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生かすべきか・生かさざるべきか

そろそろこのお話も二ケタ台。

ここんとこ、ずっとおバカな話が続いていた気がするので、

少し、脱線した分を本線に戻します。


「リチャード。あなたは、この戦いが終わったら、どうする?」

 仲間のひとりにそう聞かれた時、私はどう答えてよいか、判断に迷った。

 悪の巣窟・ハーヴェスターに依って異能の力を植え付けられてから、ずっと闘うことしか考えていなかったから。


《原初の男》が反旗を翻し、世界を覆う暗雲に立ちはだかって早五年。我々『九人』と、その武勇にアテられた異能者たちの活躍で、組織はほぼほぼ壊滅寸前にある。

 もう間もなく、『彼』と悪の親玉がぶつかり合うところだろうか。勝敗は火を見るよりも明らかだ。かの組織に、自分たちを産み出した頃のチカラはない。



「種を植えて……野菜や牛を育てたいな」

 どうしてそう言ったのか、自分でも良くわからなかった。永きに渡る凄惨な死体の山を忘れたかったのか、争いと無縁な世界に身を委ねたかったのか。


「良いじゃんそれ。似合うと思うよ。麦わら帽子に青のオーバーオール。肩掛けタオルで汗拭いて、えっちらおっちら鍬振ってさ。どデカいあなたにぴったりね」

 思いの外反応が良かったのも驚きだった。得物の代わりに鍬を持ち、額に汗して畑を耕す己の姿を想像し、そのおかしさに笑みが溢れる。


 総てに決着がついた後土地を買い、慣れないながらに水を引き、整地をし、種を植えた。

 苦労ばかりだったが、自分の手で育てたものがカタチになるところを観るのは楽しい。死と破壊ばかりを振りまいていた自分が、こうして命を育む職業に就くなんて。


 だが、そんなささやかな幸せは、永くは続かなかった。過去が、済んだことだと踏み越えてきた死者たちが。清算せよと足首を掴む。


 右足を引き摺り、荒荒しい呼気を漏らし、フルフェイスヘルメットで顔を覆った来訪者。

 田舎に退いた自分にさえ、その名は既に識っていた。彼が何故、こんな片田舎に現れたのかも。


「リチャード・ホプキンス。『栄光の九人』の"五番目"。お前を、殺しに来た」



※ ※ ※



「いい加減、勘弁して下さいよ。何度尋ねたところで、おれから何が引っ張って来れると言うんです」

「それは我々が判断します。貴方には関係ありません。して、本当に……何もありませんか? 『彼女』から、連絡は」

「あるわけないでしょう。むしろ、こっちが聞きたいくらいだ。捜査の進捗は。マツリの奴の足取りは。少しは進展したんですか?」



 たまの休みを潰してまで警察の事情聴取に応じることほど、時間の無駄ということはない。

 幼馴染の上代茉莉かみしろ・まつりが『死を選ぶ』と書き置いて失踪してから、もうそろそろ三ヶ月。おれも警察もナナちんも、何一つ新たな情報を掴めずにいる。

 本来なら、彼女の親類に話を振るべき事案だろうが、そのどちらも既に此の世を去っている。

 二十代半ばで親を喪い、2LDKに一人住まい。うだつの上がらぬラノベ作家で、心の支えは日曜朝の特撮ヒーロー。日々の暮らしにうんざりするのも解らなくはない。


 全国区にアンテナを張って捜せば一発な気もするが、『死』を暗示させるあの書き込みのせいで、M県警は自殺か他殺か失踪かで判断を決め兼ねている。

 故に県を跨いで大々的に捜しに行けず、当時尤も近くに居たおれは、自殺に見せ掛けてヤツを殺した容疑者として、週イチで警察署に出向き、任意の事情聴取を受けている。


 幾ら容疑を否認しようが、事件前夜に二人で酒を呑んでいた事実に変わりはなく、おれ自身酔い潰れて仔細を思い出せずにいる。この事情聴取には、捜査協力に依るポイント稼ぎに加え、薄れた記憶の揺り起こしも兼ねているのだ。


