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コレおれのォ!! 間違いなくおれのォォオオオオオオ!!!!



 おれが小さなガキだった頃。かつて憧れ、夢見たヒーローたちは、“正義”の分化を理由に対立し、ほぼほぼ毎週、倒すべき怪人を逃がし、仲間同士で争い続けていた。

 それが正しいニンゲンの在り方だと大人は云う。だが、おれはどうしても納得出来なかった。


 時代は流れ、ヒーローたちは互いに結束し、解り易い巨悪に立ち向かうようになった。かつての超人たちも使い捨てられることはなくなり、毎年のようにテレビとは別の媒体で、窮地に陥る主役の危機を救う展開も度々観られた。


 では何故、一番大変な時に現れない? 主役やその周りならいい。しかし、世界が脅威に晒されているのに、どうして姿を見せやしないのか。

 彼らは、君たちの見えないところで戦っているんだよ。だとしたら、何故都合の良い時だけ現れて、終息してもいないのに出て行ってしまうのか。


 中学時代。年々延々と増え続け、己の我を通し小競り合いを続けるヒーローたちに飽き飽きし、おれはそれらと戦う超人を考え、紙やワープロソフトにしたためるようになった。怪人が消え、自衛のため、存続のため一つの機関に一緒くたとなり、他よりも自己の利益を優先するOB共を、総て斃す無敵の超人。


「何この陳腐な展開。クソつまんねぇ」

「こういうの、おたくの横好きって言うんだよ。見世物にするべきじゃないと思うな」

「皆が考えててもやらないようなことを、よくもまあ……ドヤ顔で」


 喜び勇んで見せたは良いが、周囲の反応は冷ややかだった。おもしろいと思っているのは自分だけ。こんなじゃなし、ウケる訳がないと何度も咎められてきた。

 次第にやる気が失せ、物語を紡ぐことすら恥ずかしくなっていた。やめよう。子ども心に熱っぽくヒーローを追う時代は、とっくのとうに過ぎたのだ。



『面白いじゃん、これ』



 ゴミ箱に丸めて突っ込んだ紙束を見、彼女は笑いながらそう言った。赤み掛かったショートボブの黒髪が、紺色のセーラー服とよく似合う。


「おもしろい……? それが、面白い?」

「良いよ、凄く良い! なんでポイ捨てなんかにするのさ。続き、あるんでしょ。もっと読ませてよ、これ!」

「う、ウッソぉ……」


 後々考えてみると、これがおれと、上代茉莉かみしろ・まつりとの馴れ初めだった。



※ ※ ※



「死を選ぶ……、って言われてもなあ」

 寝心地の悪いパイプベッドに体を預け、あいつが遺したという言葉を何度も反芻する。

 色んなことが一気に脳に叩き込まれたからだろうか。正直な話、まだ実感ってのが湧いて来ない。


「いい!? 私はまだ諦めていませんからね。貴方もオトコなら、キッチリ出るとこ出てもらいましょうか!」

 見ず知らずのバリキャリ女が俺のせいだと囃し立て、違うんだと弁解しても信じてもらえず、挙句『あんたも男なら、任意の事情聴取に応じろ』と迫られて。

 あれが、初対面のオトコにする態度かよ。何もしちゃいないのに、事情聴取で警察署かあ。折角の休みが台無しだってんだよ、まったく……。


 寝よう。こちとら何もしちゃいないんだ。明日は休みだ、仕事はない。早起きなんてしなくていい。お勤め疲れをリフレッシュさせなきゃ、そもそも何をどう考えて良いのかも分からない。



『ガーディアン・ストライカー』、か。そんなもん書いているのなら、もっと早くおれにも教えてくれりゃあ良かったのに。



◆ ◆ ◆



「六百四十八円になりまーす。ブックカバーは」

「いえ、結構です。袋も……」

 向こうが勝手に指定した時間は、昼過ぎの午後三時半。時計の短針が十と九の間でせめぎ合う中目覚めたおれは、朝メシもそこそこに近所の本屋へと向かっていた。


 一冊税別六百円の文庫本。長年この手のホンに縁のなかった身としては、高いか安いか全く判らん。

 可愛い女の子がはにかむ、長ったらしい作品がひしめき合う中、棚の下段に数冊押し込められていた時点で、人気の程などたかが知れている。

 黒を基調としたスーツにグレーの差し色。血のように紅い複眼。成る程、こいつが主人公か。真中にでーんと配置して、足元に禍々しい字体のタイトルが躍る。挑戦的な表紙だ。マツリのやつ、レイアウトにはノータッチだったのか?


