第21話 魔術の才能
さらりと言ったコンラートであったが、これは極めて珍しい話だ。
なぜといって、属性具現化魔法というものは、全てを使えると言うことこそ極めて稀であるものの、何かしら一つ、自分の適性のある属性については必ず具現化することが可能なものだからだ。
そしてそれを基準に第二階梯、第三階梯へと進んでいく。
大抵の魔術師が第四階梯魔術へ至るか至らないか、というところで足踏みをし、諦めるかどうかで悩むものだが、少なくとも一般的にはそこまでは至れるものだ。
それなのに……。
コンラートは苦々しい表情で告白する。
「俺のうちも、それなりに裕福な家庭でな。貴族としても子爵位は持っているわけで、子供にそれなりの魔術師としての能力があることは期待されたさ。もちろん、貴族同士で子供を作っても、また貴族と有望な魔術師との間で子供を作っても、絶対に魔術師が生まれるわけじゃないが……俺の父は当然、貴族で、母はそれこそ宮廷魔術師でな。十を超えた段階で受けた適性検査で、魔力があるって分かった時点で相当期待された。でも……」
その先に続く言葉は僕にも予想できないわけも無い。
次いで言った。
「君には、一般的な適性が、無かったんだね」
「そうさ。普通ならあるはずの各属性魔術に対する適性が、ほぼゼロだった。魔力量は一般的に十分な量があると分かったのに、俺には属性魔術が……使える可能性はほぼないだろうって、そう言われちまったのさ。両親のがっかりようは半端じゃなかったよ。母は、魔術師だったが、特に貴族ではなくて、俺の父との縁に期待してたらしいけど、俺みたいなのが生まれちゃあな。いい畑じゃねぇってんで、放逐されちまった……」
「会ったことは?」
「小さな頃は……何度かあった記憶はある。まだ救いはあるがな……でも、今はどこにいるのかも全然わかんねぇ……どうしたら分かるんだろうな。悩んで……まぁ、俺が魔術師として名を上げりゃ、分かるかも知れねぇって思ったことはあるが、さっきも言ったように俺の才能は属性魔術にはねぇんだ。どうしたらいいのか……」
属性魔術が使える、というのは魔術師として重要な才能だ。
それは全ての魔術の基本であり、強力な魔術師しはそれらのうち、複数を大抵、修めているものだからである。
それなのにそれら全てに適性が無いというのは……。
なるほど、あまり重要視されない人間になってしまうというのも分かる。
しかしだ。
これについては少しばかり僕の国では異なる。
概ね、属性魔術の適正について、重要と考える思考はそれほど大きくは間違っていない。
けれど決してそれだけが全てでは無い、という考え方が広まってしばらく立つ。
一般にまでは広がっていないものの、軍部や官僚の間にはかなり広まりつつある。
それというのも、属性魔術とは関係ない部分で、国家にとって重要な才能の存在というのが確認されたからだ。
それはたとえば、身体強化魔術などだ。
何故といって、それらは属性魔術との関係において、効力の減衰が少ない。
それでも長い間、価値を認められてこなかったのは、魔術理論の進展が少なく、効力も属性魔術と比べてかなり低かったからだ。
けれど、それを問題視した魔術師達が新たな魔術理論を組み上げ、効力の上昇を実現している。
全ての魔術についてではないけれど、それでも属性魔術以外にも十分な可能性があることが示されつつあるのだ。
だからこそ、属性魔術絶対論というのは少しずつ古い考えとなってきているのである。
ただ、コンラートの話しぶりを聞くに、属性魔術絶対論はヘリオスにおいては未だに強いところがありそうだ。
この考え方について、まず訂正すべきだと思って、僕は言う。
「……コンラート」
「なんだよ?」
「属性魔術が一番だなんて、そんな考え方は古いよ」
「……あ?」
「確かに属性魔術は重要だよ。様々な現象を魔術によって起こすにあたり、基礎となる技術であるのは間違いじゃない。でも……決して最強というわけでも、それだけが大事だというわけでもないんだ。少なくとも僕の国では、それが証明されつつある」
「どういう意味だよ……?」
「たとえば……単純な身体強化があるよね」
「あぁ」
「属性魔術にもそれはある。火精強化とか、水精強化とか」
それらは、それぞれの精霊に呼びかけて、自らの身体能力や属性耐性などを上昇さえる魔術だ。
これらによって確かに身体能力うや防御力が上昇する。
けれども……。
「それがどうしたんだ?」
首を傾げるコンラートに僕は言う。
「そういった強化魔術は……確かに十分な意味があるんだけど、実際のところ、少しばかり魔力が無駄になったりするんだよ」
「……え?」
「火精強化では、力と防御を上げるけど、同時に火への耐性も上げる。でも火に対する耐性なんていらないときにはそれは無駄じゃ無いか? 水精強化も同じで……水に対する強化なんて……どれだけ必要なんだろう? 少なくとも普通の平場で決闘するとき、そんなものはいらないだろう。単純な攻撃力と防御力だけ上げられれば良い」
「確かにそうだが……」
「それを実現できるのが、無属性魔術だ。でも、これって以外と適性の多い人は少なくてね……属性魔術一辺倒、って人は、使えなかったりするんだよ……」
実際には適性の問題と言うよりも、長年、属性魔術のみにどっぷりつかると感覚が分からなくなって使えなくなる、というのが真実らしい。
無属性魔術は無属性であるが為に、誰でも本来使えるものなのだ。
だが、僕の本国の当家によれば、属性魔術のみに傾倒したものは、それに適性が無く無属性魔術のみを身につけてきたものよりもおよそ三倍ほどの差をつけていることが分かっている。
そこからすると、コンラートには無属性魔術の才能がある、と言って問題ないはずだった。
「つまり……俺は、属性魔術が大して使えないから、強力な無属性魔術を使える可能性がある……?」
「そういうことさ。僕は本国の方針で、無属性魔術についても属性魔術と同様に訓練すべしと言う理念のもと、修行してきている。コンラート。君にやる気があるのなら、君にもそれを教えて行こうと思っているんだけど……君はきっと、かなり強力な無属性魔術師になるはずだ。どうかな?」
僕がそう言うと、コンラートが強く頷いて、
「そんな可能性があるのなら、是非に頼みたいぜ……でも、お前の国の守秘義務とか、そういうのは大丈夫なのか?」
と心配してくれた。
中々いい友人だが、気にすることはない。
僕は頷いて答える。
「問題ないよ。じゃあ、これから君には無属性魔術を中心に教えていくこととしよう。よろしくね」
「むしろ俺の方が頼むぜ……リュー。よろしくな!」




