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花火の種 

掲載日:2018/04/17

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 おはよう、こー坊。昨日はよく眠れたか?

 ――花火の夢を見た?

 はは、よほど印象強かったか。この辺りの花火大会、こー坊は初めてじゃったかな。

 じじいの友達にも、花火職人をしている奴がおってな、この歳になってもいまだ現役で、火薬とずっとにらめっこしている。

 聞いた話だと、打ち上げ花火は「星」と呼ばれる、まあるい火薬をいかに詰めるかが、大事らしいんじゃ。詳しいことは、秘伝だかなんだかで教えてもらえなかったがの。


 あいつは親父さんが花火師だったこともあり、小さい頃から花火に憧れていた。花火を作ることに恋い焦がれて、こうして夢をかなえているのだから、人生の本懐を果たしている一人と言えよう。

 このじじいも色々なことを望み、作ろうとした。果たせたもの、諦めたものも色々あったが、ばあちゃんと作った家庭こそ人生の最高傑作じゃな。がはは!

 だが、楽しいことばかりじゃあない。もの作りに限った話ではないが、他人に見えないところで重ねる苦労こそ、将来につながる真の「種」となる部分じゃ。

 こー坊の将来のためにも、美しさの影に隠れた、一つの話をしてやろうか。

 

 太平洋戦争が終わって数年。差し止められていた、火薬の消費が許されたことで、今につながる花火たちの研究が進められた。花火は海外に売りに出されるほどの盛況で、このじじいも若い頃は、結婚する前のばあちゃんと二人で河川敷に花火を見に行ったものよ。

 夜空に咲く、いくつもの大輪の花。それが横で見ているばあちゃんの瞳の中でもまたたいて、じじいはそちらに見とれる方が多かったがな。

 ――む、じじいやばあちゃんの若い姿が想像できん、という顔じゃな。

 確かに、こー坊が生まれた時から、じじいはじじい。ばあちゃんはばあちゃんだったから、無理もない話か。でも、初めからそうだったわけじゃないぞい。こー坊も数十年すれば、嫌でもじじいじゃ。

 若いばあちゃんは、べっぴんさんだったぞい。このブサイクな男と付き合い、結婚してくれたなぞ、ちょびっとだけ信じられんくらいじゃ。

 とまあ、それはさておき。このじじいも青二才だった時があるというわけよ。

 

 花火大会の翌日。じじいは仕事が休みだったが、ばあちゃんはお勤めがあるという珍しい日じゃった。今みたいに携帯電話なぞ、ない時じゃからな。じじいは、ばあちゃんがその日も無事に過ごせることを祈りつつ、昨晩の河川敷をのんびり散歩しておったのじゃよ。

 じゃが、その日は妙じゃった。中州を挟んで、奥側にも手前側にもボートが何艘も浮かんでいたんじゃ。

 彼らは手玉網を持ち、しきりに水面をかいているようだが、その中に魚の姿は見えない。更によくよく見てみると、先に話した花火師の息子である、友人も混じっているじゃあないか。

 興味の湧いたじじいは事情を尋ねてみようと、そばの土手に腰を下ろして、ボートが行き来するのを、ぼんやり眺めとったよ。


 夕方近くになって、ようやく面々は岸に戻り始めた。じじいも立ち上がって、まっしぐらに友人のもとへ向かったわ。彼は少し驚いた顔をしていたが、素直に質問をぶつけると、網の中を見せてくれた。

 黒くて小さい粒が、網に絡まってぽつぽつと入っている。小石? と最初は思ったが、友人曰く、これは種なのだという。言われてみれば朝顔の種に似ているが、それがなぜ川の中にあるのか。


「こいつはな、昨日の花火が残した『種』なんだ。詳しくは言えんが、うちに伝わる花火の作り方をすると、花が散ったと同時にこいつが地表に落ちる。地面に植えて世話をし、運が良ければ『実』をつけるんだ」


 にわかには信じがたいが、じじいはどうにか言葉を受け入れる。

 なぜ、そんなことをするのか、と追って尋ねると、友人は「種」の一部を取り出し、じじいに握らせてきた。


「そいつを育てることができたら、教えてやろう。他の草木と同じ栽培方法で大丈夫だが、『実』は房に包まれてできる。くれぐれも房を破ったりして、こぼさないようにな」


 雑に扱うと危ないぞ、と言い置いて、友人は去っていく。じじいも半ば雲をつかむような話に呆然としてしまったが、友人は花火関連に関してはまじめな男。

 試してみるか、とじじいは帰宅すると、親に許可をもらって、家の裏の小さな畑。その片隅にわずかずつ間隔を空けてくだんの種を植えこみ、世話を始めたんじゃ。


 受け取った種は8つじゃったが、数日後に芽吹いたのはわずかに2つだけじゃった。育て方に差をつけたわけでもないのに、この確率の低さ。友人が挑戦的な口調で、仕向けて来るわけじゃよ。

