……確かに、一歩間違えたら死ぬのは事実だ。でもそれは適切な監督者がいない場合だよ」
「っていうと?」
「自分一人でこれを行えば、限界が分からずに体内魔力を使い切ってしまい、それにすらも気づかずに命を魔力に変えて使い続ける羽目になる。結果的に干からびて死んでしまうわけだね」
「そういう意味か……。でも、別に一人でやろうが気づくだろう? 魔力枯渇くらい……」
「属性魔術なんかを使って魔力枯渇になった場合には、人はそれに容易に気づく。けどね、今君が放出しているくらいのわずかな魔力を放出し続けた場合、これが意外と気づかないんだ……大した量じゃ無いからね。まだいける、まだいける、と無意識に思ってしまうわけだね」
「その結果、命まで魔力に変えちまう、と……やべぇ話だな」
「そう、やばい。だからこそ、この修行は修行者と監督者が二人一組で行わなければならない。相手の魔力を常に感知し、魔力枯渇の状態に無いか、見続けなければ……。もちろん、信頼できる相手でなければ駄目だね。コンラート、君は僕を信頼できる?」
「……爽やかな笑顔でそう言われるとなんとも言えねぇぜ……。ま、今日この場でお前が俺を殺す意味も理由も無いし、そういう意味では信用してやるさ。だから頼むぜ、リュー」
「あぁ、分かった……と言っても、もうそろそろ限界っぽいけどね。あと一分経ったら放出を止めた方がいい。そうでなければ本当に干からびるよ」
「うえっ!? マジかよ……! まだ全然余裕があるぜ!?」
「そこがこの修行の怖いところってわけだ。僕も初めてやったときは同じような感覚に陥ったよ。まぁ、仮に命を魔力に変えてもすぐに死ぬとか、寿命が極端に縮む、とかいうわけじゃないんだけど……一歩間違えれば死ぬのは間違いないからね……はい、ストップ」
「……お、おう……ふぅ。止めたぜ……お……!?」
魔力の放出を止めた瞬間、コンラートはふらり、と足をぐらつかせた。
そして地面にそのまま倒れ込みそうになったが、僕がすぐに近づき、彼の肩を抱える。
「ほら。魔力枯渇一歩手前だろう?」
「あ、ああ……びびったぜ。放出してるときは平気だったんだけどな……?」
「不思議だよね。理由は色々言われてて、そこまで限界まで魔力を放出する状況になるのは、古代、人が限界まで追い詰められた時以外に他ならないから、限界を超えても動けるように血に刻まれている、なんて説があるよ。確かに、古い時代、魔術なんて確立されていなかった頃に、ただ感覚だけで魔術的現象を扱っていた人々がそこまでやらなければならないときって、よっぽど強大な魔物や敵が目の前にいて対抗せざるを得ないときだけだろうからね……。僕らの祖先の記憶が、限界を超えても立ち上がる力をくれるっていうのは浪漫のある考え方だと思うよ」
「へぇ……リュー。お前も結構そういう感覚あるんだな。てっきり、もっと冷めてるもんだと思ってたぜ」
コンラートが意外そうに僕に言った。
そう言いたくなる気持ちは理解できる。
「確かに僕は無感動に見えがちみたいだからね……でも、歴史や伝説は好きだよ。そういう物語も、小さな頃からたくさん読んできた。やっぱり、今の僕たちは昔の人たちが頑張ってきてくれたから存在できているんだからね。魔術の技術一つとってもそうさ。それを確立して、進歩させてきた人たちがいなければ、僕らは今も森の中で魔物の恐怖に震えながら裸で暮らしていたのかも知れない」
「確かにな……。俺も才能ないない言ってる場合じゃねぇな。しっかり修行して、強力な魔術師になるぜ。そして魔物から人間を守るんだ」
「へぇ、コンラートも意外と熱いのかな?」
「意外とってなんだよ。どっからどう見ても熱血漢だろ?」
「うーん……かなり明るいし、熱血漢と言われればそうかなという気もしなくも無いけど……どこか冷めているところがあるからね。そういうところが、僕は落ち着くのかも知れない」
「……見てないようで見てるな、リュー」
「君こそね」
そんなことをお互いに言い合い、そしてふっと笑い合った僕たちだった。




