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ゴースト・ライト  作者: イマジンカイザー
とくべつふろく
29/30

ガーディアン・ストライカー最終話 「監視者《ザ・ウォッチャー》」

◎本章は、前章最終話にて掲載予定であったものの、尺と本編ペースの都合で収録を見送った劇中劇をほぼそのまま掲載しています。


◎元々、作中半ばに滑り込むカタチで執筆したため、一部意図的に展開を歯抜けにしていることはご容赦下さい。


◎さいごに。『ゴースト・ライト』と合わせ、本作も追ってきてくださって、本当にありがとうございました。

「私を斃す。志は立派だが、どうして君にそんなことが出来よう」

《原初の男》、超人Z-Oゼノは、もぎ取ったストライカーの左腕を徐ろに弄び、手首の付け根を踏み潰す。

 如何に奴が吼えようと、自分を斃すことなど出来るわけがない。そうなるべく状況を組み立てた。能力ブーストも、茉莉花の死も、追い立て此処に来るべく仕向けたのも、確実にこの男を滅ぼさんが為。

 何もかも、事前に組み立てた目論見通り。次は何だ、ブースト任せの特攻か? 高速機動で撹乱か? 手足を犠牲に削る気か? 何が来ようと構わない。何も変わりはしない。


「本当に、そう思うか?」

 故に、彼から闘志が失せぬ理由が掴めない。

 勝てないと解っていて、それでも歯向かう理由は何なのか。死出に悔いを残さぬため? 犠牲となった娘の為? そんな理由で、無駄としか思えない争いを積み上げていると言うのか?


「無駄なんかじゃねぇさ」

 左腕を根本から千切り取られ、苦心しつつ立ち上がるストライカーの目に、獰猛なる獣の眼光が煌めく。

「それを、待ってたんだよ」

 残る右掌を目一杯開き、敵の足下に転がる左腕へ翳す。『それ』は蒼白い輝きを発し、見えない力で宙に浮いた。

 聡明なる《原初の男》は、千切れた左手に光る何かが握られているのを見逃さなかった。急ぎ回避を取るよりも、ストライカーの放つ念動力の方が早い。

 この死闘の中、いつの間にくすねていたのか。窓の強化硝子の破片を握った左手は、左腿の腱に稲妻めいた文様を刻み込む。


「なに、いっ」

 折れて膝をつく《原初の男》めがけ、弾丸めいて距離を詰めるストライカーの影。左斜め上方からの圧を感じ、即座に腕を十字と組み、衝撃を流さんとするが、放たれた拳は着弾寸前、逆『コ』の字を描き、ガードを擦り抜け後頭部を引っ叩く。


(『接合・変形』……"マクシム"のチカラか、いつの間に!)

 脳震盪に歪む視界に喝を入れ、眼前に迫る爪先に対応せんとする。だが一歩遅い。ストライカー渾身の前蹴りは敵の顎先を正確に捉え、粉々に打ち砕いた。


「こ、この……おっ!」

 慢心と油断が生んだ失態。『ハーヴェスター』との戦いの日々の中、幾度となく喰らった痛みがフラッシュバックのように迸る。

 油断。そう、油断である。策を弄し、必ず勝てると踏んだが故に、そこで足元を掬われた。彼は狂犬だ。これまで何度も戦い、辛くも勝利を収めてきたあの悪魔たちの同類なのだ。


「考えを、改めなければならないか」

《原初の男》はここで初めて射竦めるような眼光を放ち、上着を脱ぎ捨て全身に力を込める。

 二十年も前に一線を退いてなお、無駄を削ぎ、極限まで引き絞られた筋肉。その身体には大小六十六の傷が残されており、長きに渡る戦いを物語る。

「小細工は無しだ。恒久的な世界平和の為、キミという存在をこの手で抹殺する」

 かつて憧れ、かくあるべしと慕った存在が、明確なる殺意を此方に向ける。

 彼は正しい。如何に言い繕おうと、自分は悪辣たる復讐者でしかない。

「わかっているさ。そんなこと」

 このチカラを得たあの日から。茉莉花を引き取ったあの日には。いつかこうなると覚悟していた筈なのに。それでもどこか物悲しい。

 だからこそ。あぁそうさ、それ故に。ガーディアン・ストライカーは感傷を海馬の彼方に追い遣って、本気に成った原初の男(あこがれ)を睨み付け、言い放つ。


「俺の生きた道が、アンタの敷いたレールの上にあるというのなら。乗った上でぶっ潰す。俺はガーディアン・ストライカー。恨むなら、俺という存在を産み出した己を恨め」



〜◆ ※ ◆〜



 これは、何の間違いだ?

