第14話 時季外れの新入生
「……それではこれよりヘリオス歴七百二十五年度、第五回定例朝礼を始める」
拡声用魔導具を伝って、生徒会長アラン・バローの声が会場全体に響く。
その声は非常に耳心地良く、またはっきりと聞こえ、なるほど確かに彼は生徒会長という役割に似つかわしい資質を持っているのだろうと察せられた。
まぁ、コンラートから見ればこの完璧さこそが怪しい、ということだったが、僕は僕に対して何か実害が発生しない限りは、何か彼に問題が本当にあったのだとしても気にはならない。
そして僕はこの学園で目立つ気はないのだから、彼から眼をつけられると言うことも無いだろう。
二つ年下の後輩、しかも総合順位二十七位の生徒に気を配るほど生徒会長という仕事は暇ではあるまい。
ちなみに、先ほどまでのマリア嬢を巡る一連の騒動についてだが、もうすでに生徒達は落ち着き、何事もなかったかのように定例朝会は始まった。
マリア自身もすでに戻ってきて、何食わぬ顔で生徒会役員達が陣取っている、教員たちの後ろに立っている。
もちろん、身につけているドレスは先ほどまでのそれとは全く異なるデザインのもので、しかも汚れ一つ無い完璧なものだ。
意外なのはさほど時間をかけずに彼女が戻ってきたことだろうか。
貴婦人の着替えというのはそれこそ何時間もかかることは珍しくないものだが、彼女はほんの十数分ほどで戻ってきている。
本来の定例朝礼が始まる時間からも五分ほどしか遅れておらず、その意味では常識を知っているのかも知れなかった。
それか、あまりにも遅れてしまっては、それを理由に何かしら糾弾される材料を誰かに与えるかも知れないと危惧してのことかもしれないが。
……後者の方がありえそうだな、と思ってしまう辺り、僕の彼女に対する印象はあまりよくないと言えるだろう。
定例朝礼は恙なく進み、今月の生徒会予算の振り分けや、先月の執行について、また導入される新たな制度などの説明が行われた。
いずれもさほど気になるような点は無く、僕は薄ぼんやりと聞いていた。
しかし……。
「それでは……次に、今月、新たに我々の仲間となる新入生について紹介する。本来であれば入学試験は半年も前に終わっていて、このようなイレギュラーな入学は滅多に無いのだが……学園長がおっしゃるには、我が校に入学するに十分な成績を示した秀才だということだ。彼の名はリュー・アマポーラ。リラント王国出身で、国際交流という側面もある。どうかみんな、仲良くするように」
アランが随分と大層な紹介をしてくれたため、立ち上がって軽く頭を下げた僕に対する貴族子女たちの視線は一瞬、熱いものを帯びた。
その視線はまさに、婚約者候補として有望な人間が入ったことに対する期待だったのだろう。
しかし、僕が他国出身であり、国際交流という特殊事情によって入ることになった、という点が耳に入ると、その瞬間彼らの視線に籠もっていた力は霧散した。
安心して僕が着席すると、
「……現金なもんだねぇ。国際交流のためだから、下駄を履かせて無理に入学したんだろうって思われたな、リュー」
ぼそりとそう、コンラートが言った。
その意味を尋ねれば、
「別に今年に限った話じゃねぇ。こういう時期に入るのは珍しいが、普通の入試で他国出身の奴が下駄を履かせて入学させられることは毎年、普通にあるからな。いわゆる政治判断というか……別に悪いことしてるわけじゃねぇんだぜ。他国の文化や感覚を、そういう生徒を少し入れることによって生徒達に学ばせようっていう教育的な意味があるらしいからな。だが、まともに試験を受けて入った生徒達からすりゃ、そんな奴らはなんというかな、見下げ果てた奴らだって、そう見られるわけだ。正々堂々、試験に通ってないってな」
「なるほどね……ま、僕は気にしないけど。確かにそういう部分もあるだろうしね」
実際、僕の入学は僕の祖父の力によって半ば無理矢理通されたに等しいものだ。
下駄も、確かに履かせられている。反対の意味だけど。
そして、僕にとって他の生徒に、大したことない奴だ、と見られることは必ずしも損ではない。
あんまり目立ちたくない、と考えている僕にとって、むしろ好都合だと言える。
まぁ、ここを卒業するまでに就職先はしっかりと見つけておかなければならないから、あまり無能だと思われるのも困るが、入学した今の段階だとそういう扱いでも構わないだろう。 あくまでも就職が問題になってくる時期に、まぁ……大体、半分より上くらいの能力はある、と見てもらえればなんとかなるはずだ……。
「お前、気にしておけよ。俺はお前を《優秀な貴公子》として宣伝してるんだからな。そのお前が大したことない奴扱いされたら、俺の情報能力にも疑問が生じるだろ?」
コンラートが僕の台詞にそう文句を言ったので、僕は笑って言う。
「そうはならないように、適度に頑張ってみることにするよ……魔術関連についてはしっかりとやるつもりだから、もしもさらに何か流すつもりなら、そういう方向でお願いしたいね」
「お、やる気がないわけじゃねぇんだな。ちょっと安心したぜ……しかし、お前の魔術の実力ってどんなもんなのか、一回見てみてぇな。じゃないとあんまり大げさに言って間違い扱いされるのも勘弁だしよ。明日か明後日、放課後辺りに見せてくれねぇか?」
「別に構わないけど、場所は?」
「研究棟にいくつか開放されてる魔術実践室がある。生徒でも事前に申請すりゃ借りられるから、問題ないならそこでどうだ? まぁ、規模の大きめなのを見せてくれるってんなら、闘技場でも構わねぇが、あそこは人目があるからな……お前がそれでも問題ないってんなら、そっちでもいいぜ」
コンラートは一見、大雑把で適当そうだが、こういうところの気の遣い方に本質が出ているような気がする。
僕があんまり実力を大っぴらにしたくない、と思っていることを敏感に察知し、考えて提案してくれているのだ。
僕はコンラートの言葉に頷き、
「そういうことなら、魔術実践室の方が良いかな。僕ら二人だけで、一室借りられるってことでいいかい?」
「あぁ。そっちは誰かに見られる心配はほとんどねぇ。まぁ、出入り口の扉に窓がついてるからそこから覗かれることはあるだろうが、そこに暗幕でもかけりゃ問題ないだろ。じゃ、明日、借りておくぜ。そういうことでよろしくな」