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悪役令嬢とストーカー  作者: 丘/丘野 優
第一章 少年と令嬢
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第2話 とある国の少年

 ――そもそも。


 そう、そもそも、僕はもともと全く乗り気ではなかった。


 何について?


 それはもちろん、ヘリオス王国、などという田舎国家にある王立魔術学園、などと言う場所に行くことについて。


 なぜなら、ヘリオス王国はよく言えば昔ながらの建物や伝統の残る、非常に歴史の長い国だと言えるが、悪く言えば、現在ではすっかり実力を失ってしまった癖に自らの歴史の長さや昔ながらの古今の法などを持ち出して自分たちが権威の上では上位にある、という顔をしているところのある現実を見ない国であるためだ。


 そんな国に僕が行くことに一体いかなる意味があるというのか。

 疑問に思うことは別におかしくはないだろう。


 どうせ行くのならば、魔術を学ぶのであれば、ルーナ・プレーナ魔導帝国などの魔導先進国などがよかったし、他の実学を極めるのであれば学術都市レンティアを要する自由都市同盟ランザーでも良かった。

 それなのに、よりによってなぜ、ヘリオス王国なのだろう。

 

 確かに、昔は隆盛を誇った国家だ。

 多くの神話の舞台は太陽の出るところと言われたヘリオス王国であるし、未だに解析できていない古代文明の遺構も数多くある。

 そういったことについて興味があり、研究を進めたいというのであれば悪い環境ではなく、むしろ選んでもいいという話になるだろう。


 けれど、僕は学生の身分で王立魔術学園に入るのだ。

 学者や研究者としてやってくるわけではない以上、そう言った貴重な遺跡などを見る機会などほとんどないと思って間違いない。

 となると、僕は王立魔術学園で貴重な時間を非常に低レベルな授業に費やす羽目になってしまうではないか。


 断じて、そんなことは認められるわけがなかった。


 だから、僕はこのことを知ったとき、その決定をした祖父に、直談判した。


「お祖父さま! これは一体どういうことですか。僕が……なぜ、あのような田舎国家に」


 正直、当時の僕は若干、うぬぼれていたと言っていい。


 周囲から期待され、それに見合う実力も才能も持っていると思っていた。

 このまままっすぐに進んでいけば、望む通りのところに辿り着ける。

 そう思って疑っていなかったのだ。


 それなのに、ある日、急に田舎国家の学園への入学命令を言い渡されたのである。

 祖父がこのような仕打ちをするのは、僕を見捨てようとしているためではないかと酷く不安な気持ちになるのも、無理はないだろう。

 直談判したくなったのもおかしくはない。


 しかしそんな僕に、祖父は言ったのだ。


「……リュー。歴史ある国家に対して、その言い方はないじゃろう。それに、決まったことは決まったことじゃ。粛々と決定には従い、学園生活を満喫してきなさい」


 そんな風に。

 その台詞は、今にして思えば祖父の気遣いだったのだろうが、当時の僕にはこう聞こえた。


 国際関係を考慮した言葉遣いもまともに身に付けていないお前はお払い箱だ、今後はただの学生として好き勝手生きるといい。


 よく考えればそんなことを祖父が言う訳がないのだが、当時の僕はそれだけ祖父に依存していたところがあった。

 そんな祖父に見捨てられた、と思った僕は、どうしようもない気持ちになって、そのまま絶句し、それからとぼとぼと祖父の執務室を出て、自室に戻り、出発の日まで魂が抜けたように過ごした。


 当時の僕に、もう少し根性があれば行先が変わった可能性はある。

 また、もう少し賢ければ、好きなところへと行けるように頼むことも出来たはずだ。


 たとえば、自分はこの学問を学びたいからこちらに行きたいのだと情熱をもって直談判する、とかすれば。

 けれど、あのとき、僕はただ、田舎だから行きたくないと言っていた。

 今にして思うと本当にただの我儘で、恐ろしく子供だったのだと言わざるを得ない。

 甘やかされすぎていたな、と深く思うのだ。


 だから祖父と遠く離れたところで、一からやり直す必要が僕にはあった。


 誰も、助言も援助もしない土地で、自分一人で何もかもをやるしかないところで、自分を見つめなおす必要が。


 しかし、あのときの僕にそんなことが分かるわけもなく、出発の日には本当に生気の感じられない幽鬼のような顔つきで荷物を馬車に積んでいたことだろう。

 それだけショックだったわけだが、親元を離れて学園で一人で生活するというだけなのに大げさな話だったと、思い出すのも恥ずかしいことだと今は思う。


 ◇◆◇◆◇


「……リュー様。学園が見えてまいりましたよ」


 そう言って窓から顔を出したのは、僕が小さいころから世話係をしてきた男、クレードだった。

 と言っても、僕の五つほど上なだけであるのは、僕が小さなころに遊び相手としてまず引き合わされ、実際に幼馴染として育ってきたからだ。

 今では立派に主従関係があるように話しているが、その本質的なところは友達だろう。


 そんな彼がついてきているのは、祖父から僕を学園まで送り届けるように言われたからだ。

 別に彼が学園内で僕の世話をしてくれるわけではなく、彼は僕を送り届け、事務的なことを終えたらそのまま祖父のところまで帰る予定である。


 祖父がわざわざクレードをつけてくれたことも、僕はもっとよく考えるべきだった、と思う。

 なにせ、クレードは暇ではない。

 僕の世話係、と言っても、このときの彼の仕事の大半は祖父の補佐が占めていた。

 そんな人物を僕につけて見送りをさせたのは、やはり祖父が僕のことを心配だったからに決まっている。


 それなのに僕はそのことに全く目を向けないというか、向ける気力もなく、ただ抜け殻のように馬車に揺られていたのだから阿呆だと思わずにはいられない。


「……ヘリオスの王立魔術学園なんて、行きたくない……」


 口から魂が出そうな顔でそんなことを言った僕を、クレードは笑い、


「そんなことおっしゃらずに。確かにここだけの話、ヘリオスはちょっと田舎かもしれませんが、王立魔術学園は結構な名門として名が通っているじゃないですか」


「……名門? ヘリオスの出身者で色天魔術師の称号を持っている者がどれだけいるというんだ。学園の教師の質も期待できない……僕は、僕はもうだめだ……」


「リュー様は学園に期待しすぎですから……色天魔術師の称号持ちが教鞭をとってるところなんて他の国でもないんで。ただ、大魔術師でしたら何人か称号持ちがいらっしゃったはずですよ。学ぶところもありますって」


「……大魔術師か……」


 まぁ、それくらいの教師がいるなら……。

 と少し持ち直してきた僕に、クレードはさらに言う。


「それに、ほら。やっぱり伝統国家の貴族御用達の学園ですから、楚々としたご令嬢も通っておられると聞きますよ。やっぱり最近の先進諸国だと色々開放的になりすぎて、そう言った女性は減りつつありますから……。悪いとは言いませんが、やっぱり、お姫様って憧れませんか?」


「それはどうでもいい」


 すっぱり言い切った僕に、クレードは苦笑して、


「リュー様は昔っからそういうことには一切興味ないんですねぇ……まぁ、いいでしょう。おっ、到着しましたよ」


 馬車が一度停車し、ぎぎぎ、と門が開く音がした。

 これから学園の敷地内に入っていくわけだ。

 

 令嬢はどうでもいいが、大魔術師の講義にはそこそこに興味のあった僕は、学園の敷地内に進む馬車の中で、落ち込みまくった心を少しだけ上に向けたのだった。

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