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ゴースト・ライト  作者: イマジンカイザー
第十二話《終》
27/30

おかえりなさい、夢野先生

◆ ◆ ◆


「ずいぶんと、慣れたじゃあないか。そのチカラに」

 数百もの同胞を下し、自らに殺意を向ける魔物でさえ、《原初の男》にとっては、それまで倒して来た異能のひとつでしかないのか。目の見えぬストライカーは、有効打ひとつ与えられず、顎から地面を擦り続ける。

「バロンとは昔からソリが合わなくてね。顔を合わせる度喧嘩をしていたものさ。まさか、死んでからも争うことになるとは」

 風を切る早さで駆けようとも、すだれを手で払うような挙動で弾かれ、握った拳は空を切るばかり。

 普段の相手なら、能力を奪って無力化させてしまえばいい。だが、彼はそれすら通じぬ。たとえ触れられたとして結果は同じ。

 全身を機械に置換され、極限まで鍛えられたその身体機能そのものが異能。《原初の男》は徒手空拳で組織を潰し、世界の王へとのし上がったのである。

 他のチカラを奪い、還元することでアドバンテージを取ってきたストライカーにとって、これ程やり難い相手もいまい。

「その状態で、まだ戦おうとする意気や良し。だが現実も見なければな。キミの牙は、私には絶対に届かない」

「本当に、そうかな」

 然して、ストライカーの声に焦燥は無い。楽をして勝てる相手ではないくらい彼自身良く知っている。刺し違え、喰らい付き、命を奪う。その果てに自らが命を散らしてしまおうとも。

 届かない? 否、否否否。《原初の男》の身体を見よ。肩から掛けていた赤のガウンが、螺旋を刻まれ床に墜ちているではないか。


「成る程、言いたいことは良く分かった。だが、これで勝ったつもりになるのは早計じゃないかね」

 対抗できると示したはいいが、未だダメージを負っていない事実は変わらない。上掛けを落とし、認識を改めさせた。ただそれだけだ。

 本当の戦いは、これからだ。ストライカーは痛みに堪え、片膝から立ち上がり、失くした眼で敵を睨む。



※ ※ ※



「ここに来るのも、ずいぶんと久しぶりな気がする」

「気がする、で済むもんか。がっつり一年来てないんだろ。懐かしくもならァ」

「まあ、そっか。ソダネ」

「そうともよ」

 想い人と同じ卓を囲み、各々マグカップを手に秋空に彩られた街路樹を見やる。

 まるで年相応に成熟したカップルめいた絵面だが、共に揃って気持ちは土砂降り雨。そりゃあそうとも。ここはA県N区。F書房近くに建つカフェテリアの一席なのだから。


 茉莉と和解したその翌日。奉華さんが支度を整えてくれたこともあってか、当初の予定を大幅に削り、故郷M県にとんぼ返りすることとなった。

 着いて早々、駅前交番に駆け込んでお巡りさんに平謝りさ。向こうも最初はしかめ面だったが、おれの口添えもあり、大目に見るとの確約を取り付けた。


 嫌疑を晴らし、自由の身になれば続く行動は唯一つ。この件でおれより気を揉むあのオンナに、円満解決を報告すること。


『ーー解った。一時間で支度する』

 電話口の菜々緒の声は、覇気を喪い枯れていた。口頭で心配ないと伝えても返ってくるのは生返事。双方からメンタルをばっきばきに折られているのだから、こちらとしても文句は言えぬ。



「ざっぱー。なんか、この店……揺れてない?」

「あほ。揺れてるのはお前オンリー。店のせいじゃないから、その膝かくかくをさっさとやめんかい」

 F書房に近付くにつれ、マツリの顔は次第に青ざめ、赤のニット帽を耳まで被り、恐怖に震えてマフラーを幾重にも巻いている(室内なのに)。

 懺悔めいた過去回想じゃ『してやったり』と得意気だったが、面と向かえば話は別。あれだけ溺愛されてたんだ。愛が憎悪に変わり、刃物を手に強襲する可能性も無きにしもあらず。

