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ゴースト・ライト  作者: イマジンカイザー
とくべつふろく
30/30

だって、私は自分にしかなれないから。

ゴースト・ライト? 完結したはずでは?

残念だったな、特別篇だよ


半年ぶりの中編です。本編後のVシネマみたいなものとしてごらんください。

あくまでとくべつふろくの範疇ですので、これがそのまま続きになるか、以前の作品を使った与太話と取るかは読者様にゆだねます。

しかし……

 左手に填めた紅い時計に目をやり、溜め息をひとつ。時刻は間もなく八時半。窓の外は新月の真っ暗闇。私の心もきっとそう。色んな感情がクレバスの中でごたまぜになって、出来た色は歪な黒。


「どっちかなんて、言わなくても解かるよね……だぁ? ンなモン分かってるよ。分かってるっつぅのよぉ……」

「だいぶん溜め込んでるねぇ〜お姉。そんじゃほらほら、もう一杯どーぞ」

 週末の夜、いつもの店。いつものバーカウンター。傍らには四つ歳の離れた妹。二十六になってなお親にパラサイトしてる割には、私よりずぅっとイキイキしていてなんだかムカつく。

 上がって来たバレンシアに口を付け、舌の上で弄び、こうなるのに至ったキッカケを思い返す。そもそも何故こんなことになったのか。はじまりは数日前の昼過ぎ、休憩から帰って来た時――。



◆ ◆ ◆



「ジョーダン、ですよね?」

「この顔が、冗談言ってるように見えますぅ〜〜?」

 浅黒い顔に白く磨かれた歯。笑っているけど怖気を感じる不気味な笑顔。いつもながら、この人に呼び出される時は心臓に悪い。

 いや、問題はそこじゃなく。気持ち悪さを内に押し込め、続く言葉を喉の奥から引っ張り出す。

「配置換えなんて……。なんで今更そんなことを!」

「必要だと、判断したんですよォ〜〜。僕が・というか、もっと上の人たちがなんですけどねぇ〜〜」

 長く編集者稼業をやっていれば、幾人もの作家との間を行き交い、まるで毛色の違う話にバツを入れることだってある。

 奴に出逢うまでの私もそうだった。ひとつ他と違うのは、そのいずれとも仲違いし、一箇所に腰を落ち着けられなかったというところだけ。

 だからこそ、この決定には納得がゆかない。やっと気の合う作家と巡り合ったのに、これから次作を創るというのに。どうして、このタイミングで!


「ナナ"ミ"ちゃん。キミはここに何をしにきているのかな」

 私の不満を見透かすかのように、編集長が真面目なトーンで問い掛ける。

「ウチはね、仲良しこよしのクラブ活動じゃあ無いんだよ。売れなきゃ潰れる零細企業なの。そこへ来て夢野先生とキミとのタッグはどう。ちゃんと貢献出来るようなお話、書けてる?」

「ぐ……」そこを突かれると確かに弱い。あの娘が戻って来てからというもの、打ち合わせを『なぁなぁ』で済ませているのは私自身よく解っている。

「雛はいつか巣立つものだ。巣に籠って変化から目を背けちゃいけない。解かるよね、ナナミちゃん」

 このひとは、いつだって痛い所を突いてくる。F書房ここを巣とするならば、指しずめ私は口うるさい親鳥で、あの二人は仲の良いひな鳥。いや、もう羽根の生え揃った若鳥か。親の役目はもう終わり。執着すべきじゃないのだろう。

 わかっている。そんなこと、言われなくたってわかっているのに。



※ ※ ※



「お姉はハリキリすぎなんだよ。明日はお休みでしょ。たまには気を緩めてりらーっくす」

「みなは。今日ばかりは、あんたの献身が身に沁みるぅ……」

 打ちのめされて凹んでたその矢先、呑みに行かない? と誘ってきたのは妹の三葉みなはだ。正直そんな気分じゃなかったけれど、寄る辺の二人は新作の構想を練るとかで二泊三日の北海道旅行中。

 ハスカップのサンドクッキー買ってくるからね、などと言って去ったあの子の声が、耳の奥で今もなおエコーのように響いている。

 帰ってきた二人に何と言えばいい。担当編集から外れなきゃいけないと、どんな顔で話せばいい?