「判りました、もう結構。では、また後日……」

「アイ・アイ。お務め、ご苦労様で」

 去り際にちらと見た刑事の顔は、疲弊で暗く澱んでいた。本職で手一杯のおれたちに代わり、靴底を減らし、寝る間を惜しんで手掛かりを追っていることにウソはない。

 黒革の手帳にせせこましくメモを取るその姿に、おれは誰に言うでもなく、『ありがとう』と独り言ちた。



※ ※ ※



『――推しキャラを殺すか否か――、デスか。そりゃあまた、難しい問題ですね』

「だろう? だから有識者たる君の意見が聞きたいんだよ、ギギちゃん」


 拙作、ガーディアン・ストライカーの女性絵師・水鏡ギギ。いろいろなイザコザも一応の解決を見、今では無料通話アプリを介して連絡を飛ばし合う間柄となった。

 スカして斜め上を向く主人公・ストライカーのアイコンに苦笑し、返信を待つ。以前のおれならこの最中、心の臓をバクつかせていただろうが、今はもうそんな気は微塵もない。

 何故って? そりゃあ……。


『――お聞きしておいて恐縮ですが、ソレは書き手たる"美杉さん"の自由であり、我々が口出しする事柄ではないと思いマッスル( `―´)ノ』

「そりゃそうさ。そもそもキミに聞いちゃいないよ」


 自作と思しき茉莉花のアイコンに、すかさず放たれた『ゴメンネ』のスタンプ(こちらも自作。登録されそれなりに売れているという)。真面目なのか、小馬鹿にされているのか、判断に迷う。

 盛森満モリモリ・みつる。ギギちゃんのハートを射止めたトッポイ男。やはり時代は筋肉か。ガリガリよりゴリマッチョか。胸筋触らせて脈打ちだけで弾き返すくらいの甲斐性が無きゃ駄目なのかっ。


『――そもそも。どうしてキリノさんじゃなく、我々に話を振ったのですか。筋違いにも程があると思います

「だよね。そう、思うよな……」


 話を戻そう。

 今日、こうして彼女たちに話を振ったのは、担当ナナちんに話せば間違いなく“否”の飛ぶ案件だったからだ。



 ガーディアン・ストライカーの世界には、直接的に悪を討った《原初の男》に加え、その戦いに加担し、多大なる功績を上げた『栄光の九人』なる超人たちが存在する。

 五巻中盤で散った瞬足のマッハバロンもそうだし、今回登場することとなる、リチャード・ホプキンスー―、別名"ネバー・サレンダー"も同じ。


 彼の力は類稀なる巨体から繰り出される怪力と、一方的に他を吸い寄せ、自身の土俵に持ち込む磁力線(厳密には磁力では無い別の何かだが、便宜上そう記す)。

 既に殺陣のイメージを膨らませ、苦闘の末の逆転サヨナラ勝ちまで構想しているのだが――。なかなかどうして、手を付ける気が起きない。


「あのさ、笑わないで聞いてくれる?」

『――はあ』

『――ばっちこい(/・ω・)/』


 元々、栄光の九人たちは、おれがガキの頃に夢想した、理想のヒーロー集団だった。


 ストライカーを思い付くより少し前、テレビの特撮番組に心酔していた頃。現行作に足りないものを他から寄せ集め、そうして産まれたドリームチーム。


 既に話はマツリのもの。おれの手を離れたものなのだと理解していても、マッハバロンが僅か数話で殺される様を見た時は、流石に少し心が痛んだ。幾ら他に戦ってサスペンスを産めそうな相手が居ないとはいえ、子どもの頃の憧れを、週一のやられやくに据えるのは、やっぱりつらい。


