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ごめん。やっぱちょっと無理


 ヒトの子ひとり通ろうとしない闇夜の獣道を、大股で突き進む二人の男の姿あり。

 ひとりは拳の付け根にライフル型の武装が置換され、もう一人は両目を暗視・赤外線用に改造したタイプ。

 がさがさと不用意に音を鳴らし、ひそひそ声ながらもぼやき呟く姿。間違いなく、若葉マークの初心者ヒーローだ。


「やめとけよ馬鹿、『奴』が出てきでもしたらどうすんだ。今、夜中出歩くのはまずいって」

「オイオイ。あんな噂に浮かされて、俺たちゃギムキョーイクの小学生かっつーの。『ストライカー』なんて嘘っぱちさ。戦いに飢えた『爺様』が、仮想敵を作って触れ回ってるだけだって」


 一度、生死のやり取りの味を覚えた人間は、二度と平穏へは戻れない。

 悪の組織『ハーヴェスター』の壊滅に依って、戦うべき相手を失ったヒーローたちは、その鬱憤を護るべき市井の人々に向けるようになった。

 表向き平和に見えるこのセカイだが、その実、支配する者が入れ替わっただけ。しかも、自分達が『正義』であると信じて疑わない、質の悪い連中だ。


 だからこそ。『彼』はその存在を許さない。ヒトを虐げ、過去に怯え、ヒーローと言う存在を貶めるうつけ者たちを滅ぼすために。



「おい……どうしたんだよ、おい!」

 今の今まで隣にいた仲間の姿がない。暗闇に目を凝らすも、そこに有るのは点々と続く血の跡だけ。

 やはり、こんな所など来なければよかった。お願いだ。救けてくれ。命だけは――。


 その言葉を冥土への渡し賃とし、彼もまた抵抗する間もなく事切れる。

 後に『赤黒の惨禍』と呼ばれ、平和ボケしたガーディアンたちを震え上がらせることとなった連続殺傷事件の、はじまりだ。



◎F書房・VX文庫刊行・夢野美杉ゆめの・みすぎ著・ガーディアン・ストライカー︰第一巻四話”赤黒の惨禍”・より引用◎



※ ※ ※



「で? あれから十日近く経ったわけだけど、原稿の程は?」

「お恥ずかしながら、未だ、一枚も……」

 夕暮れ時で、利用客もそれなりに多い喫茶店。熱い珈琲を呑みながら優雅に過ごす馴染みの店は今、小・中学でよくある、『おいた』をした学生の懺悔室へと姿を変えていた。


「貴方、前に言ったわよね。ガーディアン・ストライカーを終わらせるな。代わりは自分が代わりを務めるからって。その結果が、この、有り様……?!」

「か、返す言葉もございません」


 幼馴染の上代茉莉かみしろ・まつりが『夢野美杉ゆめのみすぎ』とかいうペンネームで世に送り出したライトノベル、ガーディアン・ストライカー。


 当人が『死を選ぶ』などと書き残し、何処かへと蒸発したのを契機としその存在を識ったおれは、『そんなこと』をした理由を知るべく、担当編集者の了承を受けて、続く連作を覆面代筆ゴースト・ライトすることとなった。


 眼前でアタマから蒸気を噴かすこのオンナが、担当者の桐乃きりの菜々ななお

 糊の利いたレディーススーツをばりっと着こなし、長い黒髪を飾り気の無いバレッタで纏め上げ、赤縁眼鏡をこれ見よがしにずり下げる。

 外見満点、中身零点。高校時代、何かにつけて苛めにかかった女子を思い出す。


「だいたい、何故言葉に詰まり、壁にぶち当たっているの。ストライカーは貴方が子供の頃に生み出したキャラクターなのでしょう?」

 認めたくないけど、と毒々しく吐き捨てつつ、口から出たのはこの上ない正論。続きはある。あるにはあるのだが、書いたのはもう十年近く昔の話。文章と呼ぶには稚拙すぎて、本に纏めるには恥ずかしすぎる。


「ぬぬ、ぬ……」

 悔しいが、正論なので怒れない。所詮、おれは作家でも何でもない一般人だ。碌に語彙力を鍛えることもせず、日々のほほんと生きてきたツケが、こんなカタチで回ってこようとは。



 前巻のガーディアン・ストライカーは、『超加速』のチカラを持つ古参のヒーロー・マッハバロンに斃され、刑務所に連行されるというところで閉じた。次回は彼の罪を白日の下に晒す『超人裁判』の開廷だ。全体構想上、最初の山場である。



 彼――、ストライカーは両腕・両足に備え付けられた特殊なリングに依って、倒した相手から所有する『能力』を奪い、疑似的に再現するチカラを持つ。左右の腕に、ボディに脚。能力に依って、再現箇所は千差万別。


 尤も、それだけじゃあ強過ぎるので制約だってきちんとある。彼が保持できる能力はリング一個につきひとつだけ。しかも、奪うと決めたら強制的に上書きされてしまう。

 ゆえに、書き手はストライカーは今、如何な能力を持っているか把握し、それを用いてどう戦うかを考えなくてはならない。


 とは、いえ。


「右手が火炎放射パイロキネシス、左が硬化。ボディが自己再生に脚が吸着で、超加速とどう戦えって言うんだよ……」

「そんなの、私が知る訳無いでしょう」

 こういうのはやったモン勝ちとよく言うが、流石にこれは怒ってもいいと思う。無理だろ。



※ ※ ※



 介護の仕事は脚が命。脚さえ無事なら長続きするとは今は(此処に)無き先輩の弁。

 実際、的を射ていると思う。学生時代に鍛えていたとカラダを自慢していた新入社員の多くが、腰をやって三か月以内に離職してしまったのを思えばさ。


「はーい。じゃあ、起きてゆきますよー」

 離床介助は力学だ。支点に利用者の体重を集中させ、引き下がるようにして相手の上体を持ち上げ、尻を浮かせて車椅子へと移し替える。

 この、一連の動作をモノにするまで三か月。辞めずに堪えたといえば聞こえはいいが、単に辞め時を逃しただけだ。諦めて別の職に救いを求める方が、ずっと建設的にモノを視ていると思う。


