第12話 生徒会
正直なところを言えば。
僕と彼女の始まりの出会いは、決していいものではなかった。
むしろ、最悪、と言った方が正しいと思う。
というのは、僕は彼女の美しさを外面的な部分でしか理解しようとしなかったし、彼女自身も、自らの美点を僕に詳らかにしようとは決してしなかったからだ。
それはどういう意味かというと……。
◆◇◆◇◆
「……お、ついに来たぜ」
隣に腰掛けるコンラートがそう呟いた。
それと同時に、式典会場最後方に控える音楽隊が楽器を構えて演奏をしだした。
何者かが、この会場に現れるのだろうとそれで知れる。
しかもこんな音楽と共に登場するのだ。
よっぽどの重要人物なのだろうとは僕でも理解することが出来た。
実際、その直後、現れた人物達はぱっと見でも十分に見栄えのする人々であった。
式典会場入り口から、ゆっくりと数人の人物達が中に入ってくる……。
「一番前の金髪碧眼の奴は……この学園の生徒会、その会長である、アラン・バローだな。今は、三年生で……バロー公爵家の長男で、見た目通りの優男だ。男女問わず優しく振る舞う人物で、学園の誰からも好かれて評価されてる……が、俺から言わせるとな。ちょっと怪しい」
コンラートが渋面でそう言ったので、僕は首を傾げて尋ねる。
「怪しいってどういうことさ?」
「完璧すぎてな……。どんなに完璧に見える人間でも、普通、どこかしらに欠点があるもんだぜ。何も大層な話じゃ無い。朝起きるのが苦手、でもいいし、部屋が以外と片付いていないでもいい。でもな。あのアランにはそういうところが一切無いのさ。これって俺みたいな人間から見れば相当怪しいんだよな……本当は隠してる裏の顔があるんじゃねぇかって疑っちまう」
「それは考えすぎなんじゃ……」
世の中には完璧にしか見えないような人間というのは普通にいる。
確かにそういう者たちは外面からするとどう見てもどこにも欠点がなさそうに思えるが、実際のところはそうではない。
仲が深くなれば、たとえばずぼらなところや、以外と適当だったりする部分が見えてくるものであるう。
コンラートもアランと深い仲になっていないからこそ、そういう部分が見えていないだけではないのか。
そう僕が尋ねればコンラートは少し考えてから言う。
「……まぁ、確かにそうかもしれねぇがな。とりあえず、今のところの印象はそんな感じなんだ。実際に他に何か情報が仕入れられるまで、あいつの印象は保留ってところだな」
実に頑固な話だ。
まぁ、学園一の事情通を自負する彼からしてみれば、何も弱みが掴めそうも無い人間というのは認めがたいかも知れない。
「……二番目に進んできた奴。あっちならまだ分かりやすいな。ラルフだ。ラルフ・モーラー。この国における現騎士団長の子息で、ラルフ自身も相当な剣術を修めてる。あいつは一年生で、俺も武術の授業で模擬戦をしたことがあるが、確かにかなりの腕をしてたぜ。まぁ、ちょっと自信家過ぎるところがどうなんだろうなって思うが、素直でまっすぐとも言える性格をしてる」
翻って、こっちの人物の評価は高いようだ。
赤髪緑眼の少年で、髪は長髪であり、背中で一つにまとめられている。
かなりの腕をもった剣術家、ということで邪魔になりそうなものだが、それくらいのことはハンデにもならないということだろうか。
無造作に髪を背中に垂らしている姿に力みは感じられなかった。
コンラートが模擬戦で戦ったことがある、ということが彼自身の実力はまだはっきりとは見れていないのでどれほどの強さなのかは判断がつかない。
ただ、コンラートの身のこなしを見るに、あれは武術に活用できるとすれば十分にいっぱしの戦士レベルである。
それを容易に凌ぐというのであれば、ラルフの実力も一般騎士のレベルは凌駕している可能性が高そうであった。
「コンラートはその模擬戦で負けたの?」
僕がそう尋ねればコンラートは、
「……まぁ、引き分けだな。といっても、俺は最初から最後まで逃げの一手で挑んだが。最後にはギャラリーからも、そしてラルフ本人からも正々堂々戦えって文句を言われたぜ。だから、俺の負けなのかもな」
そう言った。
しかし、これは僕の感覚からすれば異なる。
「コンラートは最後までラルフに致命傷を与えられずに模擬戦を終えたんでしょう?」
「まぁな」
「それなら、やっぱり素直に引き分けだよ。実戦で正々堂々戦わなかったから引き分けになったとか……ましてや負けたなって言っても誰も評価しない。そういう結果になったのは、正しく実力を見極めて戦った戦士がいたからに過ぎない」
もちろん、これはラルフでは無く、コンラートのことを言っている。
思いもかけない褒め言葉を意外に思ったらしく、コンラートは首を横に振って、
「……よせよ。俺はただ逃げただけさ……おっと、三人目が入ってくるぜ。あいつは……ユレルミ・ペルヌだな。ペルヌ伯爵家の長男で……強力な魔力を持っている、つまりは魔術師だ。今年入った一年生ながら、すでに第三階梯魔術もいくつか修めているって話だぜ。当たり前だが、魔術の授業じゃ、俺はあいつには近づかねぇ……まぁ、特別クラスだから滅多に会うこともねぇんだが、ラルフのときみたいにたまに授業場所が被ることがあるからな。武術ならまだいいが、魔術で戦っても俺はまず勝てねぇ。そんな奴だ」
緑髪長身のその青年は、どこか大人びていて、眼にも知性の輝きが見え、なるほど強力な魔術師だと言われれば納得の行く気配をしていた。
実際、感じ取れる魔力の大きさは結構なもので、この王立学園を卒業したての魔術師程度なら数人が今すぐ襲いかかってきても問題ないのでは無いか、というほどである。
魔術が苦手、というコンラートが戦いたくないというのは理解できる話だった。
といっても、僕がそうなのかと言われると……そうとも言い切れないが。
少なくとも戦って即座に負けるとは思えない。
まぁ、魔術師という存在は誰しも秘密の切り札を一つや二つ持っているもので、単純な魔力量だけでは強い弱いを比較しにくいところはあるが、やはり絶対的な魔力の量というのは実力を測るもっとも基本的な手段である。
そこからすると……まぁ、そのうち実際に見えてみたいものだ、と僕は思ったのだった。