 灯り代わりのカメラ・アイを失い、何も視えない相手を前に、《原初の男》たる自分が手も足も出ないなど、あっていいはずがない。

 相応の圧を乗せて放った右拳は、確かに奴の腹を打った筈だ。だのに相手は倒れない。それどころかダメージで此方を捉え、鬼気迫る殴打を突き返して来る。

 もう二度と味わうまいと考えていた激痛が、電撃めいた速度で身体中を駆け巡る。たたらを踏み、態勢を立て直す頃には、向こうの蹴りが肩を打ち、こちらの反撃を許さない。

 初撃の脳震盪。それもある。しかしそれだけではない。何もかもが後手後手だ。万に一つも勝ち目のない相手に対し、先手で流れを掴めずにいる。


「これは……」

 歪む眼前に吐き気を催す彼の脳裏に、二十数年前に観た景色が重なった。

 諸悪の根源、ハーヴェスターの頭目と己の一騎打ち。敵の攻撃総てを寸でに躱し、自らの掌打蹴撃を差し込んでゆくあの場面。

 あの時と、同じだ。若い自分が相手を圧し、高をくくる悪党を討ち滅したあの瞬間。


(だとすれば、この次はどうなる)

 膝蹴りを顎に喰い、湾曲する視界の中、原初の男は『決着』の瞬間を走馬灯に見ていた。

 サンドバッグになった頭目を何度も床に叩き伏せ、尚も食い下がる相手に必殺の正拳突き。腹を打ち貫き、遂にダウン。敵はもう動かない。負け惜しみめいた戯言を聞き流し、脳天への踵落としを以て介錯の一撃としたーー。


 翻って自分はどうだ。違いといえば今もなお二本の足で立っていることだけ。あの時の展開を、立場を変えて同じくなぞっている。


「認めない。認めるものか」

 自分は『それ』を殺した男だ。こうならないために命を張ったのではないか。誰でもなく、自分の蒔いた種で命を散らすなど、あって良い筈がない!


「認めてもらう必要などない」

 苦し紛れに放たれた蹴りを透かし、カウンターの右拳を叩き込む。左こめかみは凹み、全身から軋むような音を立ててなお、ストライカーの挙動にぶれはない。

「俺は、俺のすべき事をするだけだ。震えて眠れ。お前にもう、勝ち目は無い」

 互いに息を弾ませ、笑う膝に喝を入れる。立ち姿は吹けば飛ぶ紙くずのよう。

 これまで、如何な敵をも打ち砕いたこのチカラが、たった一人に押し留められ、届かない。

「生意気なことを抜かすなッ」焦燥と困惑に取り憑かれた彼の頭を、一瞬で激昂が塗り潰す。誰がお前になど負けるものか。自分は世界の救世主だ。超人も、そうでない人々も、自分が居たからこそ悪から救われた。

 でなければ、自分に後を託した者たちの、犠牲になった億単位の命が浮かばれぬ。

「此の世で尤も正しいのはこの私だ。お前のような下郎が、この私を倒せると思うな」

 最早なりふり構っている暇はない。追い縋るストライカーを睨み付け、密かに小指で右掌の窪みに触れた。

 スイッチの起動と呼応するように天井が一層『めくれ』、蜂の巣めいた穴凹が顔を出す。


 ここは《原初の男》が住まう正義の拠点。本来誰の侵入も許可してはならぬ世界の中心。故に、闖入者への対策はどの国、どの施設よりも優れている。

 これはその一端だ。高周波で主とそれ以外を見分け、雨霰と降り注ぐ銛状の鉄矢。平時ならいざ知らず、視覚を穿たれ、満身創痍の人間にそれを躱すことなどできまい。


「鎖の切れた狂犬め、この世界に貴様の生きる場所など無いと知れッッッツ」

 正面からの追突でストライカーを怯ませ、ぐらつく彼を力づくで抱き寄せる。足さえ封じれば、しくじりなどあり得ない!



「これは……!」

 動きを止めた標的に狙いを定め、空を劈き飛び交う銛矢。時に湾曲し、不自然な挙動を描いてストライカーの背に突き刺さる。

 これはただの矢ではない。やじりの部分がスプーンめいてゆるく歪み、は筒状の空洞を持ち、刺し貫いた対象から血液を垂れ流させている。

 しかもそれがハリネズミめいて隙間なく背中を覆っているのだ。ストライカーの膝ががくんと揺れる。足下にはあっという間に鉄臭い赤黒の水溜まり。刺突と急性失血で、遂に疲労が精神を上回ったか。


「終わりだよ、生田君」

 如何に足掻こうと、個人が社会を変えることは叶わない。私刑の蔓延る時代は終わった。安寧なるこの時代の礎として消えるがいい。敵の敗死を確信し、きつく抱いたその手を解いた、その瞬間!