「コワいこと言わないでよ……」

「何も言ってねーだろ」勝手にヒトの思考を読むんじゃあない。「それよかお前、これから何処に泊まるのさ」

「へ? あたし?」

「お前の他に誰がいる」

『死を選び』、ついこの間まで死人同然だった茉莉の住処を、借家の主がそのままにしておく訳もなく。憐れ上代茉莉サマは、この身一つで街に放り出されることと相成った。

 一応、奉華さんからお金を預かってはいるが、逆に言えば今の茉莉にはそれしかない。

「カネの心配するんならおれんとこ来いよ。メシは無いが雨風くらいは凌げるぜ」

「お気持ちは嬉しいのだけど〜……。あたしまだ、子どもを作る準備はしてないから」

「おのれはおれを何だと思っていやがる」

 そのくらいの理性ならおれにだってあるっつぅの。イザとなりゃあベッドを明け渡し、畳に布団を敷いて寝てやるさ。

 などと話して、気は紛れただろうか。少なくとも、表面上は明るくなった……気がする。見た目だけだけど。


「そろそろ……時間かな」

「えっ?! もう!?」

 店の文字盤は間もなく四時を差すところ。約束の時間まで後数分。時計の針と茉莉の鼓動がシンクロし、元々すぐれない顔色が徐々に暗くなってゆく。

「やばい。やばいよ、やばやば」

「あんまりはしゃぐな。眼ェ瞑って深呼吸」

 思えば、ヤツと直接会うのは十日ぶりか。完全に喧嘩別れだし、及び腰なのはこっちも同じ。和解和解と声高に叫んでいたが、そもそも会話まで持ってゆけるかどうか。自信ねぇなあ。


「ざっぱー……。ごめん、ちょっと……お手洗い」

「アー、どうぞ。お好きに」

 ここへ来てからもう三回目だ。飲んで・出して・飲んで・出して、膀胱の収まる暇がないな。その気持ちは分からんでも無いが。

 折角だからおれもと腰を上げた瞬間、茉莉の足は、トイレとは逆側に向いていたのに気付く。

「ちょっ、お前……まさか!」

「やばい、見付かった!」

 この野郎、土壇場で逃げ出すつもりか!? 待てィマツリ、逃げ出す前にカネ! 自分が飲んだ分くらい払わんかこらァ!!



「やーっぱり。こんなことだろうと思った」

「え」

 馬鹿正直に突っ走る茉莉が、他に足を引っ掛けられて転んだ。何事かと凝視すれば、聞き覚えのある声に見知った髪色。

「呼び出したんなら、ちゃんと押さえて置いてよね。余計な仕事増やさないで」

「みなは……ちゃん」

 失意のナナちんが此処に来るって言ったんだ。その身を気遣う妹がついて来ない筈がない。

 おれが甘かった。姉を溺愛する彼女にとって、上代茉莉は仇にも等しい。下手を打って、暴力に訴えられでもしたら……。

「いた、いたたたた……」

 茉莉のあほ、第一印象サイアクじゃないかよ。向こうさんはお前を仇とばかりに思ってやがるんだぞ。

「この女が上代茉莉、ってことだよね。あにじゃ」しんと冷えたその声に、何も言えず肯定の首振り。

「そう。アンタ。アンタが……ねぇ」

 菜々緒の妹はへたり込む赤毛のショートヘアに剥き出しの敵意をぶつけ、茉莉の奥襟を両手で掴むと。

「アンタのせいで、菜々お姉がどんな目に遭ったと思ってる! 散々泣き腫らして、向こうは悪くないって言い続けて! みんな、アンタを守る為なんだよ!?