 似たようなヴィジュアルは幾らだってあるのに、不思議と初めて見た気がしない。なぜだかどこか、別の場所で、見た・ような……。

「まあ、気のせいだよな」本を買ったなら後は読むだけ。共有スペースの長椅子に腰掛け、ビニルを剥がしてページを捲る。



 ――《原初の男》が怪人たちの王・ハーヴェスターを倒して世界中の英雄になったのも今は昔。以後、ヒーローと戦えるような悪党は誰一人現れず、ヒーローと呼ばれる超人だけが殖える結果となった。

 ――チカラを持つる者たちを野放しにしては、またハーヴェスターのような悪が顔を出す。そう考えた《原初の男》は、彼らを纏めて『ガーディアン』という組織で括り、自らがその上に立って統治するというカタチを取った。


「ん……?」

 さっき感じた既視感は嘘じゃない。気のせいでないなら、これは……ナンだ?


 ――誰よりもヒーローを愛し、その素養が無いと解ってなお、日々善行に精を出す青年・生田誠一。彼は友人の蒸発に依って関わり合いのない債務を背負うことになり、直ぐ様取り立て人に捕まってしまう。

 ――何の因果か、運命の悪戯か。そこで用心棒として働くのは、かつて『ハーヴェスター』との戦いに参戦し、身を崩したヒーローであった。パイロキネシス《発火能力》に依って全身を焼かれ、焼却炉に放逐されてしまう……。


「ん……ん……!?」

 やっぱり、何となく引っ掛かる。偶然は二度も続かない。となれば、こいつの出処は。



 ――最早元の姿をも無くし、死にゆく運命にあった誠一の前に現れる謎の白衣。焼け焦げたその顔に漆黒のマスクを、両手足首に銀色のブレスレットを取り付け、『悔しいか?』と問い掛ける。

 ――ずっと信じていた存在が、平和なこの世じゃヒトの上に立つ搾取者だ。許せない。捨て置ける訳が無い。致命傷に錯乱し、憎悪に狂った誠一は、掠れた声で『力を寄越せ』と白衣に迫る。

 ――もう動かないはずの手足が動く。この瞬間、彼もまた超人となったのだ。淀み狂ったこの社会が許容した欺瞞、暴虐、裏切り。民意に支えられた正義に背を向け闘う、"ガーディアン・ストライカー"へと……。



「コレおれのォ!!!! 間違いなくおれのぉおおおおおおお!!!!」



 素っ頓狂な叫びを聞き付け、他の客が一斉に此方を向いた。自業自得なれど、八方から成る奇異の視線がとてもイタい。

 だが、これが叫ばずにいられようか。似すぎているなんてレベルじゃない。これは完全におれの模倣だ。中学時代、あいつに語って聞かせた内容そのままではないか。

 主役の設定、世界観、英雄への失望、憎悪、変身――。昔作ったテキストファイルを然るべき場所に提出すれば、著作権の侵害だと訴えられるくらいに。

 文字を書いて、それでメシが食えていることは賞賛されるべきだが、ひとのものをとってはどろぼう。こんな行為が許されて良いはずがない!


「ふざけやがってアノ野郎。寄りにも寄って……」

 こんな駄作を、と言いかけて、再び変えようのない事実にぶち当たる。

 上代茉莉はもういない。『死を選ぶ』などとふざけた置き手紙を遺し、おれの元から姿を消した。著作権の侵害だと訴える機会は永久に失われたのだ。

 もう・いない。その事実だけが、今更になっておれの心に突き刺さる。


(でも。なんで、こんなことを?)