「あぁ、終わりだよ」



 膝が折れた。折れてはいるが、地を踏む足は離れていない。失血で弱り切ったその様で、口を歪ませ笑っている。

 こんなことがあるものか。あっていいはずがない!


「茉莉花。また、お前に助けられた」

 血は今も止めどなく流れている。だのに背中に刺創が見当たらない。

 彼は今『茉莉花』と言った。マッハバロンの娘は治癒のチカラを持つ異能者だ。

「まさか、きさま」

「その、まさかよ」

 離れんとした男の手を、今度はストライカーががっちりと掴んで引き寄せる。

 死んだバロンの娘から、治癒の能力を奪ったのか。スタミナで自分に押し負ける訳だ。これが、道中を単独で乗り越えて来た事由だというのか!


「俺はもう、生田じゃない」

 死なないと解って、身体を粗末にする者ほど恐ろしい奴はいない。ストライカーは刺さった鉄矢を自ら『取り込み』、筋肉の躍動と共にそれを真正面へと打ち出した。

 彼の眼前には何がある? 離脱を断たれ、無防備に腹を晒す世界の王。蹴りで距離を取るよりも早く、返された矢は男の臓という臓を穿ち、ペースト分解された血肉を撒き散らす。


「俺はガーディアン・ストライカー。この社会に殺され、他を殺すために生きる死神だ」

 スイスチーズめいて開いた穴を塞ぎつつ、固まって動かない敗北者を蹴り飛ばす。瞳孔を開き、溢れる血液と呼応して続く呼吸。

 だが、それも直に終わる。視界は霞み、信じて居たものは露と消えゆく。

 世界に平和を取り戻し、平定せんとした男が最後に見たものは、踵を振り上げ、自らの喉元を狙うまだら模様の魔物の姿ーー。





◆ ◆ ◆





 ーーハーヴェスター無き世界に秩序をもたらした超人、Z−Oがその命を散らしてから今日で一年が経ちました。

 ーー本拠・オービタルベース跡地への献花が絶えることはありません。


 ーー犯人と目される人物はガーディアンたちの追跡を躱し今もなお逃亡中。行方は未だ掴めておりません。

 ーー各国首脳は《原初の男》の喪失に哀悼の意を表し、犯人逮捕に全力を挙げるよう訴えました。それでは、日本内閣総理大臣の演説の模様をご覧下さい……。



「なあ、アンタ。どうしてそんなおかしな格好をしてるんだい」

 ラーメン屋の店主は人差し指でこめかみを掻きながら、対面するカウンター席の人物に問い掛ける。

 ヒトは誰しも事情を抱えて生きている。それは解かる。異能者連中が大手を振って街を往く『超人社会』なら尚更だ。

 だが飲食店、ことさらラーメン屋の主ともなれば、失礼を承知でも尋ねざるを得ない。

 何せ向こうは、フルフェイスヘルメットめいたマスクで顔を覆い、首から下も黒い外套がいとうで包み隠した、得体の知れないニンゲンなのだから。



「特製”あごダシラーメン”ですね。しばし、お待ちを……」

 彼は店に入るなり、一言も喋らず、ただメニューの中からそれを指し、今なお黙ってカウンターに座している。

 大凡まともな客ではない。隙を見て店のカネを踏んだくるか、無理矢理『つけ』に持ってゆく気か――。

 相手は外套の中で腕組みしたまま、彼の質問に一切答えない。油断なき視線で何某を睨む店主の額に一筋の汗が伝う。


 通報先は警察か、ガーディアンか。店主が頭の中で続く対応を吟味する中、マスクの何某は、前触れなくもぞもぞと手を動かした。


(やはり、強盗か……?)すかさずカウンター下に手を伸ばし、通報釦に指を触れる。来るなら来てみろ悪党め。売上を貴様になぞ渡してなるものか。

 ひとり、緊張感に高揚する店長を尻目に、向こうは首元に掛かったアクセサリーに手を触れ、左に二回、右に三回捻りながらこう『言った』。


『や、驚かせてすみません。"拡音機"の調子が悪くて。声がそちらまで届かなかったようですね。失礼致しました』

 男とも、女ともつかぬ合成音。今手を触れていたのは、これを発するスピーカーだったのか? 随分とハイテクなものを持っている。

「アンタまさか、喋れないのかい」

『セイカクには、極端に声が小さい……と言いますか。これを通さないと会話が成立しないのです。チューニングが少し、狂っていたみたいですね。失敬・失敬』

 なら尚更、そんなマスクなぞ外してしまえばいいものを。店主は非礼を侘びてラーメンの湯切りに戻りつつ、『変な奴だ』と心の中で独り言ちる。


 秘伝のトビウオのアゴ出汁を、注ぎ足しの豚骨スープと混ぜ合わせ、細切り固麺の上から乱切りキクラゲと新鮮なもやし、薄切り三枚チャーシューを載せて出来上がり。やはり腕組みで料理を待つ外套の人物の元へと運んでゆく。