「ねえ、三葉。聞き違いじゃなかったら、今、『カレシ』が出来たって言った? ナナさんに、カノジョじゃなく」

「もー。しつこいよ『アヤのん』。さっきからそう言ってるじゃんさ。セイカクには”もうじき”、だけど」

 思い悩む私をよそに、明るく朗らか声がヒトの恋バナを聞き煩わしく囀っている。

 この呑みを断れなかった理由がもう一つ。ひとりじゃ寂しいからと、三葉ってば高校時代の友達を伴に此処に乗り込んで来た。


 今から丁度十年前。父さんの仕事の都合で東京の端っこ、片田舎のあきる野市に住んでいた頃があった。私は翌年就職を控えた大学三年生。三葉は花の高校二年。部活か何かの集まりで、当時借家だった私の家を訪ねて来てたっけ。

 根暗で、人付き合いに乏しく、友達らしいトモダチが居ない私に寄り添って、気に掛けてくれた子たち。わざわざ東京から来たとなれば、言葉も交わさず帰すのも忍びない。


「いや。だってナナさんだよ? あたしやちはるにぎらぎらした目ェ向けて、ショック受けるとみなはに泣きついてた」

 私を挟み、カンパリオレンジを嗜む薄紫のラグジュアリーロングは東雲綾乃しののめあやの。三葉の学校の陸上部エースだったのも今や昔。髪型も化粧も、すっかり女のコらしくなっちゃってまあ。


「やめて。ほんと、やめて……」

 前言撤回。綾乃ちゃんは相変わらず容赦ない。確かにあの頃はモロだったけど。非難されて然るべきだったけども。

「そんなことないよ、アヤちゃん」

 左頬をつつかれ、まごつく私への助け舟。薄茶の髪をショートボブに切り揃え、少し袖の長いセーターを纏った女のコ。

「ヒトは時間と場所でどんな風にでも変わるもの。地元に戻ってもう十年。ナナさんだって恋のひとつやふたつ、知ってたっておかしくないよ」

「それ、アンタが言う? あたしからすればその落ち着きぶりが異常だよ、『ちはる』」

「えぇ〜? そうかな? そんなに見違えたー? ねね、どうかな? かなかな? ミナちゃんはどう思う??」

「さっきまでは良かった。でも、ちーちゃんも昔のまんまかな」

「えー」

 グラスホッパーのニ杯目を呷る彼女は西ノ宮ちはる。綾乃ちゃんと三葉の共通の友達。両泣きぼくろに青フレームの伊達メガネ。

 髪型も、服装も、言動も。彼女の変わりぶりを思うと説得力がある。やはり、ヒトを変えるのは環境か。


「けど安心したわ。見てくれはともかく、みんな昔と変わらなくて」

 遅かれ早かれ話さなきゃ行かない問題だ。予行練習しといて損はない。昔話で気が緩んだこのタイミングなら、きっと笑って済ませてくれるはず。

「今日は誘ってくれてありがとう。私、ちょっと不安でさ。前に、今はライトノベルの担当編集してるって話したでしょ。その子の担当、外されることになっちゃって〜」


「え?」

「へ?」

「ふーん」


 あれ?

 何よ、何なの? ここは笑って済ますべき展開でしょ?

 どうしてみんな何も言わないの。無言で私をジッと見て、私何かおかしなこと言いました?!


「な、ななな……ナナさんナニソレどーゆーこと!?」

「お姉、あのふたりと離れちゃうって、嘘でしょ?! 嘘だよね、ね?!」

「ばーてーん。グラスホッパーもう一ぁ杯」

 各々理由は違うけど、私を心配しての言葉なのは解った。それまで自分たちの話をしてたのに。


「ナナさん、ひとつの作家さんとこで長続きしなかったんでしょ? なのに離れるなんて勿体なさ過ぎる!」

「あのふたりは! 彼らが居たからずっと頑張って来れたんじゃない。お姉はそれでいいの? ホンットウにそれでいいの!?」

 そりゃま、納得なんて微塵もしてないけどさ。人間三十年やってれば、ままならないことなんて幾らでもあるわけでしょ。意外かもだけど、その辺はもう踏ん切り付いてるのよ私。

