第19話 とある少女の回想3
その日から、私とマリアさまはその庭園で様々な話を何度もした。
本来なら、身分から考えて私などがマリアさまとこんな風に、親しげに声を交わすことなど出来るはずもないのに、マリアさまはそのようなことを気にしたそぶりもなく、いつも微笑みを浮かべて私の話を聞いてくれた。
それに、マリアさまも色々な話をしてくれて……。
それは先日のような他国の政治や経済の話もあれば、文化や自然の話などもあった。
たとえば……。
「あら、ジョゼ。ここに珍しい花があるわ。さっき私が話したものよ。ついこの間まではなかったのに……」
マリアさまが立ち上がり、庭園の中、目立たない位置を示した。
私も同じように立ち上がり、マリア様の後ろからそこを見ると、確かにそこには一輪の、淡い赤色をした花が咲いていた。
「……本当ですね。竜召花、でしたっけ」
「そうそう。ドラゴン・コーリングとも呼ばれる危険な花だということよ。ただ、ヘリオスにはせいぜい、亜竜しか住んでいないから気にすることもないのでしょうけど……西のアルアトリ王国ではこの花の群生地を見かけたらすぐに引き返すようにとも」
「その名の通り、竜を呼ぶと……でも、そういうことならうまく使えば竜をおびき寄せて狩ることも出来そうですね」
竜は素材の宝庫と言われる存在だ。
魔物の中でも最も強大なものの一つだが、まともに挑んだところでどんな勇士であろうともそうそう勝利することは出来ない。
倒すにはそれこそ伝説に語られるような騎士が、十分な準備を重ねた上で奇跡に祈らなければならないような相手だ。
その理由は、竜自身の強さが一番だが、それ以上に彼らがいつどこで、どんな形で現れるのか全く予想が出来ないことにもある。
空から急襲される可能性はどんなところであってもありうるし、もし倒せそうなところまで傷つけても飛んで逃げられては終わりだ。
しかし、この竜召花があれば、その点についてかなり限定しうる。
つまり、竜狩りを比較的安全に出来る可能性があるのではないか、と私は思ったのだ。
けれど、そんな私の言葉にマリアさまはおっしゃる。
「竜は、おびきよせて罠にかけたからといって容易に倒せるという存在ではないわ……。この竜召花の本来の生息地でも、これを使って竜を呼び寄せようとする者の愚かさを伝える民話がいくつも残っているの。だから、ジョゼ。あなたもそんなことは考えない方がいいわ」
その言葉に、私は自分が恥ずかしくなる。
こんな、誰でも思いつくようなことを他の誰かがやっていないわけがないし、それでも竜には挑むなと言われているのは、それが無意味なことだったとすでに歴史が証明しているからだと簡単に理解できるのに。
マリアさまに失望されないか、私は恐ろしくなった。
「も、申し訳ないです……私……」
しかしそんな私にマリアさまはおっしゃる。
「謝ることなんて無いじゃない。竜が簡単に狩れるなら、それはそれでいいことよ。そのための方策を考えるのは問題ないわ。ただ、竜にも善竜と悪竜がいるから……善い竜まで倒してしまうのは駄目ね」
善竜とは、地域の魔物や生き物を主として治め、自然の流れを整える調停者だと言われる。
反対に悪竜とは宝物を愛し、人に仇なす破壊者だ。
物語で倒される竜は、いつでも後者の悪竜である。
もちろん、私も善竜を倒すべきとは思わない。
彼らを倒してしまえば、何が起こるか分からないからだ。
一番危険なもので、魔物の大量発生や、魔力異常の発生などがある。
それは人にとって容易に命を奪われる大災害だ。
私がそのことを理解し、マリアさまに頷いたのを見て、マリアさまは微笑みを深くし、それから花の方に再度向き直る。
「それにしても……竜召花は美しいわね。これから暑くなるけれど、それに比例するように花の色は濃くなると言うわ。流石に夏場にここに来る気にはなれないけど、その頃が最も美しいのでしょうね……」
マリアさまが呟いた言葉に、私はふと思いつきで、
「でしたら、鉢植えにしてお部屋に飾られてはいかがでしょうか? それで色が濃くなっていくかは分からないですけど、竜召花がどういった花なのか、詳しいことは図書室の本などに載っているかも知れませんし……」
そんなことを言っていた。
しかし、これも先ほどと同じで愚かな提案かも知れない、と思って徐々に私の声は小さくなっていった。
これこそ、マリアさまに思いつかないはずが無い、くだらない思いつきだと……。
そうであったら、今度こそ嫌われてしまうのでは無いかと……。
けれど、マリア様は明るい声で言う。
「まぁ、ジョゼ。それは素敵な思いつきね。私も竜召花については大まかな性質しか知らないから、細かな育て方については考えてもみなかったわ。図書室に関連書籍があるかどうかは……分からないけれど、調べてみる価値はありそうね」
「でしたら、それは私が。もし図書室に資料がない場合でも、ちょっと考えがあるんです」
「あら、それはどんな?」
「実は、学園の園丁とは知り合いで……ここも、大まかにではあったんですけど、その人に教えてもらったんです。だから、花についても詳しいはずなので……竜召花も、頼めば分けてくれるかも知れません」
「そうなの! では、申し訳ないけど、お願いしてもいいかしら? 私も一緒に園丁の方に頼みに行きたいところなのだけど……急に私が一緒に行っても、驚かれてしまうでしょう? だから……」
困ったようにそういうマリアさまに、私はなるほど確かに、と理解する。
同じ学園生徒である私でも、マリアさまがこのように接しやすい、素敵な性質を持った方だとはこうしてお話しするまで一度も思ったことがなかった。
もっと貴族主義的で、平民を……というか、王家以外のすべてについて、自らより下に置かれている方だと勘違いしていたのだ。
園丁がマリアさまに何かを頼まれたところで、それはもうただの命令にしか聞こえないことだろう。
けれどマリアさまがそんなことを望んでいないことは私にも分かる。
だから私は頷いて答えた。
「大丈夫です! 本当に昔からの知り合いなので……私一人でも」
「聞いていいことか分からないけれど、どういったお知り合いなのかしら?」
「幼なじみなんです。私の父は商人をしているのですが、植物商人とも交流があって、そこのお孫さんで……」
園丁の父親はその祖父と共に商人をしているが、若い頃は植物に多く触れ、性質や育て方をよく知るべき、という教育方針らしく、そのためこの学園で園丁の仕事をしているということだった。
学園で再会したときは驚いたけど、この庭園の存在を教えてくれた。
場所は自分で探せということだったけど、こうして見つけられたので良かったと思っている。
「だったら、安心ね。でも、もしも何かあったら私に言うのよ?」
マリアさまが私の心配をして、そんなことを言ってくれたので、私は嬉しくなる。
だけど、本当にそんな心配は要らないのだ。
私はマリアさまに言った。
「大丈夫です。竜召花の鉢植え、楽しみにしておいてくださいね」