「はい、一丁上がり。お熱いうちにどうぞ」

『ご丁寧にどうも。頂きます』


 そのままどうやって喰うんだい、という言葉を吐きかけて、危うく喉元で押し込める。一度目は非礼で済むが、二度目まで許容するかは分からない。創業十五年の愛着ある店舗だ。機嫌を損ねて壊されちゃたまらない。


 店主の疑問は、驚くほどすんなりと解決する。箸を割り、丼を両手で持ったその瞬間、奴の顎先から鼻の辺りが観音開きめいて横に折り広がり、中に隠れた口元が顕となったのだ。


 店主が恐怖に目を瞬かせたのはその時だ。顎先だけで歪な五つの手術跡。ひしゃげたそれを無理矢理拡げたと思しき奇妙な異様。

 素顔を晒したがらない理由はこれか。顎だけでこれだ、顔はもっと酷いことになっているに違いない。


『何か』

「あっ、いや……。何でもないので、どぞ。どーぞ」

 店主は追求すべきか悩み、取り止める。訊いたところでマトモな答えは返ってこまい。美味そうに麺を啜るマスクの姿を一瞥し、俯いて視線を逸らす。


『御馳走様。喉越し爽やか、良いラーメンでした』

 拡音機越しにそう呟き、財布を探して外套を探る彼に、店主は『失礼ながら』と前置いて。

「アンタみたいなヒトが、どうしてウチなんかに。ただラーメンを食べに来たにしちゃ、ちょっと物々しい」


『……ナンデ?』拡音された声が、僅かながら動揺に震える。つくづく態度の読めない御仁だが、この一言だけは正真正銘の本音らしい。

『かくいう自分も、その理由を探している最中で。何か、知りませんか?』

「いや、見ず知らずの私にそう言われましても……」

『そう、ですよねえ』

 答えに窮し、首を傾げて悩んでいるヘルメットの耳に、物々しい地響きと銃弾の炸裂音が届く。


『ああ、"理由"の方が向こうからやって来たようで』

 料金を払い終えたフルフェイスメットは、首を暖簾の先に向けたまま続ける。『面倒と迷惑の臭いがします。一刻も早く"刈り取ら"ないと』

 不可思議な人物はそこまで言い終え、腿くらいまで覆った長い長い外套を翻し、入り口の引き戸に手を掛けた。

 腕に嵌った鈍色のブレスレットがちらりと見えた。余程使い込んでいるのか、表面に凸が目立ち、幾本もの傷が刻まれている。


『余計なお世話かも知れませんが、姿勢は低く。火を消してカウンターの下に隠れる事をお勧めします。少しばかり、"派手"なことになるかと』

「ちょ、ちょっと待てよ。アンタ、一体」

『ご心配なく』振り向いて声をかけるメット野郎の顔に変化が見られた。目を覆うバイザー部分に、車のテールランプめいて紅く大きな、複眼らしきものが輝いている。

『争いのタネは、きっちり・はっきり・しっかり、刈り取って参ります』


 男はすっと戸を開き、音もなくその場から去ってゆく。

 遅れて、遠方より響く爆裂音。悲鳴と煙が噴き上がり、乗用車が木っ端となって宙を舞う。



 ーー番組の途中ですが臨時ニュースです。これまで謎に包まれて来た《原初の男》事変の犯人より、犯行声明と思しき書簡が届いたとの情報が入って来ました。

 ーーはい、はい。官房長官から読み上げると。映像、首相官邸に回します。



『ーーこの手紙が他の手に渡る頃には、君たち超人は得体の知れぬ恐怖に怯えているはずだ。幾多のの腕自慢が屍を晒し、眠れぬ夜を過ごしていることと思う。

 ーー我が名はガーディアン・ストライカー。強権を笠に着る者たちを屠る者なり。ヒトを見下し、選民思想に驕る者たちよ。自らを甘やかし、下層を甚振る特権階級共よ。震えて惨死を待つがいい。私は総てを見ているぞ』



◎ガーディアン・ストライカー、最終回:『監視者ザ・ウォッチャー

 ここに、終わる。

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