「それにね。もう決まりかけてるのよ、次の担当作家……」

「早ッ」

「だだ、誰っ? どんな娘だって言うの!?」



◆ ◆ ◆



「持ち込みの作家さん、ですか?」

「話だけでも、って言って聞かなくてさ。キリノ、こういうタイプは得意だろ」

 そりゃあ、そうして見出した作家が今のパートナーだけど、だからって厄介モノばかり押し付けられるのは勘弁してほしい。

「編集長に言われて、気持ちが落ち着かないんだろ。気分転換・気分転換」

「気分転換に持ち込みの相手をさせるのはどうかと思いますけど」

 環境を変えれば、自ずと気持ちの方も変わってゆく。そりゃあそうだけど。そうなんだけども。

 まあ、ここまでお膳立てされて会わないという選択肢はない。諦めて戸を開き、中で待つヒトと目を合わす。


(思ったより、普通だ)

 濡れ羽色の長い髪をシュシュで括って肩から流し、クリーム色のカーディガンに白のワイシャツ、薄紫のロングスカート。慎ましやかな雰囲気と艷やかなリップで大人びて見えるけど、顔はだいぶん幼くて。あの子達より二・三年下かしらーー。

 いやいや、出会い頭に別人の面影を重ねてどうする。まずはちゃんと話をしなきゃ。咳払いで居住まいを正し、凛とした顔で戸を開く。


「F書房へようこそ。持ち込み希望と聞きました。私は編集者の桐乃菜々緒。あなたは」

吹寄ふきよせ幽子ゆうこと申します。この度は無理難題をお聞き届け頂き、誠に有難うございます」

「これはどうも、ご丁寧に」何だろう。普通すぎて逆に新鮮。いやいや、あいつらを基準に見ちゃだめだ。二人は今ここにはいない。よそはよそ、ウチはうち。


「それじゃあまず、作品の方を拝見させていただけないかしら」

「はいっ」

 えらく食い気味だこと。爛と輝く期待の眼差しが若々しい。私にもあったなあ、こういう時代……。

「『ゆめいろパレット』、でいいのかしら。タイトル」

 向こうは何も言わず首を縦に振る。まあ、読まずしてあれこれ訊くのはルール違反か。さてさて。


『他と馴染めず、幼い頃夢見た魔法少女になるべく、コスプレ衣装造りに精を出す高校二年の女の子。ある日、願望を描くとカタチに出来るまほうのペンを手に入れる。

 最初は半信半疑だったけど、自分よりオトナで陸上部の幼馴染、魔法少女活動をプロモートしたいと接触してきた新聞部のはぐれもの。そして、子役の出で憧れの魔法少女そのものを演じていた教師が集ってゆき、部活として立ち上げてゆく。

 順調に思えたその活動だけど、徐々にその裏にはヒトならざる異界の集団が連なることが分かってきて――』


 話としては、こんなところか。『アレ』がウチ好みじゃなかっただけで、比較的F書房のカラーに近い。

 でも、なんかこれ……。他人事とは思えない作劇なのよね。ペン。そう、ペン。そんな話を昔、みなはの奴としたような。


「どう……ですか?」

 なんて難しい顔をしていたら、幼げなその顔が息のかかる距離まで迫ってきていて。あー近い近い、顔が近いッ。

「どうって、言われてもね」見込みがあるにしろ無いにしろ、本当のことを言ってやるべきか。

「物語の詰め込みや行間、心情描写に引っ掛かるところはあるけれど、個人的には面白いと感じましたよ。自信持って良いと思うわ」

「そうですか……」何故だか妙な間を取って。「そぉですか、そうですか! ありがとうございます、あぁりがとうございますッ」

 好意的な反応を貰った瞬間この笑顔、このテンション。淑やかさは外見だけかしら。この辺も、『昔』を思い出していけない。

 割と普通な反応で逆に安心してしまった。後はこう、期待を含ませやんわり断り……。


「良かったァ。これを出さずに済んで」

「うん?」

 緩んだ空気を濁すかのように、原稿を出したのと同じ鞄から出て来た白封筒。手に取って裏返して見れば、そこに躍るは『遺書』の二文字。

 えっ。ちょっと待って。遺書? 遺書って言った?!

