第16話 魔術の実力
「……冬の精に従いし冷えた空気よ、凝り、我が敵を貫き通せ……氷槍!」
僕が唱えると同時に、僕の掲げた手のひらの先に白い霧のようなものが発生し、徐々に形を成して、最後には透明な氷の槍となり、僕が狙った的を狙って高速で射出された。
それは部屋に設置された的を容易に貫き、そして割れると同時に細かな傷も刻んで消滅したのだった。
「……ふう」
どうやら魔術は成功したようだ。
このくらいの魔術は僕の中ではかなり容易に放てるもので、本来であれば詠唱も必要ないくらいだが、問題はこの実践を見つめている人物が部屋の外……僕が今いる部屋をのぞけるような形で設置されている窓の外にいるということだろう。
それは誰かと言えば、言わずもがな、僕の同級生であり、かつ友人でもあるコンラートに他ならない。
彼は僕の魔術が終了したのを見るやいなや、部屋に入ってきて、僕に話しかける。
「リュー! 見たぜ!」
その興奮した様子に、僕は魔術の加減を間違えていないことを察する。
概ね、僕が使った魔術は第二階梯に属するもので、この王立学園の卒業生であるならば普通に使用することが可能なレベルのものだが、制度や威力には大きな違いが出るものである。
どんな魔術でもそうだが、工夫と努力によって出せる威力には違いがあり、それは時として階梯を異にする魔術以上の差となるのである。
といっても、今使ったものはそれほどの差が学園卒業生との間には出ないよう、十分に配慮してのものだったが、それでもコンラートからすれば十分なものだったのだろう。
その証拠にコンラートは言う。
「魔術が得意って話、実際のところ、俺は半信半疑だったが……こうして見せられるとやっぱり違いが分かるぜ。これだけの威力、精度を一年で編入してすぐに出せるってのは……とんでもねぇな」
「そうなのかな?」
僕は首を傾げる。
なぜといって、僕が本国で共に訓練してきた者たちであれば、ほとんど同じくらいのことが出来るからだ。
僕は確かにその中でもトップクラスではあったものの、ダントツで一番だった、というわけでもない。
だから少し不安なものを感じた。
ただ、今日振り分けられたクラス、三組に所属する者たちの魔力を見るに、本国における僕の知人達ほどの実力はないだろう、ということは察せられた。
では具体的にどのくらいか、と言われると迷うところだが、一応、おおむね今使った魔術、氷槍を一般的な威力で放てれば彼らの上にあると理解してもらえるくらいでは無いか、と思ったのだ。
実際、コンラートはそのような感覚のようで、
「もちろんだぜ!」
と言った。
さらにコンラートは続けて、
「これだけの魔術は卒業生でなきゃ、容易には放てねぇだろうな。まぁ威力だけなら可能性はあるだろうが、安定性、精密性を考えると……リューは一発で的の中心を射貫いてるし、威力も強すぎず弱すぎず、適切なものを出してる。しかも、見るにお前、ほとんど消耗していないだろう?」
コンラートは魔術自体では無く、僕の披露の方に注目してそう言った。
これにぎくりとし、何と返答したものか一瞬迷った僕だった。
けれど、下手に言い訳染みたことを言ったところでコンラートはきっと見抜くだろう。
それよりも、正直なことを正直に、しかし曖昧に言うことで僕のはっきりとした実力の露見は避けられるだろうと思い、そのようなことを言う。
「確かに、まだまだ余裕はあるかな。これならあと一万発は撃てるよ?」
「流石にそりゃ、無理だろうが……。しかし、これくらいのを放っても余裕があるってなると……お前、学園を卒業したら魔術兵の口も十分にあるな。結構な奴が、これだけのを撃ったらしばらく使い物にならなかったりするぜ」
魔術兵、というのはどこの国でも採用する、魔術を主な武器として使用する兵士であり、当然ながら魔術を使えることをその資格とする。
主に後方から強力な攻撃魔術を前方に向けて放つことを仕事とし、遠距離攻撃は彼らの十八番だとされる。
一般的には火の玉や矢を放って相手に打撃を与えるが、一部の者は巨大な火の槍や、竜巻を放って通常では考えられないほどの大打撃を敵に与え、英雄として扱われることもある。
つまり、魔術兵、というのは国家機関における出世のためのかなり有利なルートだ、ということになるが、僕が果たしてそれを目指すのかと言われると、まぁ、否だ、ということになるだろう。
「あんまり命の危険にさらされるような仕事にスカウトされても困るなぁ……最近のヘリオスじゃ、そういう者は使い捨てに近いって聞いたことがあるよ?」
僕もヘリオスにはそこまで詳しくは無いが、軍事的な知識は必要にかられて普通以上に仕入れており、それによれば、魔術兵は確かに強力ではあるが、魔力が尽きたらそれまでの存在であるという。
加えて、魔術兵というものはある程度の休憩をとれば魔力が回復し、再度戦線に復帰できる存在であり、それなりに酷使したとしても大きな疲労はないと言われることも多い。
しかしこれは結構横暴な言い分で、たとえ魔術師であろうとも身体的疲労はともかく、精神的疲労は大きく、魔力尽きるまで何発でも魔術を放てるというものではない。
ただ、そういった扱いに憤慨して魔術兵を選ばない、と頑固に考える者より、むしろそうと扱われると分かっていながら、なろうとする者の方が多いため、質のあまりよくない魔術師が量産されているという話もある。
「確かにそういう扱いを受ける奴らもいるらしいな。だが、ここは腐っても学園だ。卒業生をそういう風に扱ったら連絡が行って、二度と誰も派遣してもらえなくなる。隠れてやられりゃ分からないとこは確かにあるんだが……基本的にはしっかりやってると考えて問題ないんだよ」
「へぇ。意外に卒業生の結束は強い……のかな? マリア嬢を見る限り、貴族主義的でそういう能力を糊口を凌ぐために使う人には冷淡な人々が多いのかも知れないと思っていたが、見直す必要がありそうだね」
「あいつを俺たちの代表にすんなよな……まぁ、ああいう部分がゼロとは言わねぇが、それなりに節度を守った頑張ってるんだぜ、俺たちは」