「きみは、なにが、やりたいの?」
そろそろ一次創作では初の(実質)二十話目の大台達成。やったね!
でも、残り(実質)六話でこの話を締めなきゃいけないと思うと……
◆ ◆ ◆
◎10月20日
・これは、『敵』から接収した手帳に、自分の筆で書き記した備忘録である。
・指名手配の身では携帯端末など持てず、得たとしてすぐ壊してしまうなら、この方が効率的だと思ったからだ。
・ガーディアンストライカーなどと言う渾名を賜り、現政府・全世界超人に対し反旗を翻して早一年。
昨月、見知らぬ男に再改造を施され、獲得した能力が飛躍的に向上し、多勢に無勢も怖くなくなった。
・だが、同時に不安もある。あの日負傷した足首は未だびっこを引き、脳の指令と筋肉の動きとに時折違和を感じる。
・ただの思い過ごしであれば良いのだが。もし、これが思い過ごしでないのならーー。
※ ※ ※
駅構内のベンチに座り、使い古した携帯端末に目をやって、遅延の続く次着の電車をゆるりと待つ。
おれの持つ端末には、夢野美杉宛に送られた電子のファンレターが相応に詰まれている。
この物語を文字に起こした上代茉莉が、作者としての素性を隠し通したため、必然的に紙媒体でそれをねだること叶わない。
元々、二次創作サークルで散発的に作品を投稿して来たのだ。生の反響はありがたいが、所詮その延長でしかない。
いつも拝読しております、などの簡単な枕詞から始まり、『主役がださい』、『話が暗い』、『チートじゃないじゃん』、『茉莉花かわいい』、『作者はもっと現実を見て』、など、など。
あのさ。これ、ファンレターだよね? 赤ペン先生とかじゃないよね? もっとほら、褒めてくれたっていいのよ? 何故みんなして文句ばっかり書き連ねるワケ!?
だーっ。もう! お前らホント寄って集って! 良いだろ、別に良いだろ! これはおれのノベルやぞ。描きたいモン書いて何が悪い!
「相変わらず、シケた面してンなあ、オマエ」
「お前、って」
端末の文字列に気を取られ、電車が来ていたことを失念していた。
声に合わせて見上げてみれば、肩口くらいで纏めた黒髪に、右こめかみに銀のメッシュ。
脚の長く見えるボトムジーンズに紺のワイシャツを羽織り、キマった服装に似つかわしくない団子っ鼻の知り合いが、そこにいた。
「『お前が試合を拒むのは勝手だ。けど、その場合ーー誰が代わりに出ると思う?』」
「『大河原だ』」
会ってそうそう、挨拶どころか人を食ったような口調で意味不明な問いかけ。
知らぬヒトには何のこっちゃと疑問に思うことだろう。これは要するに符合なのだ。仲間内なら解って当然の問答を仕掛け、顔を知らぬ人間同士で本人確認を行なうのである。
「くく、くくく」
「はっ、はは……」
だが、やつのチカラじゃ向こうには勝てない。お前がやるしかないんだよーー、とまで繋げる必要は無い。こうして逢うのも三年振りか。
「久しいなあハクメンロー。なんだその『仮装』は。モデルか? モデル気取りかぁテメエー」
「馬鹿、ハクメンローはよせよ。俺ァ今『許斐従道』って名前で本出してんだぜ」
「ンだよ、若葉マークは卒業だってか? 生意気な野郎だぜ。HNと一文字も合ってねェじゃねーの」
今の仕事を始める少し前。特撮ヒーロー二次創作を生業とするサークルに参加していた頃。趣味嗜好が一番おれと近かったのがコイツ。昔は白面郎って名前で謙虚だったアイツが、今や売れっ子作家様とは畏れ入る。
「かく言うオマエはどうしてるの。メルシィの奴に聞いたぜ。結局、そっちもあのサークル、卒業したんだろ」
「まあ、な。今は……地元で介護の職に就いて毎日腰を痛めてるよ」
旧友との再会はとても嬉しい。
嬉しいのだが、立場が変わったのはおれも同じだ。故に、歯がゆい。
言いたい。おれだって夢を叶えて、イチ作家になったんだぜと。
「あっ、今ちょっと言葉濁したろ。何か隠してんな。そうなんだな?」
「な、違ぇよ! ない無い、なんもないッ」
でも、おれの口からそれを言うことは不可能だ。
何故って? おれの書く作品は、想い人が遺したお話の代筆。かつて己が思い描いたものの覆面執筆なのだから。
◆ ◆ ◆
◎10月23日
・アヴェンジャーと名乗る『ハンター』とのやり合いももう六度目か。此方は毎度手を焼かされているのに、向こうは何も憶えてないというのだからうんざりする。
・昨日得た左腕の空気弾を用い、下手を打つ前に逃げ去ることにする。
・しかし、威力の程と言ったら凄まじい。元のガーディアンは人や物を砕く程度のチカラしかなかったが、俺が放つそれは、竜巻めいた渦を生じ、奴を遥か遠くの街まで吹き飛ばす事が出来た。
・左足の違和感は未だ健在。時々、右肩に軋むような痛みを感じるのだが、やはり歳だろうか。
※ ※ ※
「しっかし、オマエの面見てっとさ、昔のこと思い出すよ、逃げ羊(※脚注:雑葉のHN、スケープゴートの変名だと思われる)。四年前のイベントの時のこと、覚えてるか?」