 幼馴染ゆえの辛辣さはあれど、少なくとも、アイツはヒトを不当に貶めるようなことはしない。黒歴史を引っ張り出して嗤うつもりなら、隠さずコソコソやる必要なんて無かったはすだ。

 過去のおれの所業を本にしたため、マツリは何をしたかったんだ? パクリへの怒りはとうに失せ、この不可思議さに首を傾げる。



 ――なんでポイ捨てなんかにするのさ。続き、あるんでしょ。もっと読ませてよ。



「あ……」

 今まで忘れていたことが。過去のものだと記憶に蓋をしていたものが。ぱあっとアタマを駆け巡る。

 上代茉莉はあの当時、『あれ』のほぼ唯一の読者だった。読み手が、書き手の紡ぐ続編を望むのは当然のこと。

 なのに、おれは途中で投げ出して。存在さえも失念していた。彼女の中で、そこまで大きな存在になっていることなど、知らないままに。


「訳が分からない。だったら尚更……、ナイショにする必要がある」

 尋ねたところで、どうせ無駄だってのは解ってる。けれど、やっぱり納得がゆかない。

 だったらどうする。おれに一体何が出来る? 分からない。判らないけれど……。

 おれの足は本屋を離れ、家の方へと向かっていた。



※ ※ ※



「逃げずに来たのは褒めてあげるわ、大雑把さん」

「だから、おれは『雑葉』だって言ってるでしょ」

 自分だって、どっちが名字か名前か判りづらいくせして、エラソーに。心の中でそう独り言ち、赤渕眼鏡のバリキャリ女を睨む。

 桐乃きりの菜々ななお。マツリの担当編集者を名乗るこのオンナ。その真偽はさておき、言ってやらねば終われぬことがひとつある。


「さ、中に入りましょ。お互い、時間を無駄にしたくないものね」

「その前に」おれの意向は全無視か。「キリノさん、あなたに、見てもらいたいものが」

「へぇ」眼鏡の奥の薄朱色が暗く淀み、眉間に数本シワが寄る。「自白? それとも、茉莉を攫った証拠かしら」


「違う、違う」なんでここまで敵意を向けられねばならんのだ、という愚痴を喉元で飲み込み、

「ガーディアン・ストライカー。マツリの書いてたノベル。おれも手にとって読んだんです。現在四巻まで刊行済み。最新の内容は……、『超人・マッハバロンがストライカーを伸して、彼は警察に逮捕された』、そうでしょう?」

「この短期間で、よくそこまで勉強したものね」そうは言うものの、キリノの表情に変化はない。「だから、何?」

「その続きが、ここにある」

「は……?」

 言って無理矢理押し付けた紙束を、眼鏡の美人が素早く目で追ってゆく。A4サイズに文字がびっしり書き込まれているというのに、一枚読むのに僅か一分足らず。成る程、編集者たるもの、速読は体得済みってか。

 一枚ずつ紙を捲る度、桐乃の顔に動揺が広がってゆく。よしよし、此処までは計算通り。はてさてこの後、どう出るか。


「これは一体、何なの」

 あっと言う間に紙束を読み終えた編集者が、困惑した顔でそう問うた。

「何度も同じこと、言わせないでください。マツリの書いた本のつづき。毎月打ち合わせしてるんなら、知ってるんでしょ」

「そういうことを言ってるんじゃないの」おれの言葉を遮って、今さっき突き返した紙を指差すと。「なんで! それを! あなたが持っている!」

 あの後直ぐに帰宅し、押入れを漁って卒業アルバムの中から引っ張り出した過去の遺物。端々が黄ばみ、少し丸まったインクジェット用紙だ。印刷年次を推測するのはそう難しくない。


 故に、彼女は目を剥いて取り乱しているのだ。自分たちが造った筈のお話の『先』を、見知らぬ男が過去から『サルベージ』したという事実に。


「誘拐の次は恐喝ってわけ? ほとほと、見下げた男ね。あなたって」

「起源なんてどうでもいい。こうして世に出たものが全てだよ」

「じゃあ……。何が目的だって言うの」

 こんな悪趣味な紙束なんて用意して! と凄まじい剣幕で詰め寄って来る。さっきまでの理知的な佇まいが嘘のよう。オンナって、コワい。

 続く言葉を言い出し難い雰囲気だけど、こうなった以上後には退けぬ。ごくんと唾を飲み込んで、『けれど』と迫る桐乃を突き放す。


「この話は間違いなくおれのものだ。何を想ってヒトの黒歴史を本に認めたのか、作者であるおれには知る権利がある」

「だから?」

「だから……」続く反応は聞かずとも解っている。きっと彼女は納得しないだろう。けど、それを理由に何もかも有耶無耶にされるのは、もっと嫌だ!