「私、覚悟キメて此処へ来たんですよ。もし駄目だったなら、この手紙をお渡しして、家でそのまま首を吊ろうって」

「んんんん!?」

 待って。待って待って待って。ナニ晴れやかな顔で物騒なこと言ってくれちゃってるの?!

「こうなったら、預貯金も全額財布に入れてないで、ちゃんと通帳に戻さなきゃですね。そんなに潤ってないですけれど」

「あの。あのね。ストップ。すとーっぷ」

 そういうフリか、天然なのか。こうなるともうどっちもかしら。ここまで来てスルー決め込むのは主義に反する。

「どういうことか、説明してもらえる? 初対面で犯罪の片棒担ぐのは流石に御免だから」

「よ、よ、よ……」

 事情を訊かんと譲歩したその瞬間、幽子の目には大粒の涙、涙、涙。やっぱりこれギャグなの? ここまで全部漫才のネタか何か? そういう面接は他所でやってもらえる?!


「私、五日前までケータイ会社の派遣社員だったんです。少ない給料で慎ましく暮らしていたら、急に明日から来なくていいよって言われまして……」

 あっ、これマジなやつだ。笑い飛ばすとキレるタイプ。

「ぶっちゃけね、仕事なんて生活資金調達の手段だって割り切っていたんです。それで納得してたんです。でも、いきなり派遣切りされて、お上も再就職の世話してくれなくてぇ……」

 何この絡み酒テンション。よくこれ抱えて笑顔見せてたわね。二重人格か何かあなた?

「夢でおまんま喰えればなんて、いやそれが理想なんですけど、喰い詰めて夢にしがみつくしかないってバカじゃないのって思うでしょう?! 後はもう詰みっておかしくないですか?!」

 あなた一体何にキレてるの。なんかこわい。一方的な感情爆発がこれほどまでに怖ろしいものだなんて知らなかった。

「で、どうですか桐乃さん! 私は、私のお話は一体、どうなるのでしょうか!!」

「どう、って言われましても……」

 持ち込んでこういう話をするってことは、当然ながら泣き落としを警戒すべき事案と思う。過去、そうして編集を騙し、実力もないのに出版手前まで行った奴を観た。結局折り合いがつかず、寸前で止められ多大な負債を背負ったところまで。

 でもこれは。女の勘としか言いようがないけれど。多分そういう小手先とは違う。まじでやり込められ、後がない人間が絞り出した言葉だ。かつての私が、『あの子』がそうだったように。

「取り敢えず涙を拭いて頂戴。可愛いお顔が台無しよ……」

 彼女いまあの子(むかし)を重ねちゃダメだ。駄目だって解っているのに。

 それでも私は、引っ込みつかずで鼻水をすするこの子を、吹寄幽子のことを放っておくことができなくて――。



※ ※ ※



「いや、間違いなく泣き落としでしょ」

「お姉〜……、駄目だよそれは。絶対駄目」

 えっ。何何。そんなにまずい? 私は至ってシリアスよ。酒が入っているけれど、あの決断が間違ってたとは思ってない。


「なんというか……。放っておけないのよね」

 物理的というか精神的というか。目を離すと他界他界してしまいそうな。そんなヒトだからこそ見捨てられない。無視しようとしても背けられない。

「駄目だよ駄目駄目。お姉そもそも『カレ』はどうするの。出来ないでしょ、二人同時なんて! だって」

 お姉は滅茶苦茶不器用だもの。確かにそう。否定はしない。『あの娘』を見出した時だって、あの気持ちと瞳に押され、先行きも知らず見切り発車だった訳だし。


「悔しいけどね、編集長の言う通りだって思ったの。あの二人が傍らにいて、真ん中に私。皆が皆の好みを聞いたところで、『ガースト』以上のモノが出来るとは思えない」

 あれは、彼らが交わったからこそ出来たもの。私はそれに口を出し、他が読める形に直すだけ。

「羽の生え揃った若鳥は、いつか巣を立たなきゃならない。それが今か先かってだけの話。ありがとねみんな。うじうじ悩んでたのが馬鹿みたい。答えなんて、最初から出てたのよ」