「それなー。野郎数名で激アツのアンソロジー・ノベルを書いていざイベントに出てみたら、お客様の八割はカプ派の女性だらけだってんだからさ」
「あの時の主宰の顔ったなかったな。不良在庫山のように抱えてさ、撤収の時間迫ってンのに片付けようとしなくてよ」
「んで、宅急便のリミット過ぎちゃって、おれらで分担して各自で本を持ち帰ってったんだっけ。他の戦利品より、うちのが重くて参った参った」
K駅改札口から連絡通路に向かい、そこから五十五歩目に位置するハンバーガーショップ。
ドンドンドムK駅店。東海地区限定チェーンで、M県にはもう此処しか無いってアンティーク。
Wi-Fiスポットなんて洒落たものはなく、レジ脇のイートインは、年季の入った茶ソファに背の低いガラス張りテーブル。店を彩る音楽も流行りのナンバーではなく、スローテンポなジャズのオールドナンバー。
若者向けじゃないが、その手のスペースに居辛いモノたちとしちゃ、話をするのにこれほど適した場所もない。
昔なじみが集まれば、話すネタは近況が昔話の二択と相場が決まっている。
加入時期がほぼ同じこともあってか、おれとコイツはよくつるみ、リアルでいまの特撮ヒーローの在り方を素人目に何度も語り合っていた。
「けど、そんなお前がティーンズノベル! しかも男女の恋愛モノにシフトするってんだからさ、世の中解らないよなあ。おれよ、出たとこ二巻で打ち切りになると思ってたのにさ」
「僻むな僻むな。それもこれもウデと才能ってヤツよ。時代が俺を放っておかなかったのさ」
「天狗になりよる、なりよる……」
尊大さもそこまで来ると微笑ましい。OK、今日は再会に免じて目ェ瞑ってやらぁ。
『悪いな皆んな。俺、これからメジャーなのを目指すから』
などと、どこぞの野球選手めいた捨て台詞を残し、我らがサークルを去ってから早三年。この男は『僕は異界で貴女のユメを視る』などという、歯の浮くようなタイトルを冠したノベルを出版し、今やその筋じゃ中堅クラスの作家となっていた。
神の気まぐれで命を落とした主人公が、同じく気まぐれで転生させたのは、こことは違う剣と魔法の異世界。武術の心得など何もない彼だったが、稽古に付いた美しき女騎士に見初められ、徐々にチカラをつけてゆく。
だが、彼の気持ちは騎士団長ではなく、此の国の姫君に向けられて……って、イマドキ流行りの話筋。
気が進まないが、逢うに当たって三冊程流し見をしてみた。やつの何処から出て来たか解らぬ台詞の山に、思わず顔をしかめたのは言うまでもない。
何より頭を抱えたのは、そんなハナシでも、おれのガーストの三倍近く在庫が捌け、つい先週重版が決定したという事実だ。
自分がギョーカイのマイノリティーだってのは自覚している。しては、いるが……。歳もスタートラインも似通った相手に、売り上げで水を開けられているというのはとてもつらい。
「それで? オタクさんはこんな田舎町何をご所望で」
「ああ、それな」稀代の人気作家さまは自身の携帯端末をぽちぽちと弄り、「この辺さ、和洋折半の有名な館があるんだろ。今度ウチの話でウェディングネタやるからさー。丁度資料が欲しかったのよォ」
「まあ、あるにはあるが」そんなに有名か? と言うのはおれが現地民だからか。
「おカネ取られるし、得るものそんなに無いんじゃねーの。折角ここまでキたってのにさ」
「馬鹿言え、『ここまで来て』目的地省いたら何が残るんだよ。地元なんだろ、つべこべ言わないで案内してくれって」
「アイ、アイ……」
ここまで、の所で妙に語気が上がったのは気のせいか? 人気作家だからって調子に乗りやがってからに。
「いや、待てよ」
「何だよ」
「確か、オマエんとこの主人公……、二巻のラストでお姫様と婚姻関係になったじゃん。なのに、またウェディング?」
「気にすんな」
「いや、気になるだろ。誰とだ。二股……いや、三股か!?」
「気にするな」
◆ ◆ ◆
◎10月26日
・追い縋る二人のガーディアンを下し、撹乱の目潰し弾と防護壁のチカラを手に入れる。
・あの痛みはまやかしじゃない。びっこを引く足は未だ完治せず、肩の動きも少しずつ悪くなっている。
・とは言え、戦闘には何の問題もないのが唯一の救いか。強化されたこの力さえあれば、ガーディアン共など物の数じゃない。
〜〜×××〜〜
・簡単に事情を話し、茉莉花に治療を試みてもらう。疲労が飛んで活力は湧いたが、肝心の動きの鈍さは如何ともし難い。
・俺の身体に、一体何が起こったのか。今の時点では何とも言えぬ。
・ただ、考えられるとしたら、あの時
(幾つか、頁を破り捨てた形跡あり)
※ ※ ※
物語という枠組みにある以上、始めたからには無論終わりもある。
それは、書き手にとって逃れ得ぬ運命だ。然るべき時となれば受け入れるしかない。
だが、それは間違っても『今日』じゃない。
まだ、ガーディアン・ストライカーは、それを迎える時期ではない!