「この続きをおれに書かせてください。アイツが死んだか、行方不明か知らないけれど、その理由も解らず打ち切りなんてさせたくない。名声なんていらない。ペンネームだって今のままでいい。だから……!」



「自分は茉莉のゴーストライターになる……、と言う訳ね」

「え」

 そうそう、それそれなどと言うより早く、桐乃の口を突いて出た、何よりも的を射た言葉。

 もっと、手ひどく反対されるものだと思っていた。図々しいにも程があるとか、誘拐しておいて盗っ人猛々しい……とか。実際、その認識は間違っていないわけだし。


 何故、と問わんとしたその瞬間。赤渕眼鏡の美人さんは、自身の端末をぽちぽちと弄り、「なんとなく、そんな気がしていたの」と続く。

「これは」

「茉莉の端末に残っていたメッセージ。本体は証拠として警察に押収されたから、画面を写真に収めたの」

 日の落ちた時間に撮ったのだろう。続く長文は何一つスレずに残っている。


 "親愛なるナナちんへ。手前勝手な物言いで逃げ出してしまったことをお許し下さい"


「ナナちん?」

「私のことよ」

「ナナちん……」

「文句でも」

「えっ。あぁ……、別に」


 どうやら、触れるだけ無駄なようだ。些細な疑問は放っといて、先に進むしかない。


 "手前勝手ついでに一つだけ。ガーディアン・ストライカーのことなら心配しないでください。会わせたいヒトがいます。そのメモと書き留めを……"


「雑葉大、というひとに……って」

 アイツ、こうなることを読んでやがったのか? 確信犯……。ライターなんて他に幾らだって居るだろうに、どうしておれを指定した?



「言っとくけど。こんなもの、証拠になんてなりゃしないわよ」キリノがふんと鼻を鳴らし、携帯の画面を取り下げる。

「指紋はないし、誰が書いたか分からない。あなたや、他の何者かがやったかも」

「誰か、って」

「喩え話よ。そのくらい察しなさいな」

 菜々緒は眼鏡をズリ上げ、やれやれと気を吐くと。

「さて。あなたはさっき言いました。『茉莉の代わりにガーディアン・ストライカーの続きを書く』と。もしかすると、この出会いはあの子が仕組んだ必然なのかも知れない。まさか今更、揺らいでなんかいないわよね」

「そりゃそうだ。男に二言はない」示し合わせ、って聞いて少し後悔したけども。


「OK、OK」手前勝手に独り言ち、不満げな目つきでおれを見やる。「作者さまのお墨付きもあることだし、やってもらいましょうか」

「……まじで? まじで言ってるんです?」それがマツリの望みではあるけど、これはこれで胡散臭い。

「オトコに、二言は無いんでしょ」なのに、向こうはなんだか満足げで。

「こっちに証拠がないように、あなたの嫌疑だって晴れたわけじゃない。行方を探るなら、容疑者は近くに置いといた方が、何かと都合がよいものね」


「ようぎしゃ、って」出会って一日二日だけども、おれに対しちゃどこまでも辛辣だよなあ、この人。

「まあ、もう何でも良いです。全部呑み込んで、受け入れる」

「結構」おれの決意を、このオンナは仏頂面で受け流す。「締切が迫ってるの。直ぐにでも仕事に取り掛かって貰うから」



 あれよあれよと話が進み、いつの間にやら書く羽目に。

 いや、でも。ハナシ自体はおれのものだし、これは必然? それとも偶然? 目まぐるしくてアタマの方がついてこない。


 それもこれも、書き置きだけ遺して消え去ったマツリのせいだ。死んだ、なんてのはあり得ない。何か、七面倒臭い事情があるに違いない。

 やるよ、やってやりゃあいいんだろ。元を正せばおれの話だ。お前が見付かるその日まで、ゴースト・ライターを務めてやろうじゃないの。


「でも、その前に」

「何です」

「取調よ。私もあなたも、未だだったでしょ」

「う……」

 折角所信表明したってのに、気持ちの覚めること、言わないでほしいな。

 自分の著作をゴースト・ライトかあ。これ、本当に、大丈夫だろうか……?


とりあえず、ここで一話完、と。


色々あって、今回は二話分一気に掲載しましたが、次回以降はAパート・Bパート一話ずつの更新になるかと思われます。

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