「もっとも、聡明なタントーさまは、『そもそもがマンネリだ』って、バッサリ否定するんどうけど」

『――です、よねえ』

『――そういうお話、ですからねぇ(~_~;)』


 だからこそ、他に意見を求めたってのに、正直あんまり意味なかったな……。菜々緒のヤツが御用聞きとして非常に有用なのが、こんなところで実証されてしまうとは。


『――でも! でもでも! 私は好きですよ、そーゆーの! 私だって、苦心したキャラがギョーカンでさっくり殺られちゃうの、納得出来ませんし』

『――自分もそう思いますm(__)m 誰に何を言われようが、自分の考えは曲げるべきではナイト』

『――そぉだよ、そうそう! イイこと言うじゃんみっちゃんさ。一度決めたモノは貫き通さなきゃオトコじゃないデスデスデス』


 あぁ、ハイハイ。相談にかこつけた惚気、ごちそうさまです。字面の中でさえ仲の良さが解っちゃうくらいだから、もう嫌ンなっちまう。

 なんだか、聞けば聞くほど惨めになって来た。おれもなあ、マツリさえ・いればなあ……。


 なーんてことを思いつつ、壁掛けの時計に目をやる。

 時刻はそろそろ夜の九時。たのしい・たのしい、出勤前のお遊びも、ここらでタイム・リミットか。



※ ※ ※



「ええと。キノサキさんが排便不良で下剤二錠追加。夜のオムツ交換で『触れる』気配がなかったから、あなたか早番……どちらかだと思っておいて」

「やっぱ、そうなりますよね」

 時計の針が九と十との間で勿体振って揺れる中。飯田フロアリーダーから今日の日中に起きた出来事を伝え聞き、メモに書き起こしてゆく。


 介護職の夜勤は職場ごとに、大きく分けてふたつ。

 夕方から朝までみっちり十六時間と、夜中に来て早朝に去る、通常業務の八時間。

 前者は二日分の拘束時間を取られるものの、その翌日・翌々日を公休とされるメリットがある。

 人員にあまり余裕の無いうちは後者だ。朝に帰り、昼まで寝て、明日にはまた早番。無駄なく人員を回せるが、その分職員への負担は大きい。どちらも、給金とは別に数千円の手当が出るのは変わらない。


 これが元で身体を壊し、辞職を願い出たヒトを今迄幾度となく見て来た。しかし食ってゆく為には仕方が無いのだ。ただでさえ少ない所得を保険料だ年金だのと差っ引かれ、手元に残るは雀の涙。夜勤をきっちりこなさなければ、毎月の家賃を払うことすらままならぬ。



「そうだ。イワマさんは……どうなりました?」

「うん、まあ……気になるわよね」

 明らかにトーンダウンして潜めた声。日を跨げば進展が有ると思ったが、そうは問屋が降ろさんらしい。


「二日前からずっと寝たきりなのはあなたも知ってるでしょ。完全に部屋食介で与えてみたけれど、ペースト食はおろか経口補水ゼリーすら受け付けない。時折無呼吸になってるのも見た。

 あまり言いたくは無いけれど……今晩辺りがヤマかもね」

「そう、ですか」


 このフロアに配属され、担当として体調をつぶさに観察し、ずっと観続けて来たイワマさんが。

 マツリが居なくなったあの日、『ヒトの出逢いは合縁奇縁』と意味深なエールをくれたイワマさんが。


 別に、初めてのことじゃない。間接的になら、ずっと観て来たじゃないか。生温く、強張った肌のぬくもりを。固く閉じて、もう二度と動くことのない手足を。


「あの。今のうちに様子だけでも見てきて良いですか」

「構わないわ」

 リーダーに許可を貰い、アルコール消毒をした上で居室の引き戸に手を掛ける。


 喉の奥でごろごろと苦しげな呼気を漏らし、薄目を剥いてぴくりとも動かぬイワマさんの姿が、そこにあった。


「解っているとは思ってるけど」いつの間にか後ろに居た飯田さんが、険しい顔付きで話し掛けてきた。

「イワマさんは既に看取り対応。様態が急変したとしても、夜間待機の看護師に連絡しないようにね」

「判ってます、解ってますって」

 ここは、彼ひとりの施設じゃない。生きる意欲を持ち、危険なバクダンを抱えている利用者は他にも沢山いる。

 既にあれそれ世話を焼いてもらってこの現状だ。これ以上、頼ったところで何も出来ない。



「それじゃあ、私は上がるから。って言っても……。八時間後にはまた、此処に来るんだけどさ」

「あっ、あぁ〜……」

 正直ちょっと心細いが、遅番の後に早番のニンゲンを引き留めるのは気が引ける。

 人員の少なさ、ここに極まれり。週イチならいいけれど、週三・四でこれが続くとたまらない。

 一度、ソレで修羅場を見た。


「わかりました。それでは、お気を付けて」

「えぇ。あなたこそ……お願いね」


 時計の針が十時を指し、二十人1フロアを自分ひとりで観る時間、到来。

 これ以上、何も無ければ良いのだけれど……。


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