「そう、言われてもねェ〜〜」
年期の入った茶の机に肘を乗せ、面倒臭そうに此方を見やる、浅黒い肌のこの男。
川瀬巳継。VX文庫の編集長。週明けの定例会議で彼が発したひとことを、私はどうしても認めることが出来なかった。
「前から話はしてたでしょう? 人気出なきゃ、打ち切りにするよォ~~・って」
「そうです! ですから、到底飲めない要求を呑み、路線変更をしたというのに!」
青少年の健全な恋愛、女の子たちの暖かな日常作品を売りとした当文庫の中に於いて、復讐者がヒーローを殺すというガーストの存在は『棘』であり、いつでも切り捨てられ得る蜥蜴の尻尾であった。
それが作者変更で売り上げが持ち直し、上層部に目を付けられた結果。この冷酷無比なる編集長から路線変更を強制され、私たちは粛々とそれに従った。
だのにこの結果である。到底、許容できるものではない。
「またその話か……。もう何度目だい」編集長はうんざりと頭を振り、「ボクはこうも言ったよねえ。売上が上がらなければ」
「打ち切りにする。故に、路線変更で、前月は」
「ああ、駄目よ。ダメダメ〜〜」右の手で此方の言葉を遮り、私の言葉に否を押し付ける。「上がったって言っても雀の涙でしょ。それじゃあ、判断材料には弱いんだよなあ〜〜」
「だとしても早計です。お話を頂いてからまだ一巻しか……」
「いや、いや。こちとら、刊行直後からず〜〜っと待ってるワケなのよ。待ってあげてはいたけれど、それもそろそろ限界なの。ワ・カ・ル?」
(そうか……そうだ……)
改めて、互いの認識のズレに気付かされる。
私に取ってのガーストは、マツリが書いていた頃と、大雑把マサルが引き継いだパートで二分されている。だが、それを知っているのは私とアイツのふたりだけ。
編集長にとってのガーストは、今も昔も、同じマイノリティーの産物に過ぎないのだ。
「キミが、あの作品に入れ込む気持ちは解かるよ」慰めと思しき言葉。押して駄目なら引いてみろ、か。「作家と揉めて長続きせず、ようやく掴んだ連載作だものね。ボクだって長く続けさせたいと思っていたさ」
「では」
「だからこそ」私の言葉を遮って、強い口調で訴え掛ける。「ボクぁね、ナナミちゃんに訊いておきたいのよ。君はさ、『なんのために』この作品を担当してるのかな、って」
な、ん、の、た、め?