 なのにそっちと来たら、会う約束して目の前でドタキャン!? ふざけんじゃない、ふざけんじゃないわよ! みなはのお姉は、お姉は……!」

 ただ相手の目を視て、その気迫でひたすらに責め続ける。

 暴力に頼る真似はしない。する必要もない。自責の念に苛まれ、なんとか立てた茉莉には、この剥き出しの悪意はさぞ辛かろう。


(おれは、どうしたらいい)

 止めてやるべきか。けれど、おれは桐乃姉妹が受けた仕打ちも知っている。マツリのその態度は、彼女たちからすれば、癇に障る行為でしかないことも。

 姉のために怒るみなはちゃんと、その罪に押し潰され、涙で頬を濡らす茉莉。こんなの駄目だ。けど、どっちつかずのおれに両者を止める道理はない。

 そう、おれにはない。そしてもう一つ。此処にはまだ主賓が登場していない。


「三葉、やめなさい」

 飼い犬を躾けるかの如く、じんと響く鋭い声。困惑する客たちに大丈夫と短く言って、此方に迫るパンツスーツのバリキャリ美人。

「来てあげたわよ大雑把。それに……茉莉」

 長く伸びた黒髪をバレッタで持ち上げ、吊り目がちな目元にはアンダーリムの赤縁眼鏡。桐乃菜々緒。おれの、おれたちの担当編集者。本日主役の、登場だ。



※ ※ ※



「じゃあ、私はキャラメルマキアートのホット」

「右に同じ」


「え、ええと。おれはホットモカ。出来れば……マグカップでお願いします」

「あたしもそ……そ……、ソイ(豆乳)込み、で」

 皆が注文をし終え、卓の四人は再度の沈黙。はっきり言ってめちゃくちゃ気まずい。菜々緒が宥めてみなはちゃんは収まったけど、だからって向こうが何か言う筈もなく。

 茉莉も茉莉で、会話の糸口を掴めず塞ぎ込むばかり。おれたちは何だ? 揃いの席で別々にお茶をしに来たってか? あほらしい。

 現状を打開する為には何が必要か。答えは分かりきっている。セッティングは彼女の願いだ。遂げさせてやらにゃあ男がすたる。


「あ、あのさ。みなはちゃん。双方揃った訳だし、おれたちは少し外に」

「却下」話し終わらんうちに、怜悧な声が否を突き付ける。

「放っておいたらこの子、『また』逃げ出すでしょ。あにじゃ役に立たないし」

「そりゃ、まあ……正論……なんだけど」

 また、に引っ掛かるのが、先の逃走劇『だけ』でないことくらい解っている。姉を泣かした時も、和解しようと擦り寄った今も。茉莉は彼女から逃げ続けてばかりいた。辛辣なその言葉に、おれたちは何一つ言い返す術を持たない。

 けれど。けれどだ。それだけじゃないのはおれが一番わかっている。このままじゃ駄目だとなけなしの勇気を振り絞ったのは、他ならぬ茉莉本人なのだ。


(大丈夫。お前ならやれるよ)

 テーブルクロスの下で震える手を掴み、諦めるなと視線を飛ばす。アイツの顔から憂いが失せた。ごくんと唾を飲み込んで、俯く瞳を菜々緒に向ける。


「あたしのこと、怒ってるよね。理由も告げずに逃げ出して、死んだだなんて嘘ついて。だから、許してもらおうとは思わない。『菜々緒』さんが望むなら、警察に突き出してもいい。だから」

「『ナナちん』」

「はい?」

「菜々緒さん、じゃなくてナナちん。そう呼んでっていつも言ってたでしょ」

 気障な彼女が最初に咎めたのは、意外にも呼び名に対する認識の相違だった。そう言えば、あれも菜々緒からの要望だったっけ。

 主導権を奪ったナナちんは、怒るでも泣くでもなく、淡々とした声で話を継ぐ。

「別に、私だって謝罪や弁解が聞きたいわけじゃないわ。知りたいことは唯一つ」

 本当のことを、話して。

 失踪自体は咎めないが、その理由はハッキリさせろと。最もな話だ。主張する権利は十二分にある。

「そう、だよね。あのねナナちん、あたしはガーディアン・ストライカーのホントの作者じゃなくて」

「知ってる」

「え……」

 思わず聞き返してしまうのも無理はない。ゴースト・ライターの話で、こちらの言い分も聞かずに即答。長きに渡りこの問題と向き合って来たおれはともかく、茉莉からすれば困惑するほかないだろう。