 少なくとも、徹夜を駆け抜け、しょぼしょぼ目に割れんばかりの頭痛を押してシゴトに出て来るおれなんかよりは、ずっと。



「はーい、じゃあ皆さん、いただきまぁす」

 離床介助と整容、ついでに部屋のシーツ替えを終えて、朝食を膳に並べて慣れた手付きで運んでゆく。

 合図を契機に食べ始めたら、二つに割った大テーブルの真中を陣取り、離れ小島で食事介助。細かく刻まれ、飲み込み易くなった煮物や白飯をスプーンに掬い、声掛けと共に舌先へとモノを乗せる。


 真横に座る利用者の、喉がこくんと鳴ったのを見計らいもう一口。その間に向かいの席へと腰を浮かせ、続きを待つ利用者にまた一口。

 護るべきは己ではなく、あくまでも相手のペース。入るからと無理に詰め込めば、食べ物は喉を外れて気管に落ちる。

 いちどむせると、落ち着くまでこっちは気が気じゃない。赤ら顔で涙を零し、断続的に咳が続く。それが元で窒息を起こすことだってあり得る。



 兎角、朝の時間帯は気を遣う。睡眠が取れるならまだ良いが、そうでない日は最悪だ。力仕事の後に椅子に座ってスプーンを上下。否が応でも眠気を誘う。

 こんな調子でシゴトをしていて、何も起こらない方がおかしい。ぼやけた視界に喝を入れ、もう一口をと目を瞬かせたその最中。


「あ、れ……?」

 眼前の――、オギクボさんの歯間に出来た不自然なスキマ。あんなものあったかなと考え、直ぐ様答えに辿り着く。


(や……や、ば、い)

『昨日歯科で虫歯を抜いて、止血に綿を詰めています。飲み込むといけないので、食事介助前に見計らって外してください』。

 夜勤に申し送られたその一言が、アタマの中で鐘の音のようにこだまする。オギクボさんの口内にワタなんか無い。白粥と共に呑み込んで、今はもう、腹の中――。



「まったくもう! だからあんたはいつまで経っても『大ざっぱ』なのよ! 良い歳してこんな凡ミス……。あんたここへ来て何年目? 何よこれ、あり得なくない!?」

「お。仰る通りで……」

 生き死に関わる問題ゆえ黙っておくわけにも行かず、後から来たパート社員に事情を伝えてこのカミナリ。ぐうの音も出ない程の正論である。


「じ。実は」

「何よ」

「え……う、う。なんでも」

 蒸発した友人のゴーストライターをやっていて、寝る間を惜しんで小説を書いているんです。だから朝は眠くて眠くて。

 そう言いかけて逡巡し、無駄だろうなと口ごもる。理由が理由だ。宥めるどころか逆に向こうの怒りに薪を焚べかねない。


(なにやってんだ、おれは)

 同時に、秘密を武器に己を正当化しようとしたことを恥じて自己嫌悪。仕事は仕事。割り切れ、切り替えろ。なぁなぁにするからこうなったのだ。

 ただでさえ憂鬱な職場での朝が、どす黒い藍色で塗りたぐられてゆく。誰のせいでもない、自分の責任。背負い込まされると重いことこの上ない。


 少し前までは割り切っていたのに。バランスがきちんと取れていたのに。

 なあ、マツリ。お前の気持ちはよく解かる。解りはするが、担当には馬鹿にされ、仕事とは相容れず。そんなおれを何故後継者に据えた。別におれじゃなくてもよかっただろうに。


 けろっとした顔で此方を見やるオギクボさんと、今なおしかめ面のパート社員のお小言を聞き流しながら、おれの心はいまだかつて無いくらい揺れに揺れていた。



◆ ◆ ◆



 ダメだ。一行たりともギョウが動かない。

 だからアンタは。もう少しであの人は。当日出勤して来た人たち全員から受けた口撃がボディーブローのように骨身を軋ませ、グラス・ハートをぎゅるぎゅると締め付ける。


 少しくらい、ストレスに晒されていた方が、面白いものが書ける。溜まったそれに捌け口になるから、とは信頼できる特撮二次創作家さんの弁。尤もだと思うし、的を射ている。

 けれど、それにしたって限度があらァ。それを文字に起こすだけの体力まで削がれちゃ意味無いって。


 キリノの奴が指定して来た最後通告の期限まで後三日。それまでに、マッハバロンとの決着まで描かなければ、ガーディアン・ストライカーは完全打ち切り。マツリが求め、おれが担い手となった淡く弱い炎が、世に出る前に掻き消えてしまう。


 けれど、今のおれに何が出来る? 一行もハナシが進まず、パソコンの前で頭を抱えて突っ伏しているおれなんかに、一体何が出来るっていうんだ。



 ……

 …………

 …………………



 ――だいじょーぶだよ。アタシ知ってるよ。ざっぱーは、追い込まれれば追い込まれただけ、強くなるんだから!!



 いつかどこかで、酒の肴に駄弁った会話が、何の前触れもなくアタマを過る。

 なんでそんな会話になったのか。根拠のない自信の正体は何か。

 わからない。なにも、わからない……。


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