「本当に、それでいいの?」だからって、みなはが引っ込むはずも無く。「あにじゃも、あの泥棒猫も。お姉にとって大切なヒトなんでしょ。踏ん切り付けていいの? 別の担当なんて受け持ったら、もうそんなに会えなくなっちゃうんだよ?!」

 やめてよ。そんなの分かってる。呑み込んだ上で頷こうとしているのに。

 止めないで。私はもうお荷物なのよ。あの子が、あの子『たち』が笑顔で居てくれるならもういいの。傍らが私でなくたって構わない。ふたりが、幸せでさえあれば……。


「ナナさん。それって、そんなに難しく考えることかなあ?」

 曇天空に光が差すように、割って入ったその一言。ちはるちゃんは三杯目のグラスホッパーを呑み干し、薄っすら赤ら顔にとろんとした目で、悩む私にびっと指を差す。

「いいんだよ欲張ったって。その二人もU子ちゃんも。全部手中でぎゅーっと収めりゃオールオッケー」

「U子……」AかBかの選択肢に、総取りのCを加えてにへら笑い。この突拍子の無さは昔のままだ。的を射ているのは分かるけど。それがイチバンなのは解かるけれど……。

「ちはる。アンタねえ」私の言葉を代弁するかのように、綾乃ちゃんのツッコミが飛ぶ。「それが出来ないからナナさん困ってるんじゃない。話半分でテキトーなこと言って。ちゃんとハナシ聞いてたの?」

「聞いてるよぉ」酔いなのかキャラなのか、ちはるちゃんは戯けた調子で言葉を返し、「出来る出来ないって言うけどさ、それって結局誰の物差しなのさ。自分? 作家さんふたり? 社会? U子ちゃん? 最低限、そこだけははっきりさせようよ」

 急に、口調が鋭くなって。「他所は他所、ウチはうち。一度きりの人生なんだもん。ヒトに物差し委ねるなんて勿体無くなあい?」

「それは……」

「わたし、何かヘンなこと言った? 違ってると思う?」

 やっぱり、この子には敵わないな。確かに、それが一番の解決策。

「ううん。ちはるちゃんの言う通り」

 これまで散々振り回されたんだもの。少しくらい振り回す側に回っても、良いわよね。

「カリフォルニアレモネード」グラスを傾け、続く酸味に顔をしかめ。「みなは。綾乃ちゃん、ちはるちゃん。今日はありがとね。色々話してスッキリした」

 今、ここで否と言っても変わらない。変えたところで誰も幸せにはならない。後悔は、その時になってからすればいい。

「お姉……。やけっぱちは駄目だよ。何も自分から諦めることなんて」

「くどい」同じ物をとバーテンダーに頼み、みなはの席へ回してもらい。「私の道は私が決める。ちはるちゃんも言ってたでしょ。欲張ったって良いって」

 昔の私なら、あいつらと逢う前の私なら思い付かなかった人生という名の抜け道。大丈夫、私はやれる。

「じゃあ、行くね。後はみんなで……楽しんで」

 最後に頼んだカサブランカに口を付け、心中そう独りごちた。



※ ※ ※



 左手に填めた紅い時計に目をやる。時刻は間もなく午前十時。昨日『独り』で呑んだツケが回ったか、少し目元が腫れぼったい。

(いきなり言われてはいそうですかなんて、行くわけないか)

 我ながら、酷いことを言ったなと思う。覚悟の上で話したけれど。悲しまれると分かっていたけれど。

 しばらく、あそこには近付けないな……。ごめんなさいねと微かに呟き、緩んだ唇をきゅっと結ぶ。


 目を閉じて息を吸う。これまでの想い出が瞼狭しと浮かび上がる。

 息を吐いて目を開く。そこにあるのは会議室の扉だけ。木目を睨み、想いの残渣ざんさを振り切った。


「ええと……桐乃さん、でしたっけ」

「はい。定刻通りに来ていただいて感謝します。吹寄幽子さん」

 カーディガンを脱いで薄緑のノースリーブ。色白でもちっとした二の腕。髪留めのシュシュは落ち着いた青。ベージュのロングスカートと併せ、今日は少し目に優しい服装をしている。

