第10話 お風呂
「……まぁ、とりあえずはこんなところかな」
一通り王立学園の敷地内を歩き回り、大まかではあるが建物や施設の位置関係や大きさなどを把握して、僕はとりあえずの満足を得た。
もちろん、完璧ではないし、これからここで生活しながらもっと詳細に把握していなければならないが、それはたった一日で出来ることではないことは、この学園の敷地の広大さを見れば明らかだ。
主要な施設でさえ、校舎建物が四棟、寮建物三棟に、体術武術の訓練のために使われる闘技場施設や、魔術の実践を行うための研究棟などなど、上げていけばキリがない。
少しずつ覚えていくしか無いだろう。
期間は幸い、二年半もあるわけだし、徐々にで問題ない。
だから今日のところはこれで十分、というわけだ。
僕はそう思って、この学園で生活する期間、拠点となる寮建物に戻ったのだった。
◆◇◆◇◆
「……似合っているだろうか」
次の日、寮の与えられた部屋の中で、鏡を見ながら僕はそう呟いた。
鏡の中に映っている姿は、王立学園において生徒が着用を義務づけられている制服を身に纏っている僕である。
近年、西方の国々で多く導入され始めているブレザーにスラックスという基本的なものであり、誰にでも問題なく着られるようにデザインされているものだが、やはり初めて着るものというのは似合っているかどうか不安になる。
本国にいたときはこういう場合、しっかりと客観的に見て評価してくれる使用人達がいたわけであるが、残念ながら学園において僕はそのような存在を侍らしてはいない。
誰も評価してくれないため、僕は自らを自分で評価しなければならないというわけだ。
それによれば……。
「そんなに悪い感じはしない、かな……」
そんな気がする。
まぁ、似合っていようがいまいが、この学園にいるときは基本的にこれを身に纏っていなければならない。
放課後や闇曜日と光曜日などは自由な服装でいて構わないそうだが、それ以外はずっとこれになる。
もちろん、数着の着替えが届けられており、部屋のクローゼットの中に並んでいるため毎日同じものを着る心配は無い。
洗濯は本来、貴族であればそれこそ使用人に行わせるわけだが、僕の場合は自前でなんとかするしかない。
まぁ、それについては第一階梯魔術の中に洗濯と乾燥というのがあるのでなんとかなる。
かなりマニアックというか、一般には広がっていない魔術であるために修めている者は少ないが、僕は第一階梯魔術は全て修めている。
これを使えば服の洗濯・乾燥など数秒で終わる高性能な魔術だ。
にもかかわらず広まっていないのは、第一階梯魔術のくせにかなりの熟練と繊細な力加減が必要であるからで、失敗すれば衣服がボロボロに裂けたり、砂と化してしまったりするためである。
もちろん、僕はそんなへまなどしないから大丈夫だ……。
さて、服装も落ち着いたし、今日必要な荷物も持った。
そろそろ校舎に向かおうか……。
そう思ったところで、
――コンコン。
と、部屋の扉が叩かれた。
誰か訪問者、ということらしい。
意外なことに僕は驚くが、扉の向こうに向かって一応尋ねてみる。
「……誰ですか?」
すると、
「あ、その声はリューだろ。やっぱりここで良かったか。俺だよ、コンラートだ。今日は一緒に行くって約束したろう?」
そんな声が返ってきた。
なるほど、僕がここに来て知り合った人間と言ったら知れている。
しかも今日、この時間にこんな風に尋ねてくる人間なんてそれこそ彼くらいしかおるまい。
僕は扉を開き、コンラートを部屋の中に迎えた。
「……良くここが分かったね? 一応、待ち合わせは昨日会った中庭だったと思ってたんだけど」
僕はコンラートに部屋の位置まで教えていなかった。
にもかかわらずここに来れたと言うことは、彼が独自に情報を仕入れて辿り着いたことに他ならない。
どうやってやったのか、気になった。
これにコンラートは、
「寮の中でこの部屋だけが空いてるってのはリューが来る前から知っていたからな。他の部屋も二人部屋を一人で使っているとか、そういう奴らはいるんだが……リューみたいな奴が同居人になったら絶対に言いふらすからな。そういう噂が聞こえてこない時点で、多分、ここを与えられたんだろうと思ったんだよ……で、やっぱり正解ってわけだ」
「なるほど。ご明察だね……しかし学園長も、二人部屋を一人で使っている人がいるなら、それこそ僕をそっちに入れてくれても良かったのに。こんな広い部屋を与えられても正直、扱いに困るよ」
部屋を見渡しながら僕がそう言うと、コンラートも同意した。
「確かにすげぇな。普通の部屋の五倍はあるぜ、ここ。うわ、風呂もついてるのか……全魔術式か……微妙だな」
「あぁ、それね。それは結構気に入ったよ」
これがなければ僕は寮の一階に存在する大浴場まで行かなければならないことになっていただろうが、知り合いがいるならともかく、まだほとんど誰とも顔を合わせていない状況でそういういきなり誰かと裸の付き合いをする気にはなれなかった。
だから部屋に風呂が設えられていて本当に助かったのだ。
これにコンラートは眼を見開いて、
「お前……これ使ったのか。かなりの魔力持ってかれただろ?」
そう言ってきたが、僕としてはそれほどでも無かったので首を横に振った。
「いや、そうでもなかったよ。まぁ、全部にずっと魔力込め続けてたら大変だろうけど、そこのところはコツだよ」
「っていうと?」
「たとえば、シャワーは使うときだけ魔力を込める、お風呂も暖めるときだけ込めて維持にはそれほど気を遣わないとか……使い慣れないと分からないコツが結構あるんだ。僕も初めて全魔術式のお風呂を使ったときは倒れそうになったけど、今では慣れたものなんだ」
本国の実家にはまさにこれがあったため、僕は使い方に慣れている。
だからこそ分かることだった。
これを言うと僕の実家の経済力について多少の推測が可能になるが、子爵程度の家であればあってもおかしくはないものだ。
もちろん、魔力が強い家で無ければ家にこんなものを備え付けようとはしないが、魔術師を多く排出する名家ならばおかしくはない。
コンラートも納得したように頷いて、
「へぇ、なるほどな。魔術が得意って話もあながちでたらめじゃ無かったか。こりゃ、これからの学園での成績に期待が持てるぜ」
そう言って笑った。