 こうなるとじじいにも、意地という奴がある。あいつのいう「実」とやらを、是が非でも手にしてやろうと思ったわ。

 トマトの育ち方によく似ていたが、やがて枝の先に口を閉めた茶巾袋のような房が生った。手のひらの中に納まるほどの大きさで、そっともいでみる。

 ここまで育つのに、およそ数週間。中身はどうなっているかな、とわずかに口の部分に手をかけたところ、あの種をもう少し丸くしたような小さい実が、予想以上にぎっしり入っていてな。思わず、数粒を足元に落としてしまったんじゃ。


 途端、爆竹を鳴らしたような音が、あたりに響き渡る。驚いた拍子に、更に実はこぼれて、次から次へと鎖でつながれたように爆音を生み出していく。

 戦争が終わったと言っても、まだ10年足らず。じじいの脳裏に、防空壕での揺れや近くに落ちた爆弾の音が鮮明によみがえってきて、震えそうになったわ。だが、身体を揺すって、これ以上の実を落とすわけにはいかない。

 近くの家々からも、窓から顔を出し、じじいのたたずんでいる畑を見下ろす人がちらほらと見えた。じじいは房の口をしっかり閉じると、家の中に引っ込み、セロハンテープできっちりと口を止め、実の対処を尋ねるべく友人に電話をした。

 次の休み。例の河川敷で落ち合おう、と。


 友人もいくつか房を持ってきていた。その口は、じじいと同じようにセロハンテープで止められている。

 この時、じじいはすでに片耳を耳栓でふさぎ、もう片方の耳もすぐにふさげるよう、握った手の中に、残った耳栓を入れていた。この実、殺傷力はないが、確かに雑には扱えないシロモノだ。

「なかなか、刺激があっただろう?」と尋ねてくる友人は、顔がにやけていた。こうなる事態を予測していたと見える。

 びびった、などと正直に言うのはシャクじゃからな。余裕たっぷりな態度を装い、「おかげさまでな」と返事をしてやった。「こいつは何に使うんだ」とも反撃。

 すると彼は、じじいの手から房を受け取り、川面に向かって歩いていく。じじいもその後に続いた。あと一歩で、足が水に浸るという、ギリギリのところで彼は止まり、空を見上げる。

 視界の左端には飛行機が三つ。その尾っぽから吐き出される雲も三本。

 縦に並び、一面の青いキャンバスをこれから横切って、彩りを加えんとしているところだった。


「ちょうど時間だな。よく見とけよ。珍しい光景だからな」


 友人は両腕を大きく振りかぶったかと思うと、上空へ向けて、一気に房を投げ放ったんじゃ。それを見て、じじいは表向き冷静じゃったが、心の中は「なにをしくさるんじゃ、このたわけは!」と叫んどった。

 ほんの数粒で、あの威力。房ごと、しかもあんなにたくさん落ちたら、確実に耳をやられる。思わず耳栓を突っこもうとした時じゃ。


 突然、目の前に一人乗りサイズの戦闘機が三機。頭上数メートルあるかないか、という低空に現れた。そのまま空中にとどまっていたが、どれも見たことがない機体。

 プロペラは一切なく、エンジン音も聞こえない。どうやって浮かんでいるのか、さっぱり分からなかった。

 あっけに取られていると、それらの機体の胴から、木の枝のような腕が四本ずつ生える。装甲がずれたり外れたりして、飛び出したのではない。生えたのじゃ。

 空中に投げかけられている件の房たちを、各々の腕は曲芸師のような動きで、余さずつかみ取っていき、ただの一つも逃さない。


「今回の『実入り』はこんなもんだ。よろしくな!」


 動きの取れないじじいに対し、友人は手慣れた様子で、戦闘機たちに手を振っている。そしてあいつらは、来た時と同じように、パッと消えてしまう。

 じじいはすぐに、「事情を話せ」と友人に詰め寄ったが、彼はこともなげに言った。


「なんというか……おみやげじゃ。例えばお前が彼女と映画とか観に行った時に、そのまま帰るか? どっかで飯を食うなり、贈り物を買うなりするじゃろ? あいつらも同じじゃ。空から打ち上げ花火を見て、その帰り。俺たちより、力も技もずっと上らしいから、機嫌を損ねると、何をするか分からんらしい。だからこうして、機嫌をとるんじゃ」


 彼が顔を上げるのにつられ、じじいも空を見た。

 あの三本の飛行機雲は、もうだいぶ長くなっていたが、青空の帯に断ち切られたように、三本揃って、不自然に途切れている個所が、一ヶ所だけあったのじゃ。


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