 というか、問題はそこじゃない。この話を強引に終わらせてきたってことは。菜々緒の知りたい真実は――。

「言ったはずよ。謝罪や弁解なんかどうでもいい。私が訊きたいのはそこじゃないの」

「じゃあ、一体」

「今更……。それこそ、今更よ。イチイチ私に、言わせないで」

 相変わらず表情は暗いけど、如何な言葉を待っているかは、傍で聞いてたおれにも解かる。茉莉のキモチは。自分をどう思っているか。今のアイツにとって、それを超える関心事などない。

 そして、そこにおれの意見は介在しない。口を挟めば桐乃姉妹に滅多打ちにされてしまう。


「解かった。分かったよ」ようやっと覚悟が決まったらしい。マツリはごくんと唾を呑み込み、おれの手を握って、前を向く。

「ナナちん。あなたが傍に居てくれたから、ガーディアン・ストライカーは此の世に再び生を受けられた。コミュ障なあたしを無理にでも連れ回してくれたから、前を向いて頑張ろう。そう思った。

 あたしはずっとずっと、その優しさに甘えてたんだ。あなたの気持ちを分かっていながら。答えを出すのを先送りにし続けて。こんなに、仲良くして、くれたのに……」

 ことばが続けば続くほど、混ざる嗚咽が色濃くなってゆく。ぼっちの自分を受け入れて、ひとりの友人として接してくれた人間を、自らの為に騙し続けて、自らの都合で切り捨てた。その結果、彼女がどうなるか知っていながら。


 けれど。

 だからこそ。

 そこから逃げ出す訳にはゆかない。

 約束しただろ。もう逃げないって。


「あなたが、あたしをどんな目で見ていたかは聞いたよ。引いたりなんかしないし、そのキモチはとっても嬉しい。でも、でもね。あたしはざっぱーと居たいの。こんなに狡くて汚いあたしを受け容れて、愛してるって言ってくれたカレと一緒になりたいって思ったの。だから」

「私の気持ちには、応えられない。そういうワケ」


 おれも。

 みなはちゃんも。

 マツリのやつも。

 この一言であえなく沈黙。

 長い話を要約するとそりゃあこうなる。余談を嫌うあいつらしい。

 そうなれば、続く言葉に否が応でも注目せざるを得なくなる。卓を囲む皆が固唾を呑んで見守る中、菜々緒が出した返答は。



「そっか。それならしょうがないわね」

 憑き物が取れたように晴れやかな、笑顔であった。



「お、お姉。じょ……冗談でしょ?」

「この顔が、冗談言ってるように見える?」

 みなはちゃんのあの狼狽えぶり。示し合わせたものじゃなく、菜々緒の独断であろうことは容易に解かった。動揺するのも無理はない。誰もがもっと、認めないわふさけんなと暴れだすものだと思っていたから。

「ナナ、ちん。その、あたしは」

「だから、謝らないでって言ったでしょ。あなたがそうと決めたなら、私はこれ以上口出ししない」

 私にとって一番大事なのは、あなたが笑顔でいてくれることだから。

 言ってはにかむその姿に、一抹の哀愁を覚えたのはおれだけじゃないはず。

 あれは本心か? あそこまで入れ込んでいたオンナを、そう簡単にフれるモンなのか?