利己的かつ拝金主義なこの男から、こんな言葉が出て来ようとは驚きだ。
「あの。申し訳ありません。質問の意味が、よく……」
「もうだいぶ前の話だけどさ」編集長は右小指を耳の穴に突っ込んで、
「ユメノ先生に路線変更を、って頼んだこと、あったじゃない? あの時から妙だとは思っていたんだよねぇ〜〜。耳触りの良い言葉を並べ立ててはいるけれど、君たちはボクの言葉を額面通り、受け容れた」
彼は指先についた『かす』をふうと吹き散らし、神妙な顔でこちらを見やる。
「だからこそ、解らないんだよなあ。連載を続けたいってモチベーション。原動力とでもいうのかな。硬派な路線を貫きたいワケでも、人気取りで媚を売ろうって考えているワケでもない。
やる気があればそれに越したことはないし、無いなら無いで別個に何か考える。けどね、やる気があるのに、意欲の出処が解らないっていうのはさ、創作でメシを食う会社にとっちゃ、不気味極まりないんだよなあ」
◆ ◆ ◆
◎11月3日
・『等価交換って言葉を識ってるか』。久々に出会した『九番』は、今しがた二人始末し終えた俺の元に現れ、楽しげにそう問い掛ける。
・それが何だと言葉を返せば、『強大なチカラがノーリスクで得られると思ったか』と話が続く。
・『何かを使えば何かが潰れる。それはそういう能力だ。文字通りカラダを切り売りして、世界六千万近いガーディアンと殺し合うか。つくづく呪われてるねェ、オマエってやつはさあ!』
・整理しよう。
このチカラは等価交換。使えば使うほど、体組織の一部が不調を起こし、ゆくゆくは完全に機能しなくなる。
予防するには使わなければよい。とは言え、狩るか狩られるかの生活を続ける俺に、用いず戦うという選択肢は無い。
・つまり。俺は、俺は。
(※以降、文字が歪み、読み取れない)
※ ※ ※
おれが産まれるずっと前。この街は特大級の台風が引き起こした未曾有の大洪水に見舞われ、五千人近い犠牲者を出した。
故に海に面した揖斐・長良川には末高い堤防が敷かれ、足元には無数のテトラポットが撒菱めいてぎっしりと並べられている。
その後、この街が極端な水害に苛まれることは無くなったが、何処まで行っても白い防波堤に囲われた様を見ていると、妙に息苦しくなるのは何故だろう。
平成の大不況。無学。ノー努力。色んな言い訳を楯に自らの境遇を嘆き、壁の中で愚痴をこぼす自分と重なるからか。
だとすれば、不謹慎この上ない。
「おいおい、何ガラにもなく黄昏てンだよ」
「べっ、別に……」
隣に座す友人の嫌味な言葉で我に返り、バスの車窓から車内へと視界を戻す。
ハンバーガー屋で食事を摂った後、そのまま街のコミュニティバスに乗り、目的地たる洋館・六華苑へと向かっていたんだったっけ。たしか、たぶん。
「つぅかさ。ホントにお前、ここ見てゆきたいワケ? ロケーション探るんなら自分の所で捜せばいいじゃん」
「近場を見てたって、インスピレーションの足しになんねーだろ。故にヒトは新天地を求めて旅するわけさ」
何を馬鹿なと突っ込むが、おれがこうしている時点で説得力など何もない。
「キザったらしく締めやがって。ならここじゃなく大阪にでも行って来やがれ」
「それ新天地じゃない、新世界」
言い争いは絶えないが、どっちの職場も歳上ばかりのせいか、気のおけない間柄との会話は楽しい。
あわよくば、このまま続いてくれたら……。などと、一時でも思ってしまった、その刹那。
「まあ、一応他にもあるぜ。目的、っていうには弱いけど」
「何だよ」
「いやさ、ここんとこずーっと、気になってたんだけど」
言いながら腰に提げたポーチを探り、一冊の文庫本を取り出す。
自作の宣伝? この文脈で? ナイナイナイ。
じゃあ何よ。そこに描かれた黒ヘルメットのオトコは何だ。威圧的な筆圧で綴られたあのタイトルは……。
いや。いやいやいや。待て待て待て。
まさか……、まさか!
「これさ、書いてるの……。お前だろ、逃げ羊」
旧友との再会で浮ついた気持ちが、一気に消し飛んだ。
果てさて。これからおれの取るべき選択肢はふたつ。
A。シラを切り、知らん存ぜぬを押し通す。
B。そうなんです、我こそは夢野美杉なのだと名乗りを上げる。
『原作』はどうあれ、これを文庫サイズにしたため、世に送り出したのは上代茉莉というオンナ。
どちらを取るか? そんなもの解り切っている。そりゃあ、勿論。
「あっ……。はっはっはっ。やァ、とうとうバレちまったなあ。そうよ、そうなのよ。このガーディアン・ストライカーは、このおれさまが書いたおはなしなのさッ」
「やっぱり!? そうだよな、ずぅっと思ってたんだよ!! 何だよ何だよ、ヒトが悪いぜ、隠し通してサプライズなんて」
これが、義に反するやり取りだってのはおれも判ってる。
けどさ。オトコにゃあやらなきゃならんときがあるわけよ。目の前で、近しい相手が、作家になったと言われたならば。明かしてエバりたいのは人の性ってやつでしょう?
言い訳は地獄で聞く。だから、だからよ。
せめて、今この時だけは。少しだけ……悦に……浸らせて……?