「それでは具体的な話に入りたいと思いますが、その前に」

「その前に?」

 無垢な瞳でオウム返しにする幽子の目を見、右手をすっと差し出して。

「貴方の鞄。一度私に預けて貰えないかしら」

「ほへ、鞄? 何故?」

「何でもよ」押し問答を打ち切って鞄を受け取り、しまわれたものを検める。

 細長の財布、化粧品、手鏡、ポーチ。薄桃のハンカチに預金通帳。ここまではいい。けれどそれだけでは、手に取った時のこの重みに説明が付かない。

 鞄の中を指でなぞり、先の尖った出っ張りを確認。中敷きの裏に指を入れ、取り出したるは鞘に収まった果物ナイフ。


「こんなことだろうと思った」うんざりと息を吐き、ナイフだけを遠ざける。幽子の目が涙に潤み、体中がぶるると振れるのが一目で解かる。

「あの、その、これは……」

「安心して頂戴」持ち物検査を受け容れた時点で、此方に危害を加えることは無いだろう。「大方、私がNOといえば、その場で喉や心臓を刺し貫こうとしたんでしょ。人騒がせにも程がある」

 アブないオンナと通報すべきだろうか。止めよう。私もこの子も予期せぬ怪我など望んでいない。


「幽子さん。これを踏まえて、ひとつだけ良いかしら」

「え……」

 戸惑う彼女の手を取って、細く柔いそれを掌で包み込む。困惑に目を丸くする様が子鹿めいて可愛らしい。

 他に振り回される人生はもう終わり。過去を捨てず、忘れず、振り返らず。私は自分のしたいように生きてやる。

 だから。

「失敗に怯えて、身勝手に死ぬなんて言わないで。境遇が何、社会が何。貴方が何。あなたの人生はあなたのものよ。他人がとやかく言ったって、それだけは絶対に変わらない」

「そんなの……詭弁ですよ」一拍置いて、幽子の口から気のない返事。「桐乃さんは強いから。オトナだから。でも、私は……私なんか……」

 やれ、やれ。まさか、私がそう言われる側になるなんて。死にたくなる日もあったけど、しぶとく生きてて三十年。諭す側に回るとは――。

「誰だって、最初から強い訳じゃない。ま、口で説明したって納得しないか」

 このテの手合いは説明でなく行動で示さなきゃ意味がない。昔の私がそうだったから。

「つまり?」

「アー。皆まで言わなきゃわからない?」流石に察してくれると思ったけれど。

「あなたの作品。粗削りだけど気に入った。これを詰めて編集部に提出。会議で通れば、本にして売り出せるわよ」

「え……」幽子の目がきょとんとし。

「え……!」呆然とした顔に光が差し。

「うええ、ええっ!?」私の言葉から十二秒。ようやっと困惑を喜色が塗り潰す。

「ホントに……ほんとの、本当ですか!? 嘘じゃないですよね? 隠しカメラとか、無いですよね!?」

「今更出任せ言って何になるの」騙したらショックで死にかねないし。「忙しくなるわよ。せいぜい今のうちに弱音を吐いておきなさい。もうそんな風に零す暇も与えてあげないんだから」

「はは……はいっ!!!!」


 不器用に微笑む彼女を見、祝福と悔恨とがごたまぜとなっている自分がいて。多分それは一生抱えて生きるモノ。望んで道を違えた以上、抱えなくてはならぬモノ。

 左手に填まった朱の時計。長い髪を跳ね上げまとめる茉莉花のバレッタ。そして、目の前ではしゃぐ幼気なこの子。今までも、これからも。全部が私で、私の生き方。


「一緒に頑張りましょうね。吹寄幽子さん」

 大切な過去に後ろ手を振って。これからの未来に笑顔を返す。

 私は菜々緒。F書房の編集者・桐乃菜々緒。それだけはきっとずっと、いつまで経っても変わらない。


(了)

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『ゆめいろパレット〜16歳JK、魔法少女はじめました〜』

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本作のおはなしが直接交わることはありませんが、幾人かのキャラクターがゲスト出演する、世界観を同じくしたおはなしとなっております。

ぜひご覧ください。

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