 目を凝らし見つめていたおれの前に、不意打ち気味に割り込む菜々緒の顔。


「えっ、かお……おぶえっ!?」

 驚く暇すら与えてくれず、表情の消えた無心な顔でおれの頬に平手を一発。

「待てナナちん、こいつ、うぅっ!?」

 これは何だと言う前に、もう片方でダメ押しの一発。

 何故だ、と問いかける必要はない。菜々緒の目に光る小さな水滴が、その理由を雄弁に語っていた。

「聞いての通りよ大雑把。茉莉は、私じゃなくあんたを選んだ」

 菜々緒は努めて冷静に、それでも少し震える声で、僅かに目を反らして続ける。

「これまでのごたごたはそれでチャラ。幸せにするのよ。もし泣かそうものなら」

 あんたを、一生許さない。と来ましたか。ンなもん言われなくたって解かってらあ。

 唐突だとは思うが、理不尽だと憤るつもりはない。菜々緒に取ってのおれは、ようやく出逢えた運命の人を、真横から掠め取った狼でしかないのだから。


「話は終わり。じゃあ、私たちは、これで」

「ちょっ、お前」

 憤らない。怒ったりしないが、幾ら何でも急すぎない? 想い人前にしてもう帰るの!?

 向こうの気持ちは解かる。此処に至って気まずいのはおれも一緒だ。

 けど、そこで逃げるのは違うだろ。何の為に連載を続けて来たんだ。何の為に下げなくてもいい頭を下げたんだ。

「話は聞いた。茉莉の無事も知った。他に、何があるっていうの」

「何って、そりゃあ」

 いつものおれなら、ここで二の句を継げずに押し黙り、相手を逃がして終わるだけだったろう。

 だが今日はちがう。今日に限っておれは、向こうを黙らす理屈と、もう暫く奴を此処に縛り付ける術を持ち合わせているのだ。

 今こそ『これ』に頼る時。待てのジェスチャーで静止を求め、クリアファイルに押し込んだ紙束をテーブルに叩き付ける。

「ナニコレ」

「おれは作家。お前は編集者。で、これはさっきコンビニで刷った第二稿。と来れば」

「いや、だから。何」

「ンだよもう察し悪いな。仕事をしろ仕事を。最終回を書き上げたから赤ペン入れろと言ってるの」

「最終回」

 黒ヤギさんに第一稿を破り捨てられたからと言って、そこで腐るおれではない。即座に二稿目の構想に入り、此処に着く直前コンビニで刷って用意しておいたのだ。

「うそ……。ざっぱーこんなのいつの間に」

代筆者ゴースト・ライター舐めンなよ。初稿に修正入れて仕上げるくらい、帰りの電車でちょちょいのちょいだっつーの」

 などと胸を張ってみるものの、実際のところは昂る気持ちを抑えんがためのおろかな足掻きでしかない。

 想い人の匂いが常時香る距離で、穏やかな寝息をBGMにした空間で、気持ちを抑えて平静を装うにはそれしかなかったんだよ。


「未練がましいにも程があるわ」無論、それだけで菜々緒の機嫌が戻る訳もなく。

「今更、こんな時に……原稿なんて……」

「こんな時、だからだろ」出しゃばるなと言いたいか。聞きたくないと耳を塞ぐか。そうは行かねえ。「有言実行。こちとらちゃんとマツリを連れ戻したんだ。平手で感情をぶつけるよか、先にすることあんだろが」

「それは……!」

 寄りにも寄って、お前にそんなことを言われるとは、なんて顔してるな。そりゃぁそうか。

「おれは学もないし、理屈でヒトを捩じ伏せるのも苦手だ。だから読め。まずは読め」

 上代茉莉を連れ戻し、こうして顔を突き合わせた今、読まないって選択肢は奴には無い。物凄く嫌そうな顔を浮かべていたが、妹と想い人に囲まれていては、理由を付けて逃げ出すわけにもゆかないだろう。


「良いわ、今日だけは茉莉の顔に免じて」

「ひとこと余計だ、余計」

 観念した菜々緒はクリアファイルを引ったくり、続く文字列を目で追ってゆく。速読のアイツらしくなく、一項一項噛み締めるように、ゆっくりと。

「最初から、解ってた」

 全二十五枚のうち、十枚を捲った辺りで、誰にでもなく菜々緒が呟く。

「こっちが本物。茉莉がニセモノ。けど、認めたくなかった。一緒に過ごしたあの時間が、全部ウソになってしまいそうで」

 桐乃菜々緒という女にとって、ガーディアン・ストライカーとは茉莉との連絡手段。想い人と繋がるための道具でしかない。だからおれが辞めると言った時、怒り狂ってふざけるなと詰め寄った。

