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悪役令嬢とストーカー  作者: 丘/丘野 優
第一章 少年と令嬢
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第17話 とある少女の回想

 私、ジョゼ・リコールがあの方に初めて出会ったのは、入学式からしばらく経ったあと。

 私がクラスで友人を作れず孤立して、学園の隅にある小さな庭園を休み時間の間の住処としていた頃のことだ。

 

 私は平民出身だけど、父が裕福な商人で、しかも女が学を得ることについて前向きな考えを持ってくれている人だったから、小さな頃から学問を出来る環境にあった。

 それに加え、十歳を過ぎた頃に魔力があるかどうか、測定検査を受けることまでさせてくれ、その結果、私には魔術を行使するに足りる魔力量があることも分かった。


 そのお陰で私には王立学園で学ぶ、という選択肢が与えられることになった。

 

 魔術師、という存在はこのヘリオス王国において、最も男女差が少なく出世することができる職業だ。

 宮廷魔術師の中にも何人か女性はいるし、それほど多くはないものの、歴史をひもとけば宮廷魔術師長になった女性もいる。


 それに、もしも学園を卒業してどこにも雇ってもらえなかったとしても、私が魔術師であるということは父の商売にとって役立つことだろうし、実家で働く、という選択肢もある。


 たとえば、水氷系魔術をそれなりに修めておけば、食品の保存のために役立つだろうし、土石系魔術に長けていれば建設などの分野でも役立てることが出来るだろう。


 こういった、魔術を日常生活の中で役立てようという考えはヘリオスではあまり歓迎されていないけれど、他国では魔術をそういった用途で活用することは普通に行われていることを私は知っている。


 父も、もっとヘリオスで魔術がそのような使用法でも使われると良いという話は頻繁にしていたし、私もそう思っている。


 だけど、実際にそれが実現される日はきっと遠いことだろう。

 というのも、この国の貴族というものは魔術の才能や実力があるということを自らが選民であることの証と考えており、したがってその力を人々のために役立てる、という点については疑問に思っているものが多いからだ。


 貴族の青い血の産物が生み出す結果を、なぜ下等な平民に与えなければならないのだと、そう考えている者が少なくない。


 加えて、私のように平民の中からまれに出現する魔術師としての才能を持つ人間については《何かの間違い》とか《悪魔との交わりで生まれた》とか公然と言い放つ者もいたりする。 もしそうであるならば貴族がそもそもそのような間違いで生まれて、それが固定化されただけでは無いかと言いたくなるが、そういう論理的な指摘は彼らには通じないのだ。

 

 なぜそう言えるかと言えば……実際に私はその反論をしたことがあるからだが、その結果として私は孤立してしまった。

 

 どこでか。

 私の所属するクラスで、である。


 私はこの学園に入学して、二組に振り分けられたのだが、そこにいたのは大半が平民に対してよくない感情を持つ貴族の子息ばかりで、反対に平民の数はほんの数人だった。


 だから、クラスで、この学園の理念……学園内においては身分などについては問われること無く、対等に接すべしという考えに基づいて行動した結果、睨まれてしまった、というわけだ。


 私以外の平民は賢かったというか、肩身は狭いと思っていながらも、特段、貴族達にたてつくこと無く静かにしていた結果、私ほど居場所がない感じではない。


 クラスメイトの貴族達の悪感情のほとんどが私に向けられたことも影響しているだろうから、私の行動も無意味というわけではなかったのだろうが……しかしそれでここまで居場所がなくなると困ったものだと思った。


 ただ、私はこの学園に遊びにきたわけではない。

 学びに来たわけで、だからこそ孤立しようと何だろうと別に構わなかった。


 貴族達も私をおかしな異物として見るが、直接的に何か行動に出るようなことは無かったし、私が耐えていれば問題は無かった。


 けれど……そうはいっても、やはり、私もまだ心が子供だったのだろう。

 クラスで誰ともまともに話すことが出来ず、友人もいない状況で、ただ私は正しいのだと思いながら勉強だけ続けるというのは……意外なほど辛かったようだ。


 その日、私はその庭園で一人静かに泣いていた。


 誓って、泣くつもりなど無かったのだ。


 ただ、庭園内に設けられていた椅子に腰掛け、花を見ながらぼんやりとしていただけ。


 それなのに……気づけば目から涙が止まらなかった。

 

 あぁ、私はこんなに辛かったのかと。


 ここでの生活は、ここまで私の心を蝕んでいたのかと。


 そのときにやっと理解した。


 しかしそれが分かったからと言って何をどう出来るわけでもない。

 今日から先、卒業までの三年間、クラスが変わることは無い。

 だからずっと耐えて、魔術師になるために勉学に励み続けなければならないのだ。

 ここでずっと落ち込んでいるわけには行かない。

 足を踏ん張って立ち上がり、貴族達に立ち向かうのだ……。


 そうは思ったものの、授業がもうすぐで始まる時間だというのに、足に力が入らなかった。

 手は振るえ、涙は止まらず……心が満身創痍で。


 あぁ、誰か。


 誰か私を救い出してはくれないか……。


 そう思ったそのとき。


「……貴女、どうしたの?」


 そう、私に声がかけられた。


 私は驚いて顔を上げる。


 というのも、この庭園は本当に隠れ家というか、この学園内でも生徒では私しか存在を知らないのでは無いか、というくらいに辺鄙で目立たない位置にあるからだ。


 ここを見つけるのは容易でなく、それこそどこにも居場所がない人間が、相当な時間を学園の探索にかけてやっと見つかるような、そんなレベルだ。


 それなのに……。



 しかも、更に私を驚かせた事実がある。

 

 それは、顔を上げた先、そこに立っていた人物のあまりの美しさだ。


 私たち平民にはとても望めないような、恐ろしく艶のある髪に、宝石をそのまま嵌め込んだのでは無いかと勘違いしそうなほどに輝く紅玉のような瞳。

 いかなる光にも触れていないかのような、雪よりもなお白い肌に、華奢でいながら出るところは出ている完璧な均整の取れた体。

 女神のよう、とはこの人のことであると一目で感じた。

 それに、ただ美しいだけでなく、どこかひれ伏したくなるような空気感まで纏っている。

 それでいながら、決して威圧的では無く、包み込むような優しさを感じるのだ……。


 やがて、私はその人の名前を口にした。


「……マリアさま……」

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