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悪役令嬢とストーカー  作者: 丘/丘野 優
第一章 少年と令嬢
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第18話 とある少女の回想2

 マリア・ディリーノ。


 その名を知らぬ学園生はただの一人たりともいないことだろう。


 彼女は今年入学した新入生だが、一年生は言わずもがな、二年生も、三年生ですらも彼女の名前は頭に入っている。


 それは、彼女がディリーノ公爵家というこのヘリオス王国の屋台骨を支える貴族家の姫であるからであり、そして同時にヘリオス王国の第一王子の婚約者でもあるからである。


 この学園においては身分に基づく区別はいかなる場合においても意味を持たないとされていて、一見それは徹底されているようだが、実際のところは見せかけに過ぎない。


 というのは、この学園内でいかに身分に関係ない付き合いを生徒同士でしたところで、卒業した後すぐにそれを意識せざるを得ず、そしてそのことは在学中からも念頭に置いて生活するしておくことが賢明だと理解されているからである。


 少なくともこの学園の貴族達は本当に全く身分より解放された生活をしている者は滅多にいないし、いたとしてもそれこそむしろ上位貴族に分類される、元々他人の身分などに頓着する必要が無い地位にいる人々ばかりだ。


 低位貴族などは平民である私ですら気の毒になるくらいに気を遣っている様をよく目撃するし、それは無理からぬことだ、と思う。


 どうしてこの学園の創始者は身分を気にするべからず、などという規則を作ったのか何度となく疑問を感じたが、その答えはもしかしたら誰も持っていないのかも知れなかった。

 


 そんな、静かな階級社会である学園において、マリア・ディリーノは最も上位に位置する女性と言って良い。


 唯一、学園において彼女を凌駕する存在と言えば、第一王子ラファエロ殿下と言うことになるが、彼ですらも逆らいがたいような強烈な雰囲気を彼女は持っている。

 

 そんな彼女に、こんなところで突然話しかけられた私の気持ちと言ったら……。


 森の奥で装甲熊(ブランド・ベア)に遭遇したようなものであって、名前を呼んだきり、なんとも声を発せずに口をぱくぱくとしてしまっても責められるべきではないだろう。


 そんな私にマリアさまはおっしゃる。


「……そんな、餌を欲しがるお魚のような口をして、どうしたの? それに……ほら。貴女、泣いているわ……どうしてそんな悲しいことがあるの?」


 ひどく柔らかな声だった。


 意外だった。


 私が聞いたことのある彼女の声と言えば、周囲に対するひどく威圧的なものや、他人をまるで召使いのように睥睨しながら命令する逆らいがたいような声ばかりだった。


 いずれも、特に従うつもりはなくてもつい、はい、と言いたくなるような強烈な魔力のようなものが込められているようにすら感じられるもので、彼女に何かを言われて逆らっている者など生徒会のメンバー以外にはまず、見ない。


 そんな彼女が、私に優しげな声をかけているのだ。

 一体どういうことかと頭が一瞬フリーズしてもおかしくはないだろう。


 しかし、いつまでも静止している訳にもいかない。


 私は固まりきった頭を必死に動かして、マリアさまに返答した。


「あ、あのっ……わ、私は……その、ちょっと、クラスで悲しいことがあって……」


「あら、そうなの? 一体どんな? わたくしに少し、話してみてごらんなさい……」


 普段なら貴族にこんなことを言われても絶対に、いいえ、と私の性格なら言っていただろう。


 しかしこのときは、マリアさまのあまりの自然な尋ね方に、つい、私は口を開いていたのだった。


「私……私……!」


 そして、立石に水、とはこのことかというくらい、クラスでの私のこと、今まで起こった出来事をすべて、彼女に語り尽くしていたのだった。


「……そう。ジョゼ、貴女、本当に大変だったのね……。でも、ジョゼ。貴女は間違ってはいないわ。学園の理念は、確かに身分による区別を認めていないもの。だから胸を張って良いのよ」


「マリアさま……マリアさまは、その……そう言った考えには、問題を抱かれないのですか?」


「そうね。難しいところだとは思うわ。学園の外で、身分というものは強い力を持っているもの。実際的な意味も、確かにあるから、即座に否定して切り捨てるべきものじゃない。だからこそ、学園内においてもその重要性を知らしめるべきだ、と考えることも、間違いではないと思うの」


「じゃあ……やっぱりマリアさまも……」


 所詮、彼女も貴族であって、我々平民の味方では無いのか。


 そう思ってがっかりした私だった。


 しかしそんな私にマリアさまはおっしゃる。


「そうね……でも、今すぐには無理でも、いつか、貴族と平民の壁が、完全に取り払われる可能性はあると思うわ。現に世界には様々な政体がある。私たちの国のように、貴族と平民という区別が存在せず、全国民が身分上は平等とされている国もね。知っているかしら?」


「そんな国が……」


 私には聞いたことが無かった。

 父が商人であるので、他の生徒達より、それこそその辺の貴族よりも他国の知識には長けている部分があると自負していたのだが、それでも。


 そんな私にマリアさまはおっしゃる。


「この大陸では無くて、海向こうにね。あるらしいの。私の実家の使用人に、船に乗ってそちらからやってきた人がいてね……面白い話を色々と聞かせてくれた。その中に、そんな国の話もあったのよ。遠い国だけど、確かに人が作った国で、そういう形で成り立っている国がある。だから、ヘリオスでもいつかそうならないとは誰にも言えないのではなくて?」


「そうなってくれたら……いいのですけど……あっ、あの、これはマリアさまに不満をのべているわけでは……っ!」


「ふふ……分かっているわよ。私も、貴方たちについて下に見ているわけではなくて、思ったことを言うと、やっぱり人を、生まれで上下に分けてしまうことには違和感を感じるの」


「でしたら……」


「でも、全くの無意味とも思えないわ。考えてみて、ジョゼ。今、この国から誰かが貴族を追放して、新たに国を作り直すとして……そのとき何がどうなるのか」


「そのときは……その誰かがきっとリーダーに立って、その人が指導して、新しい国の形が……」


「そう、それよ。そのリーダーは結局貴族になってしまうのでは無いの?」


「……あっ。でも、その人も貴族に反対していたわけですから、そんなことには……」


「ならないって、絶対に言えるかしら。私、小さな頃、兄弟や親戚の子供たちと色々なゲームをしたことがあるのだけど、そういうとき、だんだんヒートアップして、みんな自分が仕切りたがり始めるのよ。もう、そうなったら収集はつかないわ。誰が仕切るのか、血で血を洗う戦いの始まり……といっても、最後には皆、お父様たちに叱られて、泣いて謝るのだけどね」


 ふふ、と笑うマリアさまが可愛らしい。


 しかし、その内容は示唆に富んでいるように感じた。


「人は……そうやって争って、力を奪い合うもの……?」


「と、思うのよ。だからどうやってそういうことを抑制していくか、が難しいところよね。それが解決できるなら、貴族がいなくても国を維持できるのかも知れないわ……その辺りについては難しいらしくて、海向こうに出自を持つ使用人に尋ねても分からなかったの。いずれ、自分で確認しに行きたいところね」

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