 けれど、捜していた茉莉はここにいる。自らのキモチをぶつけ、確かな繋がりを手に入れた。このお話は彼女にとって、もう何の意味のない作品になるのだと、書きながらに思っていた。

 だから、過去を語る菜々緒の声に、一抹の哀しみが含まれているのには驚いた。自らに酔ってるんじゃなく、目尻に水玉を溜めている。

「茉莉の為に存続を願った。それもある。でも、それだけじゃない。ずっと、終わって欲しくないって思ってた」

 彼女はそこで紙束を閉じ、本作のタイトルを人差し指でなぞる。

「ガーディアン・ストライカー。平和になった世で、皆の『普通』から弾かれてた主人公が、孤独に殺戮を続ける復讐譚。

 何故か、他人とは思えなかったのよね。此の世の『ふつう』とは違って産まれて、鬱屈としたものを抱えていた身としては」

 菜々緒は零れそうになる涙を上向いて留め、微かに濁った鼻声で。

「大雑把。これは、間違いなくあんたのものよ。マツリが引っ張り出して、あなたが紡いだ話。読めと念押しするわけね。こんなの先に見せられたら、咎めようがないじゃない」

 紙を持つ手が震え、動揺が全身に伝播する。今、彼女は何を想うのだろう。憎悪? 嫉妬? 感動? 悔恨? 或いはその総て。

 用意した全てを読み終える頃には、相反する感情がごたまぜとなり、端正な顔つきが大きく揺らいでいた。菜々緒の中で、なにかが弾けた。窄めた唇が一気に広がり、それまで読んでいた紙束の両端を抓み、一気に左右へ……。


「えっ!? えっ! ちょっ、何やってんだよナナちん!」

「没。まだまだ練り込み不足よ大雑把。私を納得させたいのなら、もっと面白いものを持って来なさいな」

「は、あ!?」

 理不尽だ。自分が読者の代表だとでも言うようなツラして、おれの話をビシバシ没る、いつもの菜々緒が此処に居る。

「ひっでェな。そういうのはさ、おれに了解取ってからやれっつーの」

「何を今更。私の知ってる『夢野美杉』は、そのくらい、一日もあれば仕上げて来られる。でしょう」

「そりゃあ……」って待てよ。「お前。今、なんて」

「休み続きで耳まで遠くなった? 『夢野先生』。没にしたから、速やかに続きを持って来いと言ってるの」

「ゆめ、の」

 菜々緒にとってこの名前は、茉莉との仲を象徴する符号のようなものだ。故に他人行儀な場を除き、書き手のおれは本名で呼ばれ続けて来た。

 それが今になって、夢野。隣に座すマツリじゃない。おれを真正面に見据えて夢野美杉とそう言った。

 つまり、それって。おれのこと、認めてくれたってこと?


「何キョトンと見てるのよ」

「あ、あ。ゴメン」

 もう、着いた時の陰鬱さはない。最大の理解者にして最悪の宿敵。没出しの桐乃が、帰って来た。

「三葉、車お願い」

「お願い、って。お姉、何するの」

「休暇届の取り消し。休んでた分、遅れを取り戻さなくちゃ、でしょ」

 あいつの中で収拾は付いたのだろうか。おれを、茉莉を前にして、おかしくなったのではなかろうか。疑問は尽きないが、正面切って問い質す勇気は、この場に居る誰にもない。


「ああ、そうだ」

「何」

「あなたたちに、今のうちに言っておいた方が良いかなって」

 いや。問う必要は無いのかも知れない。

 桐乃菜々緒はいつだってそう。勝手で、傲慢で、理不尽で。そのくせ何処か抜けてて。おれの。おれ『たち』の、頼りになる担当編集者。


「おかえりなさい、夢野先生」

 言って席を立つあいつの姿は、夕焼けに映えて、一際輝いて視えた。




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